十一月十一日の記念日
事務所の会議室には、何故か、ポッキーとプリッツが大量に置かれていた。何時もなら、市販のクッキーやチョコレートがお茶菓子のはずだ。
コーヒーを持って、会議室に入って来た莉子さんは、苦笑している。これを準備したのは莉子さんではない様だ。
「莉子さん、これって、誰の仕業?」
「仕業と来たか。若い子たちよ。事務所の経費のお菓子じゃなくて、彼女たちが持ち込んだものよ」
「何故か聞いても良い?」
「流石に今日が何の日か分かっていると思ってたけれど」
「ああ、まぁ、知ってる。でも、去年はそんな事していなかったよね」
「そうね、ここまで、大々的なのは今年が初めてね。去年までは、彼女たち、休憩室でやってたから」
「何故、今年はここ?」
「余ったって、言ってたけれど、どうかしらね」
「聞きたくなかったかもしれない、今日、嘉隆くんたち、こっちに来る予定あるよね」
「正解」
ああ、頭を抱えたくなった。来月のクリスマスコンサートの打ち合わせが入っていたはずだ。それは、予定表に書かれているので、確かに去年とは、違うはずだ。去年は今年よりも二日早かったはずだ。彼女たちはその予定を知っていて、この場所に置いて行ったのだ。
「で、なに、嘉隆くんと古川くんのポッキーゲームでも見たいわけ?」
「流石にそれは無いと思うけど、無いとも言えないのよね、あの二人だから。それと、ここには来ないので見る事は無理なんじゃないかな」
「何がしたいんだ」
もうすぐ、二人が到着する頃だ、しかし、その前に聖良ちゃんがやって来た。クリスマスコンサートは、今年も彼女がメインだ。会議室に入って来て、元気に挨拶してくれる。莉子さんが人数分のコーヒーを置いていると、レーゲンボーゲンの二人も到着した。やっぱり、お茶菓子がいつもと違う事に笑い出した。こっちも今日が何の日か分かっている様だ。聖良ちゃんがスマホを取り出す。
「今日の主犯は聖良ちゃんか」
「だって、頼まれたんだもの」
スタッフの若い子たちが、会議室に入れないので、頼み込まれたらしい。古川くんは、お決まりだな、と呟いている。嘉隆くんは、どこか楽しそうで、「これ、希望は僕と遥?」なんて、聞いている。これ、地味に一部の層に人気がある。
「それも良いんですけど、是非、麻衣さんと浅生さんで!」
「僕と麻衣で良いの?」
「はい、頼まれたのは、そっちです」
まさかのスタッフの子たちに頼まれたのは、私と嘉隆くんだった。ちなみに、嘉隆くん、うちの事務所にいるので、一人称が『僕』です。って、いうか何をさせようとしているんだ。人前で、というか人前じゃなくても出来ない。自分は関係無くなったのが、分かったのか古川くんは、お茶菓子のポッキーを食べ始めた。傍観に徹する様だ。莉子さんが古川くん用のお茶を、わざわざ紅茶を淹れてくれた。
「いや、ちょっと、人前でなんて、何の拷問?!」
「僕は構わないけど」
「私が構います」
必死で、逃げようとしたが、結局捕まってしまった。聖良ちゃんは、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、「古川さんでも良いですよ」いや、それ言っちゃダメなやつ。聖良ちゃんには、私と嘉隆くんが付き合っている話はしていない、なので純粋にスタッフの子に頼まれた事をしているだけだ。
「僕で良いよね?」
「はい、浅生さんが良ければ、お願いします」
念を押している、表情が笑っていなくて、ちょっと、怖い。良くない、良くないし、お願いしますでもない。直ぐに表情を崩すと嘉隆くん、良い笑顔で、ポッキーを咥えた。莉子さんも止めて下さい。古川くんは蚊帳の外で、止める事さえしてくれなかった。私は覚悟を決めた。そして、決めたのだ。嘉隆くんとは反対側のポッキーを口に咥えて、役になりきる事にした。それなら、お芝居だと思えば良い。
おお、と聖良ちゃんからは感嘆の声があがった。古川くん、吹き出した、お茶を飲んでいる時で無くて良かったね。莉子さんも笑いを堪えている。あ、嘉隆くんは固まってしまった。お仕事モードの私はきらきらの笑みを浮かべている。少しづつ、減って行くポッキーをゆっくりとかじる。聖良ちゃんは、写真を撮りながらも、歓声をあげている。なんか、嘉隆くんに勝った様な気がする。
「思っていたのと違う」
その一言に、古川くんはもう一度、後ろを向いて笑い出した。今度は、中々、笑いが止まりそうになかった。イケメンがイケメンとポッキーゲームなんて、なんて眼福なの、と言いながら聖良ちゃん、すごく、嬉しそう。聖良ちゃんこそ、好きな古川くんとポッキーゲームすれば良いんじゃない? そして、その写真、私ももらったんだけど、絵美に送ったら、彼女からも「なんか違う」って言われた。ちゃんと、要望に応えたよね、私。間違っていないよね。
2024/11/11 活動報告掲載