10,〇の先は――。
落ちた――。
その認識はある。いつものように、マンホールの上に、足をのせようと思ったら、底がなかった。あるべきモノがない、ふと猪狩講師の“固定概念”という四文字の漢字が、脳裏に浮かぶ。
これは不甲斐ない自身の戒め、そう納得するしかない。排水管の工場か何かで、偶然マンホールのフタを閉め忘れ、偶然そこに俺が落ちた。ただそれだけ。
運の悪いことに慣れた自分自身に、言い聞かせるいつもの習慣。そう無理に解釈し、勝手に覚悟を決めた。しかし――。
「――あれ?」
覚悟を勝手に決めたはいいが、一向に体からは痛みを感じない。マンホールに落ちたことがないから、確実なことは言えないが、マンホールの下は、ここまで深いモノなのか?既にかなりの時間が経過しているが、落下が終わる気配がない。
顔は天を見上げているので、終着点が分からない。だけど、見るのは怖い。何故なら、下を向いた瞬間地面だった時の痛みと恐怖は壮絶なモノだと、容易に想像できたからだ。
だとしても、このままでは埒が明かない。俺は恐怖を堪え、この時間がいつ終わるかを確認する為、首をゆっくり横に向け、落下先を確認する。
「は?」
その漏れた声は、予想を遥かに上回るモノだった。
「これは――」
視界に飛び込んできたのは、コンクリートで固められた下水道ではなく――。
――果てしない大地。いや、ここは地下だから大地――でいいのか?
とにかく、この状況に脳が追い付かない。その一方、自身の身が危ういことを徐々に実感する。それは大地と自身との距離。目測ながら、どうみても、飛行機からバンジージャンプをした高さだった。
「このままだと――死ぬ」
当たり前のことながら、パラシュートはない。空を見上げると、マンホールの穴は消え、暗い天井が広がっている。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい」
様々な態勢になり、悪あがきを行うも、どのような態勢になろうがこのままだと“死”しか待っていない。
「どうしよう」
涙目になりながら、大地を再確認する。何か建物がある訳じゃない。ただただ茶色の土しか目に入らない。
「ん?」
ただ、その茶色の塊の中に、黒い何かが動いている。それは上空から見ると、ゆっくりと動いているように見えた。けれど、徐々に地面に近付くにつれ、その黒い物体のスピードが尋常でないことに気付く。
その黒い物体の正体は、人。しかも、女性。長い黒髪をなびかせ、黒い武装をした状態で、こちらが落下すると思われる場所に爆走している。恐らく、俺を助ける為の行動だと思うが――。
「これじゃあ、間に合わない」
そう、落下速度と彼女の足の速さでは、ギリギリ間に合いそうになく、既に大地と100メートルは切っていた。
「くそったれ――!」
あちらもそれを察したのか、叫び声が聞こえてきた。
「もうダメだ」そう思い目を瞑る。すると、「ガガガガガガ」という轟音が鳴り響く。そして――。
「あれ?」
体に「ドスン!」という衝撃があったものの、痛みは予想よりも痛くない。
「はぁはぁはぁはぁ」
大地に向けていた背中からは、温もりと人の呼吸が聞こえる。
「何とか――はぁはぁ、間に合った」
息が切れた声に「あ、ありがとう、ご、ございます」と応答する。その絞りだした声は、かすれていた。
「別に――それよりも、そろそろどいてくれない?」
「はい!」と返事とともに、勢いよく起き上がり、彼女に手を差し出した。
「どうも」
その手を掴まれると、何か強い衝撃が掌に加わった。
「何?」
「い、いや何でも」
重たいから?いや違う。それとは全く異なる、別の何かが体に伝わってきた。その何かを感じた俺が思ったことは――。
――この人を敵に回してはいけない。
「それにしても、ホントに空から人が降ってくるとは」
彼女は、全身についた土くれを払いながら、空を見上げた。
「え?俺が降ってくることを知って――」
「正確には、“教えて”知ったのだけど」
容姿は、赤い瞳と腰まで長い黒髪が特徴的で、見た目は20代くらい、とびっきりの美人なのだが、先程の印象から敬語になってしまう。
「教えて知った?」
それにどことなく、誰かに――。
「ああ、それよりもアナタの身元が知りたいのだけど」
「あぁ、はい。三笠 トオル、横濱大学の4年の22歳です」
「生年月日は?」
「え、えっと1988年5月23日生まれ――です」
「つまり、アナタは2010年の人間ということね?」
「え?そ、そうですが――」
何故、そのような言い方をしたのだろうか?まるで――。
――ここは2010年じゃないかのように――。
「いや、まさか!」
「ご名答。そうここは2010年ではないわ。ここは――2045年さ」
今度は――“未来”かよ。
◆
頭を抱え「ま、まさか」何とか出た言葉も、彼女は「嘘だと思うならそれでもいい」といい、歩き出した。
「悪いけど、ここに長居したくないから、説明するならついてきてくれる?」
俺は周囲を見渡すも、何もない光景と先程の言葉に絶望しながら、彼女の後を追うしかなかった。
「訳を聞かせてくれないですか?まず何故貴女は、ここに?」
「さっきも言ったけど、ある人に、祖母から聞いたの」
「祖母?」
「私の祖母は異能者で、夢をみることで別の時間を垣間見ることができる“予知夢”の能力があるの。
だから、アナタがここにくることも知っていた。アナタが三笠 トオルで、2010年の人間だということも含めてね」
「じゃあ、俺が元の時代に戻れるかは――」
「残念だけど、それは分からない。知っていることは、今日アナタがあそこから落ちて来ることだけ」
「な、なら、また貴女のお婆さんに予知夢で――」
「悪いけど祖母はかなり前になくなったの。だから、それは無理」
「それは――」
「謝る必要はないけど、これからどうするかは、キャンプ地で考えましょう」
「キャンプ地?そう言えば、ここは一体――」
「アナタが居た時代と、ここは随分違うとは思うけど、これが未来の成れの果てよ」
「未曾有の大災害にあった?」
「違う」
「大戦争が起きた?」
「違う」
「じゃあ何が――」
「人が神に喧嘩を売ったからよ」
「はぁ?」
神?
彼女の話を要約すると、嘗て神は人との交流をもっていた。しかし、幾度となく人間は、神に逆らった。その度に、人間は滅亡を繰り返していた。今回も、とある集団が神様に喧嘩を売った為、人類が滅亡の一途へと向かっているのだとか――。
「信じられない」
「でしょうね、私も信じたくはない。だけど、目の前の光景を見て、これが普通ではないことぐらいは信じられるでしょ?」
よくよく見ると、地面に何かしらの建物の痕跡が所々に見えている。
「これも全て神様が?」
「そうよ、今から34年前。とある10人が神様に喧嘩を売った。それをきっかけに、世界各地で戦いが始まる。最初は密かに行われていたようだけど、時間経過に伴い、それは徐々に拡大し、仕舞には全人類が巻き込まれた」
「34年前?それって2011年――って、来年じゃないか!」
「因みにその10人の中に、アナタの知り合いがいるわ」
「知り合い?」
「クロサカ カズキ」
「え?」
「何でも、オカルトなんたらっていうサークルに所属していたのが、その10名だとか」
「じゃ、じゃあ、そのメンバーに真田っていう女性も?」
「ああ、あの人か。えぇいるわよ」
「そんなまさか」
仮に彼女が言ったことが、全て本当だったとしても、大学生の身分で、一体どのように神へ喧嘩を売る?存在も不明確な相手なのに――。
「メンバーの中に、神と接触することができる魔術師がいたとか――」
「魔術師?」
神の次は魔術師とは――。冗談としては、とてもじゃないが、情報量が膨大過ぎる。
「全てを受け入れるとして、この状況を黒坂たちは黙って見ていたのですか?」
「いいえ、彼らは死に物狂いで戦った。それこそ、密かに戦っていたのも、彼の類まれな戦略の賜物だった」
「じゃあ――」
「彼が死ぬまではね」
彼女に言葉を遮られ、実感した。彼女は――。
――黒坂 和樹に、似ていると――。
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