33,空白の時間
あくまで今回の時間移動は、テスト。だから長時間、この場所(時間)にいることはできなかった。身内でさえ、騙す必要のあるこの計画は、他の姉弟たちには耐え難い。
何故かって?それは皆が優しいから、優し過ぎる。優しさが弱いという訳じゃないけど、時に冷徹な決断を選択する際、優しさによって迷いが生じてしまう可能性が高い。一方、ボクはいつも澄ました顔でいるからか、周囲からは――。
『何を考えているか、分からない』
そう、言われている。
だから今回の人選は、それ故のモノだとボクは思っている。――いや、喜怒哀楽の激しい次女、次兄は論外。妹は玲姉に次ぐ、優秀な子だが幼すぎる。長兄はボクたち姉弟の調整役。そして、玲姉はボクたち――ううん、人類の希望。
ただの消去法なのかも――。
ま、別にどちらでも構わないさ。ボクはボクができることだけを全うするのみだ。
元の時間に戻った式は、自室にて父親から渡された資料に目を通した。それから1時間が経過した。
――猪狩 沙良。
彼女について、字面から読み取れる印象は、『超人』と『怪人』。その二つの単語がボクの頭の中に浮かんだ。
父さんよりも年上で、還暦に近いのにも関わらず、見た目は未だ30代。見た目だけじゃない、講義で度々、格闘技を通じて自身の身体能力を披露していたらしく、確認されたモノだけでも7種。その中身は――。
空手、合気道、八極拳、サバット、サンボ、ムエタイ、カポエイラ。
実際の映像が一部残っており、ボクが見た限りだと、超一流の実力者。だがおかしいことに、彼女がそれらの格闘技術をいつ習得したのか、見当がつかなかった。
あの事故前までは、ほとんどの時間、三笠トオルと行動を共にしていた。事故後は高校から大学院まで、勉学以外の全てをアルバイトに費やし、卒業後はすぐに今の大学へ――。
1年も経過せずに三笠トオルと再開、それ以降は黒坂の観察対象となっている。趣味レベルであれば、別におかしくはないが、彼女はマスターレベルの格闘技術を持っている。とてもじゃないが、修行なくして会得できるモノではない。
勉強や知識ならともかく、ボク自身の守備範囲だからこそ断言できる。彼女は限りなく怪しい人物で、父さんたちが神だと予測するのも頷ける。ただ、随分地味な神様だし、目的もよく分からない。
何故彼女はあらゆる可能説を絶ってまで、三笠という人物に人生を捧げたのか?彼女が望みさえすれば、大抵のことは叶う筈なのに――。
――三笠 トオル。
一方でこの人物については、分かりやすい。猪狩沙良を事故に巻き込んだことを憂い、事故後に並々ならぬ鍛錬を行った結果、違う未来。且つ、玲姉さんが体力を削ったとはいえ、あの鎧を装備した戒を一撃で倒すとは――。
感服する傍ら、それ以外は『平凡』なイメージ。周囲に流された――違うな。利用された感が強い。一連の出来事を『何となく』だけで乗り越えたせいで、肝心な部分が抜けている。
彼の一連の行動は、納得して理解していない。つまりは「知っている振り」をしているだけ、自分自身の能力も、神と戦う計画も、今まで平凡だった学生が、いきなり主役扱いされて舞い上がった感じ。
――正直、笑えない。
ボクが平凡な人生に憧れているからか、それともこの男が単純にキライなのか――。どちらでもいいが、対象となる2人には意外な共通点があった。それは――。
――空白の時間だ。
猪狩は幼少期から少年期を、三笠は青年期以降全て――。その2人の空白が、35年前の一連の出来事に謎を深めている。問題はこの謎をボクが解かないといけないこと――。父さんに解けなかったモノを、玲姉さんではなくこのボクが――。
「それが意味のあるモノならば――」
会って確かめる以外、方法はない。
◆
父さんが通ってからボクたち姉弟は、例外なくこの大学に通っている。間違いなくボクも――。
「本日の講義テーマは『時間』について――」
講義室に仕込んだ盗聴器から猪狩の声が聞こえてきた。野外から周囲の景色を見ていた彼女は、猪狩のいる講義室へと視線を移す。
「情報を鵜呑みにするな」と教えられてきたから、猪狩が齢60を越えているのに見た目は若いままだということに半信半疑だった。しかし、実物を目の当たりにして改めて思った。
――この女は怪人だと――。
見た目のことを言っている訳じゃない。彼女の動きについて思ったことだ。年齢を重ねるに連れ、筋肉は強制的に衰える。姿勢や所作、特に普段歩くときや、座る時の動きが年齢を抜きにしても異常だった。
「何かと戦っているのか?」と勘違いする程、彼女は常に周囲を警戒しているように窺えた。彼女に興味を持ったボクは、父さんの許可の下、彼女を監視することにした。
数日間観察したことと、改めて35年前からの情報を確認した結果。彼女は年を取っていないのではなく――。
――時間が止まっている。
という言葉の方が正しいと言える。別の資料で神や魔術師のように、不死や長寿のことも知っていたが、それらの化物でさえ、皆等しく老化現象が確認されている。
それを別の器だが、特別の何かで代用して無理矢理生き長らえている。しかし、彼女の場合はその老化現象が一度たりとも確認できていない。まるで“ロボット”かのようだ。
「これで最後か」
監視許可の最終日を迎え、周囲が暗くなってから1時間後、猪狩は大学を出て行き、式はその後方より隠れつつ、猪狩のあとを追っていく。
しかし、それ以外は何も目新しいことは発見できなかった。まあ、この程度の観察で解決できるのであれば、35年もこの件を放置している訳もないのだが――。
「――」
電柱に隠れながら、猪狩の背中を眺める式。
それにしても、彼女を警戒しているのか?そう思った時、とある見解が込み上げてきた。
「警戒じゃなく、“待って”いる」
その言葉をそのまま待っていたかのように、彼女の姿が唐突に消えた。
「っ!」
式は思わず隠れていた電柱から飛び出し、猪狩の姿を探す。しかし、正面には彼女の姿はない。
「――随分と待たされた」
背後から聞こえた声に式は、反射的に前へと駆け出し、その声の主と距離をとる。暗闇でその姿は見えないが、その声は紛れもなく、猪狩だった。
「気付かれた?このボクが?」
式は、自身の左腰に隠し持っていた警棒に手を伸ばす。
「あの方が言うには、その人物は警棒を持った中学生である」
「残念、ボクは高校生で、これは警棒じゃない」
「ああ、あの方もそう言うだろうと言っていたぞ。高校生と咄嗟に偽り、その警棒は――源から盗んだ刀だと――」
「へぇ~、あの方って言うのは預言者か何か?」
「だとするなら、見た目ではなく。いつくるか教えてほしかった」
その言葉を言い終えた直後、猪狩は式へと突進してきた。右からの上段蹴りが式の左頬めがけて襲ってくる。式はその場にしゃがみ込み回避し、彼女は下段からの回し蹴りを行う。
攻撃は猪狩の左足に直撃し、猪狩はバランスを崩して倒れ込む。しかし、彼女は左手を床に突き出し、片手だけで逆立ちの態勢へとなり、横転を回避する。
「何故、刀を使わなかったの?そのまま斬ってしまえば、私は動けなかったのに?」
「別に貴女と敵対するつもりはない」
「じゃあ何故、観察を?」
「貴女が何かを隠しているから」
「何かって?」
「貴女の過去」
「過去?」
「貴女はどこで生まれ、どこで育ち、どこでその技術を会得したの?」
「なら、私を倒せたら、1つだけ教えよう」
「1つ?随分、ケチな人だね」
「ああ、あの方に――師匠に似てね」
この作品を読んで頂き、
誠に、有難う御座います。
下の☆☆☆☆☆から、
作品の応援をしていただけたら嬉しいです。
「次、読むの楽しみ」っと思ったら、
★★★★★を
「もう、いいや」っと思ったら、
★を
いいね!や ブックマークも
いただけたら執筆の励むになります。
何卒、よろしくお願いいたします。




