3,終わりの始まり
2人は猪狩の授業が終わるまで、廊下の窓際で待つ事にした。その間、女性は男性に父親の過去を話し出す。
「父さんは当時、とあるサークル長を任された直後、あの教授ととある学生に依頼されたの」
「サークルってあの人たちがメンバーの?」
「そう、あの魔術師も含めた10人のメンバー。今思えば、あのサークルあっての“現在”と言っても過言ではないのかも」
「それで?君のお父さんが頼まれた依頼って?」
「それが――」
彼女は言いにくそうな表情を浮かべ「覚えていないらしいの」と返答した。
「え?あの人に限って――」
「だからよ。父さんに限って忘れる事は、よっぽど関心がなかったか。若しくは――」
「何か原因があったか――って言いたいのか?」
別の人物からの声に、2人はその声の主に視線を注ぐ。そこには今回の目的である猪狩が腕を組んでこちらを冷ややかな視線で2人を見つめている。
「まさか、今頃になってあの子について聞きに来るヤツが来るとはな」
気付けば既に講義は終わっており、学生がこちらに注目しつつ、部屋から退出していく。
「あの私は――」
女性は自分の胸に手をあて、自身の身の上を説明しようとするが、猪狩は無言で右手を突き出し、彼女の言葉を遮った。
「説明は不要だ。君の顔を見た瞬間、誰の娘か分かったから、それに君は有名人だし」
その言葉を証明するかのように、3人の周りには徐々に人が群がり始めてきた。猪狩は男女の2人に「ついて来い」と言い、自身の研究室へと案内するのだった。
◆
「それで?どうして今更トオルの事を聞きに来たの?」
猪狩は2人にコーヒーが入った紙コップを渡し、要件を訪ねる。女性は今回の窃盗事件について、盗まれたモノは伏せつつ説明した。
「成程、盗んだ人物の容疑者が、彼ではないかと」
「父からの話だと、三笠さんはかなり特殊な能力をお持ちだったと聞いています。今回の事柄と何か関係している可能性が高いと」
暫く沈黙した後、猪狩は2人に向かって「君たちは、あの子の能力を知っているのか?」と尋ねた。
「“時間”に関係する能力だとは聞いていますが、詳しくは――」
「そうね、さっき君たちが言っていた彼が“覚えていない”という事も考慮すると――それも含めて彼の仕業なのかも」
「どういう事ですか?」と男性が言う。
「彼の能力は時間に関係している事は、間違いない。でも、はっきり何の能力かは、私や本人含め、はっきりとは理解できなかったの」
「どういう事ですか?」と今度は女性が言う。
「彼の意思とは関係なく、様々なきっかけから“過去”や“未来”に飛ばされて、そこには必ず死神がついてきた」
「「死神?」」
唐突に発せられた単語に、2人の言葉が重なり、互いの顔を見合わせる。
「話にしか聞いた事がないけれど、最初に能力が開花したきっかけがその人物。ボロボロな服装で、白い仮面で顔を覆った男女さえ不明な存在。
トオルはいつしかその人物に囚われてしまい、『自分には使命がある』と言うようになり、大学を卒業以降、彼の消息は絶たれてしまった
だから私の中では彼の人生を奪った怒りを踏まえ私はそれを「死神」と言っているのさ」
「三笠さんとは随分と親しい間柄だったのですね。もしかして、恋人だったとか」と男性の質問に、猪狩は「フッ」と軽く笑った。
「私と彼は年の離れたただの幼馴染。彼が小さい頃、彼の両親が居ない事が多く、私が代わりに世話をしていたのさ。残念ながら、恋人だった訳ではない」
女性は彼の頭を叩き「余計な事を」と小声で呟く。
「それで、貴女と三笠さんは、父に何の依頼をしたのですか?」
「それは――」
猪狩は自身の鞄をゴソゴソと探し始め、「ああ、あった」と言い赤いハンカチを取り出した。
すると女性の表情は驚きを隠せずに「え?」という言葉が漏れた。
男性は彼女を心配して「どうかした?」と呼びかけるも「いいえ、何でもない」と言いつつ、その赤いハンカチに視線を向けたままだった。
「その死神が落としたという赤いハンカチ。これをトオルが返そうとしたのが事の始まり。これが誰の者か調べてほしいと依頼したのさ」
彼女が正常でないのを察し、男性が「警察に頼むのではなくて?」と質問する。
「君たちは“異能者”なのだろ?だったら分かる筈、今回の窃盗も、トオルが遭遇した出来事も、普通の手順では解決する事は出来ない。実際、君たちも被害届を警察に出していない訳だし」
「では、貴女も能力者?」
「いや、私は普通の人間さ。色々な見識を広めていく過程で、君たちの存在を知っただけの事。彼女の父親に依頼したというより、彼のサークルは、この手の事を調べるのに長けていると聞いてね」
「あ、あの!」と女性は堪えきれず手を挙げて、「そのハンカチを見せてもらっても?」と猪狩に頼んだ。少々戸惑いつつも「ええ、別に構わない」と赤いハンカチを彼女に渡した。
ハンカチは、原色に近い真っ赤な色と縁には金色の刺繍が細かく編まれていた。そして、ハンカチの右下には「R.K」というイニシャルが、縁と同じ金色で施されている。
「まさか、これって――」そのハンカチに身に覚えがあるかのように、何かを言いかけた瞬間に「ゴゴゴゴゴゴゴ」という地響きが発生した。
「な、何だ!」と男性が慌てる中、猪狩は「遅かったか」とポツリと言う。
その言葉を逃さなかった女性は「遅かった?」と口にする。
「おかしいと思わないか?君たちが生まれるよりも前の人物が、今になって話題となる。そのきっかけは盗まれたモノで、容疑者は時間を操作する事が可能である。
これは仮定に過ぎないが、その盗まれたモノが仮に“木の”苗だった場合――」
「「っ!」」
「木の幹から無数の枝が別れる事から、とある比喩表現として用いられることがある。それは――」
地響きが再び発生した。その大きさは先程よりも大きく、どうにか人が立てる程度だった。
「ちょっと待って!何故、貴女が盗まれたモノが苗だって知っているの?」
「だから仮定に過ぎないと――」
猪狩の言葉は再び発生した地響きにより遮られた。地響きだけではない、モノが倒れたような音が研究室の外から聞こえる。
「仮で構わない、この事態と何が関係しているのですか?」
「貴方は“この時代”の人?」
「え?急に何を」
「私は異能者ではないけれど、勘が高確率であたるの。2人を最初に見た時、あの子の娘が来た事よりも、貴方の存在が“異常”だと私自身に警告してきた」
「今、そのような話をしている場合!」
猪狩は2人の焦る表情で、何かを確信したのか不敵な笑みを浮かべる。
「力学的、数学的な要素。法則とその答えに、今まで私たちは答えてきたし、これからも答えるでしょう。でも、実際は別の要素によって、その答えは変動する」
「それって、さっき講義で――」
「小さな綻びが、大きな事態へと変化する。一見、何も関係ない事柄が、実は関係している事だってある。それは貴方も、貴女も関係している。そう思ったのは、貴女の名前を知った時」
「やっぱり、このハンカチって――」
地響きの間隔が段々と短くなり、猪狩が話す間に何度も揺れが起きていた。外では叫び声が聞こえ、大学側からのアナウンスで避難をするように指示が流れている。
「とにかく話はあとにして、ここから出よう!」
「さっきも言ったけどもう遅い」
その言葉とともに、猪狩がとあるモノを指差した。そこには黒く塗りつぶされたような球体が1つ空中に浮いている。
「何あれ?」
球体は野球ボールぐらいの大きさで、男性は恐る恐るそれに近付いていく。
「それには触らないほうがいい」
「何故」と彼女が言うと同時にその黒い球体は、周りにあったモノを次々と吸い込んでいく。それは、球体に近づいていた男性も一緒だった。
「嘘」
急な出来事に絶句し、その場に座り込む女性。そんな状況下をよそに猪狩は、独り言のように語りだす。
「最初はトオルの過去の後悔から発生した精神的な病だと思っていた。でも、物的証拠と現在から未来にかけて起きた出来事で確信した。彼の経験したあれは時空を越えた――」
――タイムトラベル。
「だけどその場所は全て、別の時間。1つとして同じ過去や未来じゃない。その証拠に、貴女も今消えた彼も、トオルから聞いた人物とは“別人”だった。
そして、今このタイミングで世界が急に消えていくという事は、彼が残した言葉の通り『人類の“終焉”』が起きたのかも――」
猪狩の言葉に、誰も反応する事はない。何故ならば、残された女性もまた、黒い球体に飲み込まれていたからだ。
「心の残りは、トオルがここから無事に脱出したかどうか――それだけ」
その言葉を最後に、彼女もまた黒い球体に吸い込まれてしまうのだった。
◆
崩壊していく大学を眺める1つの影。その容姿はボロボロの服装に白い仮面をかけていた。その両手には“木の苗”を抱えている。
「ごめん、皆。必ず――」
言葉を言い切る直前に、その人物は消えた。それと共に、その世界は“終焉”を迎えた。
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