第二十一話 ツヴァイの誤解:忠誠心MAXの魔族斥候 scene1 不吉な噂を耳にする
魔王領と人間領の境界近く。
夜の森を、影のように滑る気配が一つあった。
魔族斥候ツヴァイ。
魔王アザル直下の、もっとも敏捷な部隊の一人。
黒い外套が風に揺れ、獣のように研ぎ澄まされた視線が森の隙間を縫う。
(今日も異常なし……アザル様の留守を守るのは、私の役目……)
そんな誇らしい思いを胸に、静かに木々の間を進んでいたそのとき――
カラン、と馬車の車輪の音。
続いて、楽しげな笑い声。
人気のない街道で、商人が二人、焚き火を囲んで休んでいた。
商人A
「魔王、勇者に操られちまったんだとよ!」
商人B
「可哀想に……いや、怖いか? 魔王が操られてるなんてさ」
――その言葉を耳にした瞬間。
ツヴァイの足が、音もなく止まった。
(……操、られ……?)
風が一瞬止まったように感じた。
胸の奥に冷たい手が差し込まれたようだった。
(アザル様が……?
あの偉大なる御方が……?
“操られた”? まさか……いや、いや、いや……!)
頭の中で、理解を拒む声が渦巻く。
商人A
「勇者の力はすごいからなぁ。魔王でも逆らえねぇのかも」
商人B
「傀儡みたいに扱われてるとか聞いたぜ」
ツヴァイの肩が、ピクリと震えた。
(傀儡……? アザル様が……?
そんな、そんなこと……あり得ない……!
いや、あり得なくても……もしもの可能性が――)
心臓が早鐘のように鳴り始める。
ツヴァイは、魔王アザルを神に等しく崇める魔族。
彼女の忠誠は絶対だ。
ゆえに――“魔王が負ける”という発想が、最初から存在しない。
(きっと……罠だ。
人間どもの流した虚言だ。
だが……少しでも、ほんのわずかでも……アザル様が苦しんでいるのだとしたら……)
喉が、ひゅっと細くなった。
(――私は、どうすれば……!?)
足の震えを押さえるように、ツヴァイは拳を固く握りしめた。
闇に染まった瞳の奥に、焦りと絶望が滲み始める。
(アザル様……!
私は、私は……あなたの身に何が起きようとしているのか……知りたい……!!)
その声は、必死な祈りのようだった。
――そして、ここからツヴァイの“壮大な誤解救出劇”が幕を開ける。




