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6Ⅰ9~3人の使者~  作者: 笹丸一騎
1章「不運な男」
5/37

5,3限‐前編

時刻が13時になると予冷が鳴り、猪狩は学生たちを一望してから、白いチョークで黒板に「固定概念」という文字をデカデカと書く。


「本日のテーマは“固定概念”について。まずは“常識”という観点から話そう」


彼女は部屋の隅に置かれた椅子を教壇の前に置き、そこに座り足を組む。


「例えば、青は進め、赤は止まれ。日本で育った者の多くが、それを常識だと教えられてきた。まぁ、守るか守らないかはともかく」


彼女の口調は、決して親しみやすい方ではない。どちらかというと冷たい印象が強い。だが、広い講義室でもよく通る美しい声と、不思議と人を惹きつける言葉の抑揚に、誰もが彼女の話に聞き入ってしまう。


「しかし、それが定着してからまだ100年も経過していない。信号機が日本で初めて設置されたのは昭和5年の1930年。信号機が一般に定着するのにはかなりの時間がかかったという。


つまり、100年前の人間にとって、今の我々の信号機の常識は常識ではない訳だ。またそれは、100年後の人間についても同様なことが言える。例えば、空の移動が一般的になり、“止まる”“待つ”と言った言葉や行動が消えるかもしれない」


彼女の飛躍した発言に「そんな訳あるかよ」という心のない男の声が聞こえ、それに呼応してかクスクスと笑い声がちらほらと聞こえてきた。その反応に対し、彼女は怒る訳でも、悲しむ訳でもなく――笑っている。そして――。


「――そう、それが固定概念だ」


相変わらず、いい性格をしている。


彼女の不敵な笑みと高揚した言葉に、先程の連中は一斉に口を閉じ、大人しくなってしまった。


「『絶対ない』『100%ない』その考えは正しい。1+1は2だし、1×1は1だ。普遍的な事柄は確かに存在し、それがないと我々の生活は成り立たない。それを支える一部が“固定概念”だ。


しかしながら、そればかりに囚われてしまうと、人間が人間たらしめる“思考”という長所が損なわれてしまう。時には違う角度で物事を捉える必要がある。では、具体的にどうすればよいか?」


彼女はそう言い終えると、椅子から急に立ち上がり、座っていた椅子を元の部屋の隅に置く。次に彼女はいつも着用している白衣を脱ぎだした。


「今度は“先入観”という観点から。先程よりももっと具体的かつ、身近なことを実践形式で試みようと思う。」


彼女は白衣を椅子にかけ、下に着ていた黒いニットの長袖を捲し上げ、腰に手をあてこう言った。


「では、皆に質問だ。私は喧嘩が強そうか?弱そうか?」


最初は彼女の行動に一同が困惑するも、段々と学生たちは「強そう!」「弱そう!」と次々と口にする。声の大きさと数からして「弱そう」が優勢みたいだ。


「ふむ。予想通り『弱そう』という言葉が多いが、『強そう』もいるのは意外だが」


明らかにさっきの連中が、悪ふざけで言っただけなのに、敢えて彼女は惚けた振りをしている。その証拠に、彼女は1人の学生に視線を時々向けている。


「では、実際“強いのか?”“弱いのか?”実戦で結果をだそうと思う。誰か立候補する者はいるか?多少であれば、私に触れることを許可しよう」


彼女の最後に言った発言のせいか、男性生徒を中心に次々と手を挙げ「ハイ!」と威勢のいい声が聞こえてくる。その中には、先程から彼女がチラチラと見ていた学生も含まれていた。


ホント意地が悪い。既に標的を定めているくせに、わざわざ候補者を募るとは――。


「先輩は手、挙げないッスか?」


北浦は身を乗り出し、悪戯好きな子どものように、クスクスと笑う。


「ピエロになるつもりはない」


「ピエロ?」


「これは茶番という意味さ。結果はもう分かっている」


北浦は「そうッスか」とつまらなそうな表情を浮かべ片肘をつく。


「では君、前へ」


彼女が選んだのはこちらの予想通り、先程「そんな訳あるかよ」と発言した学生だった。


選ばれた学生は選ばれた理由も知らず、ただ意気揚々と、教壇の前に足を進め、彼女と対峙する。


「それじゃあ、いつでも構わない。好きなタイミングで――」


「うぉ――!」


まだ、彼女が喋っているのにも関わらず、学生は彼女に飛びかかる。その行動に、傍観者である学生から非難の声があがった。


学生は周囲の反応に構わず、自身の右拳を彼女の胸に目掛け、繰り出した。下心を隠す気すらないその攻撃。急襲だった為、誰もが“彼女は彼の攻撃を避けられない”そう思ったであろう。しかし――。


「え?」


学生の間抜けな声が漏れたと同時に、彼は見事に転倒した。


「マジ?」


北浦の驚愕した声が漏れ、他の学生たちも騒めきだす。


「いつ避けて――いやそれよりも」


『一体どうやって倒れたのか?』恐らく北浦をはじめ、この場にいる一同は思っただろう。何故そのような疑問が浮かぶのか?


それは学生が倒れるまでの一部始終を見ていたのにも関わらず、その場で何が起きたか誰もその過程が分からなかったからである。そう、まるで『その時間だけ、切り取られた』かのように――。


「どうした?もう終わりか?」


彼女の挑発的な声に呼応して、学生はすぐさま起き上がる。『手段など関係ない』そう思わせるかのように、学生は彼女の足に狙いを定め、飛びかかる。それを予測していたのか、彼女はその場から軽やかに後退する。


その結果、学生の攻撃は空振りに終わり、勢い余って顎を強打する。激痛だったのか、彼は床に寝転びながらもがき苦しむのだった。


「狙いは悪くない。ただ、感情が剥き出しで目を閉じていても予測できるぞ」


彼女は自身の発言通り、目を閉じてしまう。この行動に学生は「舐めやがって――!」と怒りを露にし、彼女に向かって左肘を突き出しながら、体当たりを試みる。


「強襲も立派な戦法だが、それはあくまで、自身が優位であることが最低条件」


目を閉じている筈なのに、彼女は相手の攻撃をギリギリのところで右かわし、そのまま学生の足元を左足で軽く蹴った。すると、相手はバランスを崩しながら、勢いよく部屋の壁へと突っ込んでいく。


「もう少し――」


誰もが壁に激突する、皆がそう思っただろう。


「先を見据えようか」


けれど、学生は壁にぶつかることはない。何故ならば、彼女が学生の腕を間一髪で掴み、壁の激突を防いでいたからだ。


彼の鼻先は壁に少し触れた程度で済んだのだが、学生の顔は冷や汗が滝のように流れていた。この一連の流れで周囲の誰しもが圧倒されて声を失ってしまい、暫くの間沈黙が流れる。


「実践は以上。皆、協力してくれた彼に拍手を」


彼女の言葉で、時間が動き出したかのうように、握手と喚声があがる。しかし、握手を受けた人物は生気を失った表情で、自身の席に戻っていくのだった。


「さあこれで私が弱くない事が分かったな」


白々しい、ここまで圧倒的な力の差を見せつけておいて、自身を強いと言わないとは、彼女が強くないのなら、一体どのような人物なら強いというのだろうか。


「だが、今回の実践の前までは私が弱いと大勢の者が思っただろう。それは何故か?まずは私が女性であること、身長は170と平均を上回るが筋肉質ではなく、どちらかというと華奢だ。


他にも白衣を直用していること、学生諸君よりも少々年齢を重ねていることも理由になるだろう。この先入観は、先程の常識とは違い、100年前だろうが100年後だろうが変わらないだろう」


彼女は教壇にもたれかかり、腕を組みながら学生の1人1人に訴えかけるように話す。学生たちは、先程の実践を垣間見たからか、講義の冒頭よりも真剣に、彼女の話に耳を傾ける。


「だが、その先入観という固定概念が原因で、勝てるチャンスを逃してしまう可能性がある」


まあ、今回に関しての可能性は限りなくゼロに近いが――。


「仮に負けたとしても、悲観する事はない。その時こそ、固定概念を捨てられる絶好のチャンスなのだから。その方法としては、3つの何れかの状況を変えればいい」


ん?気のせいか?一瞬、彼女がこちらを見て笑った気がする。


「1つ目は自身。2つ目は相手。3つ目は環境。これを証明する為に、再度協力者を募りたい。誰か協力してくれる者はいないか?」


しかし、先程の末路を目撃した後の為、誰も手を挙げる者はいない。


「では他薦でも構わない。誰か適任者だと思う人物はいないか?」


その言葉を待っていたかのように、隣の後輩が勢いよく立ち上がり「ハイハイハイ、ハ――イ!」と手を挙げて、皆から注目を集める。そして彼女はこちらを見てニヤリと笑う。


「まさかオマエ」


「私のお隣に座る“三笠 トオル”さんを他薦するッス!」


やはり、今日の俺はついていなかった。

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