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治夫の憂鬱劇場

作者: イチジク

昭和30年、神戸の下町。細い路地に朝日が差し込み、家々の壁を淡く照らす。治夫は父の寝たきりの布団のそばで、そっと呼吸を確認する。父の結核は深刻で、治療の手段も限られ、家での生活は静かで重苦しい。母はすでに亡く、継母はまだ寝ている。弟と妹は学校に行き、家の中には昼の光だけが漂っていた。

放課後、友達の吉田が駆け寄ってきた。「治夫、映画行こうぜ!」

治夫は一瞬ためらう。小さな手許の財布の中、わずかな小銭だけが光っている。家計は厳しく、映画代を出せば今日の楽しみはほとんど残らない。それでも吉田の笑顔を見た瞬間、少年の心は頷いた。「行こう。」

映画館の前には、戦後復興の雰囲気が色濃く残る看板が並ぶ。上映作は『赤い怪獣』や『七人の戦士』など、子どもたちの胸を躍らせる冒険譚。小銭を数え、ぎりぎりでチケットを手に入れたとき、治夫は胸の奥で小さな自由を感じた。

暗闇の中、スクリーンに映る少年たちの奮闘や巨大な怪獣の姿に、治夫の目は釘付けになった。吉田は声をあげて笑い、驚き、手を叩く。治夫も心を揺さぶられながら、しかし自分の現実に思いを馳せた。家に帰れば、父の苦しみが待ち受け、弟妹はわがままに日常を消費し、継母は冷めた視線を向けている。

映画館を出た二人は、街灯に照らされた路地を歩いた。途中、屋台の揚げたてコロッケの香りに足を止める。財布の中のわずかな小銭で、治夫は一つ買った。熱い油の香りと、まだ温かいコロッケの感触が、少年の胸に小さな幸福を運ぶ。

家に戻ると、継母は無言で夕食の支度をしている。弟妹は白黒テレビに夢中で、父は静かに布団に横たわる。治夫は一口コロッケを噛み締め、目を閉じる。

「俺は、家族を守るために、真人間であり続ける。」

少年の誇りと家庭の憂鬱が交錯する静かな夜。コロッケの温かさだけが、今日の慰めだった。

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