15,「日常」
翌日、黒坂の調査結果を聞く為、サークルの部屋へと訪れた。
生憎、猪狩講師は、大学の大事な会議により、今回は一人で赴くことになった。俺は調査結果よりも先に、未来での出来事を先に話すことにした。すると黒坂は、意外な反応を示した。それは驚くとか、悲しむとか、そういう次元の話ではなく――。
『 ――彼女は本当に、“黒坂 玲”なのか?』
黒坂は、娘の存在に疑問を持った訳ではなく、その人物が当人なのかに疑問を持っていた。啞然とするこちらを察してくれた黒坂は、何故その疑問に至ったのかを、こう切り出した。
『あの子とは、一度会ったことがあって――』
彼女に会った経緯は、伏せられたものの、黒坂の言う外見の特徴が一致したことで、嘘ではないみたいだ。しかし黒坂という男は、こちらの斜め上の反応や回答をする。
自分の娘に俺が会ったことよりも、あの赤いハンカチを見た時の方が驚くとは――。 それよりも、黒坂の疑問についてだ。彼が彼女に対し、当人か疑問を抱いたのは、その言動に、違和感があったからだという。
彼が会った時の彼女は、自信と冷静さを兼ね備えた人物だったとか――。俺が会った彼女のように、トラウマに苛まれ、感情的な印象など微塵もなかったという。
だからと言って、先ほど言った外見の特徴。更には彼女の能力を含め、“全くの別人ではない”という結論に至った。
されど、互いの違和感は消えない。 同じ人物なのに、内面だけ違う。多重人格や、年齢による変化など、考察できることはいくらでもあるが、現在の情報からでは限界だった。
なので、黒坂が行った調査結果について、話を切り替えることにした。
赤いハンカチから検出された人物は、現在のオカルト研究部に在籍する人物7名と、黒坂の身内2名。そして、謎に加わっていた2名。
『久遠 希と鹿島 薫――』
久遠という女性は、最近知り合った人物で、彼女の兄はここの医学部に在籍していた。また、鹿島という男性は、現在在学中の1年生だと言う。一見、バラバラなメンバーかと思われるが、彼女が言った言葉を思い出す。
『――とある10人が神様に喧嘩を売った。』
玲を除くと丁度10名、これが偶然なのか?どちらにせよ、そのメンバーの中に、白仮面がいる可能性が高い訳なのだが――。
黒坂は『このメンバーに白仮面はいない』と言う。 その理由としては、黒坂を除いたサークルメンバー全員が、異能者であることと、時間とは無関係の能力だという。
また、久遠、鹿島の二人は、現時点で異能者ではないことが、彼の父親の会社を通じて判明していた。
サークルメンバーの殆どが、異能者という驚きはさておき、俺は『なら、潜在的な可能性は?』と残っている無能者について黒坂に尋ねる。
すると、久遠はかなり身長が低く、俺が見た人物の身長と違いすぎ、鹿島はその日の午後、コンビニのバイトで室内の監視カメラにずっと映っていたという。
黒坂本人には『確証的証拠がないから、疑ってもいいですが――だとしたら、今から俳優を目指そうかな』と皮肉を言われてしまった。 だがそうなると、残る容疑者は一人。
『玲と血の繋がっている人は?』
最早悪あがきでしかない質問に、黒坂は冷静に『絶対にない』と言い切った。何故ならば、その人物は――。
『あの子と同じ、怪力の異能者なので――』
◆
結局、わかったことは、あの赤いハンカチの持ち主と白仮面の結びつきはないことと、あのサークルは、異能者集団だということだけだった。
昨日のことを振り返った俺は、溜息をつきながらエレベーターに乗り、3階のボタンを押す。
たった2日間の出来事に、振り回されてしまっているが、そろそろ現実をみるべきだ。
「チン」とエレベーターの到着音で扉が開き、目的のパソコン室へと俺は足を進める。
大学4年生であるならば「卒論」と「進路」という単語は避けられない。
空いている席に座り、パソコンを起動する。
学部によっては卒論がないケースもあるようだが、残念な事に、俺が在籍する社会学部は卒論が必須。その為、今日は卒論をすすめる為だけに、ここへ来ている。
救いなのは、単位や就職活動など、別の要因がないこと、知人によっては全てに追われているのだとか――。とはいえ、未だに進路については悩んでいる。
幸運なことにバイト先で『正社員にならないか?』という話で、そのまま就活は終了してしまったが、自身が本来やりたいことだったかというと――即答できない。
そもそも何がしたいのか、明確なことがあって大学に進学した訳じゃない。恐らく、大学に進学する大半が、俺と同じ意見だろう。高校までに決められなかったことを、4年延長しただけ――。
それでも、自分が何をしたいのか、どのような人生を歩みたいのか決められず、流れるまま、社会に加わるのだろう。
『それで本当にいいのか?』
そう何度も疑問に思いつつ、思ったままで終わる日々。ある意味、あの2日間は、自身を見直す機会だったと、楽観的に考えた方が、いいのかも――。
特にあの未来を見せられ、このまま平和な日常が、続かない可能性が高い。それを予め知る事ができた。
俺はズボンにしまっていたとあるモノを取り出した。それは未来から帰って来た時、何故かポケットに入っていた。
それは赤いハンカチのように、布状のモノではあるが、そこにはインクか何かで文字が刻まれていた。まるで昔の書簡のように――。
そこに書かれた文字はというと――。
“オマエの仲間に、「F」という神がいる。気を付けろ――”
これが白仮面の仕業なのか分からない。ただ、このまま素直に猪狩講師や、黒坂に見せる訳にもいかず、そのまま持っていた。
神とは今から1年後、黒坂たちが喧嘩を売る相手のこと――。今更だが、神という単語の意味に疑問が湧く。一般的に神とは、偶像という形が定まっていないモノという認識だ。
『それに喧嘩を売る』とは、一体どういうことなのだろうか?一番分かりやすく考えるのなら、神を名乗る何かしらの人物。又は組織があり、それとの抗争が、未来で始まってしまう。
うん、これならまだ理解できる。それにこの「F」という文字にも違和感がある。
アルファベットの「F」の形ではあるが、横の二本線が右下を向いて書かれている。これがただの癖字なのか、別の文字なのか。
「丁度いい、このパソコンで調べてみるか」
息抜きと称して、この文字の正体を調べてみた。しかし、類似した文字はあるのだが、ここに書かれているモノとは、若干違う。
「分からん」
「何が分からないッスか?」
急な背後からの返事に、体が「ビクッ!」と反応する。
「キャハハ、先輩オモロ!」
「「「「――」」」」
北浦の声で、周囲の学生が、一斉にこちらを睨みつられる。俺は彼女の頭を押さえつけながら「すみません、すみません」と小声で謝った。
「すんません」
「それで?オマエは何故ここに?」
「隣でやっていた講義が終わって、偶々ここをのぞいたら先輩がいたので――」
「そうですか」
「何を調べていたッスか?」
「これ」
北浦には、あのメッセージ付きのモノではなく、前もってメモ帳に書いた「F」の文字を見せた。
「これって――“ルーン文字”じゃないッスか?」
「ルーン文字!」
「「「「――」」」」
声がつい大きくなってしまい、再び謝るのだった。
◆
俺たちは、大学の裏庭にあるテラス席へと場所を移動した。
「これッス」
北浦に渡された彼女の携帯には、確かに横の二本線が右下を向いている「F」の文字があった。
そこには「アンスール」というフリガナがふってあった。
「見た目は“F”何ッスけど、該当する文字は“A”何ッスよね――」
それじゃあ、見つからない訳だ。
「よく知っているな?」
「高校の時、中二病の子と仲良くて――。その時、教えてくれたんッスよ」
「成程」
その北浦の友達には感謝だ。お陰で、これが何かはっきりした。
この文字の意味は複数あり「言葉」「コミュニケーション」「口」。そして――「神」。
更に、この文字は、とある存在も意味するという。その存在は――。
――“オーディン”。
北欧神話で、最上位に位置する、神の名だった。
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