22,死神の聖女
トラウマの始まり、今の俺を構成した出来事だ。勘違いの筈がない。今でも脳裏に焼きついている。
ほんの一瞬の事だった。彼女を軽く押した瞬間、視界から彼女が消えた。慌てて左右を確認しても、彼女の姿はない。
『大丈夫か!?』
低い男性の声が聞こえ――。
『大変だ!女子高生が!』
慌てふためく若い男の声が聞こえ――。
ことの重大さに、心臓の鼓動が早まっていく。
『マズい!このままだと――』
大人たちの声が響く中、その場にただ呆然と立っている俺は、とても愚かで、とてもマヌケだった。何故ならこの時でさえ、自分自身が可愛いあまり、“何て言い訳を言うべきか”考えていたからだ。
時が経って振り返ると、俺は俺を許せなかった。俺は何度も何度も、俺を殴った。俺は俺を殺したかった。実際、殺そうとした。だけど、それを許さないヤツがいた。それは――。
「三笠さんの回答の前に、イザベルさん」
「何だ?」
「今の話しで、お話は終わりですか?」
『何故この時に?』そんな疑問が浮かぶが、黒坂がイザベルを見る真剣な表情に、何も言えなかった。
「ああ、そうだが」と彼女が返答すると、俺を庇うかのように、黒坂は両手を広げ、イザベルから距離を取り始めた。
「急にどうした?」
彼女が疑問に思うのも無理もない。俺も同じ気持ちだった。しかし、黒坂は彼女の言葉を無視したまま、俺と一緒に部屋の入口まで後退する。
「貴女はイザベルさんじゃない」
急な発言に彼女は、キョトンとした表情をしてクスっと笑い「何を突然――」と口にする。黒坂は服の内ポケットから拳銃を取り出し、銃口を彼女に向けた。
「本気なのか?」
笑っていた彼女も、表情が険しくなる。
「貴女が偽物だと判断した要素は、3つ。1つ、イザベルさんは裏だろうが話し方を変えない。2つ、過去に自分は宣言した。何が何でも、未来の彼女たちを救う。たとえ、この体が朽ち果てても――と」
彼女と黒坂がいつぶりの再会かにもよるが、1つ目の理由は、時間経過で話し方くらい変わるかもしれない。が、2つ目の理由が本当なら、かなり信憑性は高くなる。もし彼女が――。
「長い時間生きていると忘れっぽくなってしまう」
俺が思ったことを、彼女が代弁してくれた。ちょっと、理由としては苦しいが――。って、そう俺が思っているということは、ホントに彼女は偽物なのか。でもそうすると、今までの話は――。
「すまない、日本語も君の思いも、無碍にするつもりはないのだが――」
落ち込む彼女とは裏腹に、彼はニヤリと笑う。
「そう言われると思い、とっておきの3つ目を言います」
「そう言われると思い、とっておきの3つ目の理由をお伝えしよう。貴女は愛用しているワルサーを連れてきていますか?」
彼女は「勿論だ」と言い、背中に隠し持っていた銃を俺たちに見せる。愛用している銃を持っているという事は、やっぱり本物?
「それで自身の頭を撃ち抜き――自決して下さい」
成程、不老不死であれば、それが何よりの証明であり理由である。しかし彼女は、呆れたと言いたげな表情で、深い溜息をつく。
「とっておきと豪語したわりには、他人任せなことを言う。知略に長けたキミの発言とは思えないな。そちらこそ本物なのか?」
え?確かにそれを否定することはできない。いや、どうなんだ?不可解なことに遭遇し過ぎて、正常な判断ができない。
「自分が本物かどうかはさておき、貴女が偽物だと証明できた」
え?今ので?どれだ?どのことだ?
「何?」
「ワルサーは、イザベルさんの親衛隊隊長“レオン・ワルサー”のことで“銃”とは言っていない」
確かに、銃とは言ってなかった。
「すぐ銃だと判断したのは、身近にその名の人物がいないから――。それとも、仲間の名前まで忘れてしまったのですか?」
彼女は頭を垂れ、何も言わない。
「それにイザベルさんは、大の銃嫌いで有名だ。フランス革命、ナポレオン戦争、世界大戦から、現在各国の内乱や紛争まで。彼女は愛用の“鎌”のみで、戦場を渡り歩いている」
黒坂の質問はひっかけで、仮にそれを証明した場合、墓穴を掘ってしまうということか。コイツ、よくそんなこと、この短時間で考えつくな。
「その為、二つ名は“死神の聖女”」
「それ悪者か良者か、分からん二つ名だな」
「同感です。実際、戦場を滅茶苦茶にして去るらしいので、敵も味方もないのかも」
本物に会った時は、言葉に気を付けよう。
「さて、その瞬時に武器を出す能力は、とても素晴らしいですが、それが足枷になった。あと、少々勉強不足でしたね、誰かさん?」
「いつから気づいていた?」
イザベルと名乗っていた人物は、首を左右に振りながら、黒坂に質問した。
「貴女がイザベルと名乗った時点で」
「何?」
「彼女は車を運転できない」
「何!」
「他にも幾つか違う点はありましたし」
「いやだったら、何故ずっと知らないフリをしていた訳だよ?」
「相手の目的と、正体を絞りたかった」
「じゃあ何故、3つって?」
「――その方が、“ボク”の気が引けた。そうだろ?」
ボク?
イザベルと名乗る人物から発せられた声は、それまでの彼女とは違った。男性なのか、女性なのか判断できないような中性的な声。一瞬、白仮面が脳裏に浮かぶが、それとは違う。だけど、それに近い“何か”そんな気がした。
「だから、ずっと上の空だった訳か、色々と重大な情報を言ったと思ったが――」
「嘘か誠か、分からなかったので――」
「ずっと半信半疑――。成程ね、あの女がキミに固執する理由も分かる」
「あの女?」
「イザベル・ヴォ―ドン。ちゃんちゃらおかしい偽名だけど――」
「っ!」
「おっと、今の子は“ちゃんちゃら”何て言わないかい?」
「いや、イザベルさんが偽名って――」
「いや、黒坂和樹。キミは気付いている筈だ。――ああそうか、これもキミのテストという訳か」
コイツ、何の話をしている?
「フランス革命、ナポレオン戦争を戦った者。戦場を単身で暴れまわる脳筋。そして、600年前に不老不死になった田舎娘」
だから何だ?
「だからこそ、アナタが何者かが分からなかった。イザベルさんが何者かを知っている。いや、それだけじゃない。彼女の過去をも知っていた」
黒坂は既に、イザベルの正体を知っている?フランス革命とナポレオン。単純に考えれば、彼女はフランス人。単身で暴れて――600年前?そこまでフランスの歴史を知らない。
「その口振りだと、彼女が神の子になるきっかけも、聞いていた訳か」
まあ別に、彼女が何者かはこの際、どうだっていい。今の俺に重要なのは、あの過去にある。あれ?過去?そう言えばコイツ、最初俺の事を――。急に、頭が冴えてきた。これも一種の能力なのだろうか?
「先程の落ち度が信じられないくらい、アナタの語る言葉もその感情も、彼女その者だった」
つまりは言伝でなく、直接見ていた訳か。ついさっきまで、何もかもが理解できなかった。それは多分、1つ1つが部分的で、意味や意図が複雑になっていたから――。
「だったら答えは1つだ、違うかい?」
でも今は違う。何がキーだったか分からない。分からないが、この正体不明の人物が、今の俺なら分かった。
「いや、信じられない」
恐らく、黒坂はだいぶ前から気付いていたのだろう。やはり、敵に回すべきではない。いやいや、それよりも優先するべきは――。
「ここには3人いる」
「三笠さん?」
「フフ、それで?」
「説明は後にして先に結論を言おう、アンタは――」
――マーリンだ。
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