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久遠の彼方からあなたへ  作者: ウイチャ・ンドチャク・ソカワイ・イ
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待ち人来ず

「かなり気合いを入れてくれたんですね...」


 店長が丹精込めて掃除した席は想像以上に輝いていた。物理的に。店内の机は基本的には木材でできているのだが、予約した席の机は打って変わって大理石だ。ギリシャかどこかの地中海から直接輸入した天然もののようで、だいぶ値が張ったのだと話に聞いていた。そんな店長のこだわったこの席が、今朝の店長の手入れで鏡になってしまっている。先ほど呟いた言葉は、無情にも目の前の鏡の中に吸い込まれていった。


 ピコン、と一つ高い音が鳴る。視界の右上にメッセージが一件表示されたことで、今この席の前にいるのは私が友人を迎えるためであることを思い出した。メッセージには”もう10分で到着する!”との連絡が九条 英司(えいじ)から来ていた。彼はこういう時にマメに連絡をくれるため、身支度や心構えをさせてくれるので非常に助かっている。そんなことを思いながら、私はようやく椅子に腰かけて小説の続きを読み始めた。


 読み始めてしばらく経った頃、お店の入り口からドアベルの音が聞こえる。到着したかなと入口を見ると


「わあ、オシャレなお店…!アキラちゃんが連れていってくれる場所はどこも素敵だね!」


「そう言ってくれるなら来た甲斐があったよ」


と、はしゃぐ背丈の小さめのオシャレな女の子とアキラと呼ばれた淡いトーンが主体の服を身につけた女の子が入店してきた。時計を見ると連絡から丁度10分経ったところで入店したきたのだが、彼女らは私の待ち人では無い。少しだけ落ち込んだ気持ちになって再び本へ目を向ける。


「空いてるお席へどうぞ」


 本を読みながらでもわかるほど少し嬉しそうな声色になりながら、店長は可愛らしいお客2人に決まり文句を告げた。それを聞いた女の子らはお店の中を見ながら席を吟味し始めた。店内は2分程度あれば一通り見れるほどの大きさなので、2人組は直ぐに気に入った席を見つけ、談笑を始めたようだ。談笑の内容は他愛のないもので、あの服が良かった、あのご飯が美味しかったなどを楽しそうに話していた。時折知らない単語や地名と思われるものが出ていたが、それは彼女らと比べて私の経験値が低いからだろう。


 そんな活気に溢れるやり取りを聞いていると、再び入店のベルが鳴る。私は先程の勘違いのこともあり、あまり期待しないで読んでいる本のキリのいいところで顔を上げることに決めた。

 今読んでいる本はSFチックなアドベンチャー系の小説だ。主人公は世紀の大天才で、その時代の技術を何世紀も先取りしていた。しかし、ある日突如として愛する人が何者かに攫われてしまう。主人公は愛する人を助けるために野を越え山越え、空までも越えていくといった物語になっている。


 この本は物語として非常に簡単にまとまっており、単語も難しくなく読みやすい作品だ。しかも、ラストは読者に取っても想像できなかった衝撃的なものだという。そのため、特に刺激を求める若者から厚い支持があり、最近出た作品であるが今やディアイニと並ぶほどの作品となっている。私はこの小説を販売日に書店で並んでまで購入していた。なぜそこまでして購入したのかというのは単純で、ディアイニとは真逆の作風である本作品が良い刺激をくれそうだったから...というのは建前で、実際はSNSで偶然見かけたときからファンで、Web小説の頃からずっと読んでいたり、たまにファンレターを送るほどではある。今回の書籍化も一ファンとして非常に楽しみにしていたこともあり、居てもたっても居られずに開店前から並んでしまったというわけだ。


 此処一番楽しみにしていた作品にようやくありつける喜びとみんながまだ来ないことへの寂しさが混ざったまま、小説の世界へと入り浸る。この作品は簡単でわかりやすい分、世界観に浸りやすく読みやすい。私は、この世界観に浸る時間が好きだ。誰かの思い描いた世界というのは意外性に満ち溢れていて、自分とは違った価値観を見せてくれる。

 そんなモノローグに浸りながら、一文一文を噛み締めて読んでいると、真横から声がした。なんとなく知っていそうな声ではあるが、私の勘違いであると少し恥ずかしい。それに今の私には待ち人を待つ他に、目の前の文庫に読みふけるという使命があるのだ。という言い訳を持ちつつ、その声を流していたが、

 

「おいおい、数年越しに再会する友人に無視を決め込むとはどういう心境してんだ?」


「ミッチー、いつも通り本の虫だね!3年経っても変わらなくて安心するよ!」


「相変わらず、君は一度考え込むと周りが見えなくなるな」


 その声は明確に私に対して放たれた言葉であった。瞬間、私の心の靄が晴れる。本当に友人なのかという疑念を全て押しのけるセリフと声色に私は顔を上げる。数年越しの彼らの姿を見た私は今までにない高揚感が身体中を駆け巡るのを確実に感じた。

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