01:一報。
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わたしと師匠は、オリバスの中心街から外れた路地裏で暮らしていました。
師匠は街の喧騒があまり好きではないそうです。
わたしは逆に、中心街から聴こえる路上演奏の音楽や、路上演劇の賑わいが好きでした。
だから中心街に住んでいるという友人たちがうらやましかったし、いつか自分もお金をたくさんためて、大人になったら中心街の真ん中でアパートメントを借りて暮らすという目標がありました。
十二月のある日の朝。
師匠は寝坊をするのが日課で、その日も午前十時を回っても起きませんでした。
わたしは師匠の好きなアップルティーを準備しながら、部屋のソファーで眠る師匠に声をかけました。
「師匠、早く起きないとアップルティーが冷めてしまいますよ。お仕事も溜まっていらっしゃるのでしょう?」
師匠からの返事はありません。
日課であるアエテルニタスの配達のほかに、アエテルニタスの研究をしている師匠は、新しく出版される魔法書や研究結果の報告書の仕事が山積みでした。
「いいかげん起きないと、本が出版されませんよー」
なんて声をかけたけど、師匠はすやすや寝息を立てていて一向に起きる気配がありませんでした。
本の執筆なんて、ガラにもないこと引き受けるから、疲れているんだろうなとわたしは思っていました。
師匠は基本的に怠け者で、面倒くさがりです。
わたしが起こさなければ、一日中寝ているし、食事もほとんど取らないのです。
それでも大手出版社から本の執筆依頼が来るのだから、不思議でした。
それと、師匠は容姿が抜群に良いのです。
腰まである紅い髪と金色の瞳。背はすらりと高くて姿勢も良い。
わたしは、師匠の後ろ姿が綺麗だといつも思っていました。
まるで魔法人形のように美しい、いや、それ以上だとオリバスでは評判です。
中身は怠け者なのに。
そんなことを考えながら、カップにアップルティーを注ぎ入れ、ソファーの前にあるテーブルの上に置くと、ようやく師匠は目を覚ましました。
「おはようヒナ。今何時だい?」
「おはようございます。もう十時を過ぎてますよ。昨夜も遅かったんですか?」
「本の執筆が終わらなくてね。はて困った。九時にバッカスと約束をしていたんだが……」
まあいいか。と、師匠は目をこすりながら起き上がり、アップルティーに口をつけました。
「よくありませんよ。バッカスさん、さぞお怒りではないのですか? この前も約束の時間に待ち合わせ場所に行かなくて……」
ドン! とわたしの話を遮る大きな音がして、わたしと師匠は同時に部屋のドアに目を向けました。
「おいこら! アネモネ! また約束の時間にこの俺を待たせたな!」
「……このように自宅に押しかけてきたではありませんか」
蹴破られたドアを横目に、わたしは師匠に言いました。
先週直したばかりだったんですよ、このドア。
「やあバッカス。ちょうどヒナが紅茶を淹れてくれたところなんだ。君の分はないからちょっと僕が飲み終わるまで待っていてくれ」
悪びれる様子もなくそう言う師匠に、バッカスさんは今にもこぶしを振り上げそうです。間に入って制止するわたしの身にもなってください、師匠。
「で、用件はなんだい? ここで済む話なら今終わらせてくれないか。僕は忙しいのだからね」
ぐぬぬ、とバッカスさんはこぶしを握り締めたまま師匠の前にある椅子に座りました。
みし、みし、とバッカスさんのクマのように大きな体を支えている椅子が、音を立てています。
「おまえが今やってるアエテルニタスの研究についてだよ。何だあれは」
「なんだあれ、とは?」
「アエテルニタスを長期保存するために凝縮して結晶化するっていう話だよ。アエテルニタスは神から授かった永遠のエネルギーだぞ。過去五百年の間、一度だって湧き出る量が減ったことがない。無限に湧き出るものをどうして長期保存することがある? そんなことは神を信頼していない、神への冒涜だとマザーズがお怒りだぞ」
バッカスさんは腕組みをして、鼻息荒く師匠に言いました。
マザーズというのは、アエテルニタスの管理を国王からの指示で任されている機関のことです。
師匠はやれやれとため息をつきます。
「そもそも、無限に湧き出るという保証はあるの?」
「そりゃあ、偉大なる神オーフェン様が与えてくださったものだからだよ。おまえ、まさか歴史や宗教の勉強していないのか? オーフェン様が初代国王に約束をしてくれたんだ。"わたしはコールの泉をいつも見守っている"と」
ふうん、と師匠はバッカスさんの話を興味なさそうに聞いています。
そうしてアップルティーに口をつけると、ふう、と一息ついて師匠が口を開きました。
「あいにく、僕はオーフェン様とやらとお会いしたこともないし、初代国王と約束を交わした現場にいたわけでもないんだよバッカス。僕は自分で見たものしか信じないタチなんでね」
「だから、だ。見たものしか信じないということは、おまえがその研究を始めた理由が何かあるというか、アエテルニタスについて気付いたことがあるのだろう? それを俺は聞きたいんだよ」
バッカスさんは真剣な面持ちで師匠に言いました。
ややあって、師匠が口を開きます。
「……なにもないさ、ただの好奇心と研究心、探求心の現れだよ。さあ、気が済んだら帰ってくれ。僕は忙しいのだからね。これからアエテルニタスの配達もあるんだ」
「いいや、帰らんぞ。そんな理由は納得いかない。おまえは怠け者だから、いつだって理由のないことに時間を費やしたりしないだろ。それに、マザーズがおまえの研究者としての資格を剝奪すると言い始めているらしい。信頼していたのにと嘆いている。いいのか、それで」
「別に僕はかまわないよ。マザーズも、アエテルニタスと同じで自分たちが永遠だと信じて傲慢になっている。そんな組織に僕はいつまでも協力するつもりはないのだよ」
「どちらも永遠ではない、という、なにか確証があるんだな?」
バッカスさんの言葉に、アップルティーを飲む師匠の手が止まりました。
そうして師匠が静かに言います。
「アエテルニタスが永遠だと疑わない人間たちに、何を言っても無駄だろうさ」
さて、ヒナ。と師匠はわたしを呼びます。
「アエテルニタスの配達に行こう。あまり遅くなると、担当区域の人々に怒られてしまうからね」
師匠はバッカスさんが呼び止めるのを無視して、配達員の制服であるブレザーとコートを羽織ると、玄関に置いてあった箒を手に取り外に出ようとしました。
わたしは、なんだか今日の師匠は不機嫌だなぁと思いながら支度をはじめました。
その時です。
師匠を呼ぶ声が蹴破られたドアの向こう側から聴こえてきました。
わたしとバッカスさんが、ドアの前に目をやると、アエテルニタス配達員の格好をした女の子が青ざめた表情で立っていました。
「シュガー? どうしたの? なにかあった?」
彼女の名前はシュガー・ライズ。中心街に住む、桃色の髪が特徴的なわたしの友人です。
「……アネモネ様! ヒナギクも! 今すぐコールの泉に向かって! アエテルニタスが……コールの泉が枯れてるの!」
わたしとバッカスさんは顔を見合わせ、それから師匠を見ました。
すると師匠は、ふっと小さく笑い、バッカスさんにこう言ったのです。
「バッカス、タイムリーな話じゃないか。君もその目で確かめると良い。君の知りたいことが、きっとそこにあるよ」
と。




