12,何度でも
気配などの予兆はなく、まるでずっと前からそこに居たのかと、錯覚してしまう程、それは毅然と立っていた。
「逃げろ」
玲の言った通り、それは騎士と呼ばれる装いで、中世ヨーロッパの鎧を身にまとっていた。
「逃げろ!」
全身が漆黒の色彩で、目を守る目庇だけが、血のように赤い。
「――」
こちらに合わせたのか、はたまた偶然か。俺が逃げ出すと同時に、黒騎士も動き出す。
「ふざけやがって!」
俺とは対照的に、彼女は黒騎士に向かって駆け出した。
「――」
黒騎士は、言葉を一切発することなく、彼女へ突っ込んで行く。然程、距離もなく両者が激突する直前、彼女は右肘を後方に下げながら、身を屈め――。
「喰らい、やがれ――!」
彼女の怒号と共に、渾身の右ストレートが、相手の腹部に直撃する。「ガコン!」と鈍い音が聞こえた瞬間――。
「マジ?」
黒騎士は、いとも簡単に宙を舞い、数100メートル先まで飛ばされた。そのまま、土塊から突き出していた岩石にぶつかり、爆音が鳴り響くと同時に、土煙が舞い上がる。
声は衝撃波、足では地震を起こすような人物だ。こちらも、予想できなかった訳じゃない。それでも、それでもだ。
相手は見た目通り、非常に重そうな見た目である。それにも関わらず、宙に浮くだけでなく、文字通り、ぶっ飛んでしまった。
武装した上であれなのだ。つまり――いや、考えまい、その時は人生の終わりを意味する。その認識だけで、十分だろう。
「やったのか?」
土煙で、未だ相手の状況は分からないものの、それだけ圧倒的な一撃だった。少なくとも、俺はそう思った。
「いや」
しかし――。
「――」
土煙が落ち着き、視界が見えてきた時、黒騎士は、最初の時と同様、何事もなかったように“立っていた”。
「噂通りなら、相手の恐ろしいのは“体力”と“回復力”だとか」
黒騎士は、再びこちらへと走り出す。
「どのような攻撃を与えても、何度でも、何度でも、立ち上がる」
彼女もまた、相手に向かって走り出す。
「やられなければ負けじゃない。だから“不敗”なのか」
先程の攻撃を模倣したのか、相手は右肘を後方に下げる。しかし、彼女はスピードを緩めず、相手に突っ込んでいく。予想通り、右拳からのストレートが、彼女の顔面に向かって、繰り出される。
だが、その攻撃は届くことはない。彼女はギリギリのところで避けた後、左足で先程と同じ腹部を蹴り抜いた為である。
先程と全く同じ光景のように、相手は吹っ飛び、また立ち上がる。違いがあるとすれば、2度に渡り、腹部にダメージを与えた結果、鎧が少しへこんだくらいだった。
◆
それ以降、幾度もなく玲と黒騎士の戦闘は続く。最初は。圧倒的な力の差で、相手を一方的に打ち負かしていた。けれど、次第に彼女の動きが、遅くなっていく。その理由は、簡単だ。
いくら彼女が、超人的な力があったとしても、人である以上、“体力”には、誰しも限界がある。既に、優に100は超えている。一方、相手は初めと何も変わらない。いや――。
「へこみが――」
――消えていた。
間違いなくあの攻撃で、腹部にへこみがあった筈、それなのにある筈の外傷が、跡形もなく消えている。
「これでわかっただろ?アイツには――勝てない」
これが、回復力の正体だと?
見た目だけでは、信じられない。とはいえ、目の前の現実を否定することもできない。
「やっぱり無理なのよ」
これで何度目なのか、もう分からないが、黒騎士の姿は遥か彼方へと、飛んで行く。しかし、彼女の心は、折れていた。
このままでは、危うい。彼女の琴線に触れる発言をしてでも、今言わないと――。
「何故そこまで、アレを恐れている?」
「何よ急に――関係ないでしょ!」
「俺よりも、何十倍も強い人間が、弱気なことを言っていれば、聞きたくもなる」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
耳と目を塞ぎ、首を左右に振る彼女は、その場に座り込む。
「アンタに何が分かるの?力が強いからって、全てを私に、押し付ける連中の卑劣さを!守れなかった時、連中の罵詈雑言を、黙って聞くことしかできない虚しさを!」」
それが、彼女のトリガー(トラウマ)か――。
こちらが知りたかったことを聞けた。あとは彼女に、聞く力と立ち直れる精神力があるかどうか――。
「分かるよ、俺もあの時、何もできなかった」
「あの時?」
「自分だけが、何故不幸なのか?何故他の人間は、不幸じゃないのか?ズルくて、不公平で、何度も何度も死にたくなった」
彼女はゆっくりと、塞いだ耳を解きながらこちらに視線を向ける。
「それは、自分だけじゃない。ホントは皆、大なり小なり、不幸という名の試練を受けている。ただそれは、他の人は気付けない。いや、気付かない。何故なら、自分のことで、精一杯だから――」
自分自身にも、投げ掛ける言葉に胸が苦しくなり、思わず右手で胸を抑える。
“あの時”、周りに罪をなすりつけ、ただただ己の不幸を、呪い続けた過去の自分が、脳裏に浮かぶ。それがとても腹が立つ。何もできなかったのは、自分のせいなのに――。
その時の馬鹿な俺に、会えるのなら、こう言いたい――。
「自分だけが――」
「――悲劇のヒロインじゃない」
黒坂の家系は、人の言葉を奪うのが好きらしい。
「ゴメンなさい、私が悪かったわ」
ただそれだけの価値があったようだ。まだ説得途中だったのだが、何故か彼女の心は、持ち直した様子だった。
「それはよかった」
「だけどどうする?このままだと――」
彼女が向ける視線の先には、無限に動き続けるロボットのような存在が、またもや動きだす。
「1つだけ、考えがある」
彼女の耳元で、その考えを伝えると「それだけ?」と言った。
「絶対じゃない。だが試す価値はあると思う」
「なら、信じる」
こちらが試みたことだが、彼女の豹変ぶりに、戸惑いを隠せない。具体的なことを言う前に、彼女は立ち直ってしまった。ただ、自身が直面した時、思った言葉をそのまま口にしただけ――。
それだけのポテンシャルが高い?それとも――。
「ガコン!」
いや、今は相手を倒すことに集中しよう。
彼女は、こちらが伝えた通りに、とある箇所に集中して、攻撃を行い始める。それは“首”。厳密に言うと、首が目的なのではなく、その上の兜部分にある。
幾度となく、2人の戦闘を垣間見た。その時感じたのは――。
“何故、相手は言葉を発しないのか?”
映画の見過ぎだと、言われかねないが、怪物や敵の大半は、雄叫びや、お喋りが好きだ。何故ならば、己の主張を全面に出す表現方法として、これ以上のない方法だからだ。
何かしらの訴えを、周囲に気付かせる為、恐怖や、不気味さを演出するもの――。けれど、黒騎士は、その対極。何も主張せず、ただ相手が、力尽きるまで起き上がるのみ。
それはそれで恐怖や、不気味さを兼ね備えているが、確実に声を発しない理由が、何かあるに違いない。例えば、黒騎士も異能者であり、あの鎧はそれをコントロールする為、又はあれがないと能力が発動しないとか――。
そうこう思考を巡らす間に「ゴキ!」と首の装甲が、悲鳴をあげる音がした。彼女の攻撃は巧みで、フェイントや、様々な攻撃パターンにより、こちらの作戦通りにことは進んでいた。
「ツ!」
それでも場所が場所だけに、動きが読みやすかったのか、今まで全てを避けていた彼女だったが、黒騎士の攻撃により、彼女の頬に、攻撃がかすった。
「この!――なっ!」
彼女はすぐに、反撃を移ろうとするも、それを逆手に取られ、右手を掴まれてしまう。そして、今までの仕返しとばかり、黒騎士は彼女を力任せに地面へ、何度も叩き続ける。
その叩きつける速度は凄まじく、初めてそこで絶望を感じた。最初はどうにかしようと、抵抗する彼女だったが、黒騎士が叩きつけることを止めた時には彼女は動かなくなっていく。
黒騎士は、彼女を投げ飛ばすと、すぐにこちらへ標的を変える。恐怖は加速し、鼓動は段々と早く、額から汗が滲み出る。震える拳に力を入れ、問題としていた首に視線を向ける。
彼女のおかげで、首の装甲はかなりはがれていた。俺の力でも、壊せるかもしれない程度に――。
「――!」
黒騎士は何の前触れもなく、こちらに突進してくる。もしこれが失敗すれば、死は免れない。万が一、免れたとしても、腹部と同様に装甲が回復し、2度とチャンスはなくなるだろう。
「思い出せ、あの時を――。思い出せ、あの虚しさを――」
「――!」
「過去でできなかったことも、今なら――できる!」
黒騎士が放った拳を受け流し、そのまま相手の懐に飛び込み、勢いのまま左肘を相手の顎につき上げた。
「っ!」
こちらの攻撃により、相手が上を向いた瞬間。すかさず右腕からアッパーカットを繰り出した。その時、右手から金属と金属が離れる感触を感じるのであった。
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