2.恋に落ちたら最後
――レイモンと婚約する前、最初は軽い気持ちでケビン・シェローと付き合い始めた。
「ミケット、このまま私たち恋もせずに結婚するのは不幸すぎるわよね……」
「別に普通のことじゃない」
「頭が固いなー、ミケットは。昔から冒険しないもんね」
何となく、レナの『冒険しない』という言葉が胸に引っかかっていた、ある日……。
お父様に言い付けられた用事を済ませ、馬車に向かう途中、突然の強風に煽られた。
「やぁ、どうしたの? こんな賑やかな通りで、キレイな人が泣いているのは見過ごせないな」
「えっ? 違います……目にゴミが入っただけですわ」
「それは痛いね、ちょっと見せて」
「あっ、お待ちくだ……」
急に顔を近づけられ驚いたが、あろうことか美しい顔に見惚れてしまった。
顔に手を添え、私の目にフーッと息を吹きかける。
「もう痛くないかな?」
優しく問いかける声と男性らしい手に、思わず胸が高鳴り、どうしようもなく緊張してきた。
よく見ると、この人懐っこい笑顔の男性が、令嬢から人気を集めているケビン・シェロー伯爵だと気づく。
「シェロー伯爵様! あ、ありがとうございます。馬車を待たせていますので……」
「ハハ、これも何かの縁だと思わないかい? あそこのカフェのスイーツ美味しいんですよ」
いつもの私ならば、すぐに断っていただろう。
(冒険……)
「分かりました、伯爵様の好意を無下にはできませんもの」
「アハハハ、ケビンでいいよ」
(本当に太陽のような笑顔……令嬢たちに人気なのも分かるわ)
未婚の令嬢にスキャンダルはご法度だが、ケビンは上手に配慮してくれた。
そうして私たちは、密かに恋愛を始めたのだった。
ケビンのスマートな振る舞いは心地よく、逞しい男らしさも魅力的で、すぐに本気で好きになった。
もう、自分でハマっていると分かるほどに。
◇
暫く、愛すべき時間が穏やかに過ぎて行った。
ところがある時、ケビンには別に大切な人がいると悟ってしまった。
いつもはどんな私の願いも叶えてくれるのに、たった一度だけ、聞き入れてくれなかった。
「ケビン、その珍しいブレスレットは、職人の手作りかしら? とっても素敵!」
「ああ、これ? どこの職人だったかな……。それより、シュマン通りに新しいカフェができたって」
ケビンは、これ以上この話題を続けたくなさそうに、話を逸らした。
女の勘が働いたのか、ケビンを逃がすまいと話を続けた。
「もう覚えてないなら、手に入れるのは難しいわね。だったら……そのブレスレットが欲しいわ」
今でも頭に響く、低く重いひと言。
「ダメだ」
レナ曰く、そこで止めればいいものを、私は食い下がった。
「それがいいの! どうしてダメなの? いつもは断らないじゃない……何かあるの?」
ケビンは黙り込み、私の顔を見ることもなく立ち去った。
◇
それから、何となくお互い気まずくなったが、ケビンは変わらず『好きだ』と私に囁いた。
でも、私は気付いていた。
ケビンから私に触れなくなったことを……。
ケビンと過ごす時間は息苦しく、心の淋しさにも耐え切れなくなって、自然と会わなくなった。
「もったない! あんなにカッコいいのに、会えるだけでいいじゃない」
レナには何度もそう言われたが、そんな気持ちにはなれなかった。
この作品は、「それぞれの恋」シリーズの一編です。 以下の順で読むと、登場人物たちの心情やすれ違いをより深く味わえます。
・ミケット・ラキーユ伯爵令嬢の不条理な初恋
・ケビン・シェロー伯爵の気まぐれな恋
・ルイ・ワイス男爵のほろ苦い恋
※各話は独立していますが、順番に読むと余韻が深まります。
※ 2025年7月には、レナ・ジュラン子爵令嬢の視点から描かれる物語も公開予定です。
7月8日(火)公開予定!




