8,不可解なサークル
「それで目が覚めた時には、自身の寝室にいて夜になっていたと?」
昨日の奇妙な出来事について、猪狩講師に話してみた。正直「頭がおかしくなったのか?」と言われても仕方がない。だが、それを承知の上で、話す根拠がこちらにはあった。
「それでこの2つがその証拠と――」
そう、目が覚めズボンの中を確認したところ、あの人物が落とした赤いハンカチと、電気量販店でもらったチラシがポケットに入っていた。物的証拠がある分、妄想癖の戯言だとは思われまい。
それに彼女に話したのは他でもない。最後にあの人物が言った言葉――。
『何だ、覚えているじゃないか――あの“事故”のことを――』
「それにしても、私が言うのもアレなのだが、本当に昨日はついてなかったな」
「だから性格もひねくれる訳だ」
「そのようなことを言いたい訳じゃない」
彼女は赤いハンカチを持つと「R.Kか」と口にする。それはハンカチの表側の右下の隅に、金色で刺繍された誰かのイニシャル。まあ恐らくは、あの人物のことだとは思う。
そう言えば、相手の声を直接聞いたのにも関わらず、相手が男性か女性か判別できなかった。声質が中性的だったからか?それとも単に、記憶が曖昧な状況だっただけか?
「とにかく、君が嘘を言う子ではないと思うし、その証もある訳だから信じよう。ただ、私だけでどうにかなる範疇を優に超えている。なので、とある組織に依頼しようと思う」
「組織?」
「組織と言っても、そう大袈裟なところではない。ここのとあるサークルに相談するだけさ」
「うちに探偵のようなサークルってあったか?」
「オカルト研究第七支部」
「はい?」
随分と長々しい名前に思わず聞き返してしまった。え――、オカルト研究会?ということなのだろうか?それにしても何故「7」なのか?それにサークル名なのに「部」を末尾につけている。
「オカルト研究第七支部、聞き覚えは?」
「いや、ないけど」
約2年半、この大学に通っているが、そのようなツッコミどころ満載なサークルがあったら、恐らく印象に残っている筈だ。
「君でも気付けなかったか」
「どういう意味?」
「この大学には様々な都市伝説が存在する。例えば、ここが開校されたのは大正時代にまで遡るらしいが、その経緯は分かっていない」
「どういうこと?」
「同じ時期、かの有名な私立大学が著名人の尽力をもって設立された。そこにはそれなりのストーリーという過程があった。しかし、この大学には、初代校長の名前は存在するものの、その人物が過去に何をしていたのか、何の目的で設立されたのかが一切不明なのさ」
「資料も残っていない訳?」
「1940年頃まではあったらしいが、第二次世界大戦の空襲で全てが灰になったとか――。しかし、それも怪しくてな。
確かに空襲は、この近辺でも何度かあったようだが、大学の私有地に直接被害がでた記録は残っていない」
「それはホントの話か?」
「わざわざ国立図書館で調べた、間違いない」
「じゃあ何故?」
「さぁな、既に過去のことで済ませている節もあるが、隠したい何かがこの大学にはあるのだろう」
「じゃあ、そのオカルト部も?」
「少し話が違うかもしれないが、名前のインパクトで有名になってもおかしくはない。にも関わらず、学生。いや、大学の職員でさえも、一部の人間しか認知されていない謎めいたサークルだ」
「その謎めいたサークルを何故猪狩講師が――」
「知っているのか、か?それは去年、私の講義を受けた学生の1人に、そのサークルの一員がいたのさ。私の講義は、都市伝説のようなことをテーマにすることもあり、個人的に教えてくれたのさ」
「いや百歩譲って、そのサークルが存在するとして、何故今回のことをそこに依頼するのさ?」
別に彼女を疑っている訳ではない。ただ、見識の広い彼女が、何の迷いもなく、そのサークルに依頼する理由が気になった。
「その学生は、その時にこう言ったのさ」
「な、何を?」
「『もし“異能者”が関係する出来事に遭遇した時は、うちのサークルに来てください』っと――」
◆
異能者。
一般の人間には備わっていない、何かしらの能力を保有する存在。頻繁ではないけれど、テレビのニュースで時々話題になる。確か十数年前にも、異能者の暴走で、飛行機が墜落したという大事件があった――。
その異能者が、今回でいうところの白い仮面。であるならば、専門家?に聞くのは理にかなっているとは思う。それでも、その学生の話を鵜吞みにする彼女ではなかった筈。
他にもそのサークルに依頼する理由があると思ったが、これ以上悩むよりも、直接相手に会った方が早いと思い、俺は彼女と共に、そのサークルの拠点とする場所へと向かっていた。
その場所であるサークル棟は、同学年の友人と何度か足を運んだことがある。が、目的の部屋は、文化祭や、式典などの行事で使用するモノを保管する為の倉庫だった筈――。
「ここだ」
けれど、彼女が足を止めた部屋の表示プレートには『オカルト研究第七支部』と確かに記載されていた。
「ホントにあった」
こちらの反応に苦笑しつつ、彼女は部屋を2度ノックする。
「はぁ~い」
室内から女性の声がしてドアが開き、1人の学生が現れる。
「あ、猪狩先生!お久しぶりです」
「元気そうで何よりだ、真田君」
真田と呼ばれた女性は、礼儀正しい挨拶をした後、自然な会話を始めた。2人の会話から彼女は北浦と同じ2年のようだ。ほんの数回のやり取りだったが、彼女には品位というか、精神年齢が高い印象を受けた。
同じコミュ力があっても、こうも違うものなのか――。
「それで今日はどうしたのですか?」
「以前、君が言っていた異能者に関係する出来事に、彼が遭遇してね」
「どうも、4年の三笠です」と口にすると彼女も改まって「2年の真田 美幸と言います」と返答する。
真田はすぐに「では中で、お話を聞かせて下さい」と俺たち2人を部屋の中へと招き入れた。
室内に入ると左右にはびっしりと本が収納された本棚があり、中央には長机とパイプ椅子が少々。そして、部屋の奥に位置する窓際に、カタカタとPCを叩く1人の男性がいた。
その人物は黒いスーツと赤いネクタイをしており、一見学生ではなく講師だと思った。しかし、猪狩は彼を見るなり「君は黒坂君かい?」と尋ね「はい、そうです猪狩講師」と回答する。
「私を知っているのかい?」
「貴女は有名ですから」
「それは大変光栄だが、君に言われると――」
「皮肉に聞こえましたか?」
黙って苦笑してしまう彼女に、すかさず真田が「取り敢えず座って下さい」と促され、パイプ椅子に着席する。その間に「パー―ン」と何かをはたく音が聞こえた。
「何の音ですか?」
「全然、大したことじゃないですよ」という真田の隣で頭を押さえている黒坂の姿があった。
「そう言えば、三笠先輩も初めまして、ですよね?」
「何故、俺の名前を?」
「昨日の一件で、少々話題になっておりまして――何でも合気道とテコンドーを駆使して猪狩講師に勝ったとか」
「だけどあれは勝ったのではなく、引きわ――」
「いいえ、貴方は対戦前、相手に対し引き分けも勝利であると宣言した。紛れもない勝利だと言えます」
「なぜそこまで、というか――」
「ああ、申し訳ない。自己紹介が遅れてしまいました」
猪狩講師との会話から思っていたが、コイツこちらの会話を読んでいる?まさか――。
「読んでいるかも」
「っ!」
偶然とは片付けられないタイミングでの言葉に、驚愕する俺。それと同時に「パー―ン」とまたはたく音がした。今度ははっきりと真田が彼の頭を叩いていた。
「す、すみません。ちょっとした癖で」
彼は何度か頭を擦り終えた後、その場から立ち上がり、こちらに向かって軽く会釈をして「改めて」と言いながら名乗りだす。
「経済学部貿易学科2年生と同時に、オカルト研究第七支部のサークル長を務めております。黒坂 和樹と申します。以後、お見知りおきを」
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