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久遠の彼方からあなたへ  作者: ウイチャ・ンドチャク・ソカワイ・イ
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違った世界

 遠く、永く、広い虚空の中で私は一縷の希望を見つけた。それは儚く、薄く煌くけれど、私を必ず見つけてこの狭く寂しい世界から救ってくれるんだ。もしこの言葉が届いているなら、この言葉が届く奇跡があるなら、私を...

 今日は来たる日の9月23日の朝。薄型の時計からけたたましい目覚ましの音から今日が始まる。まだ寝足りない体をゆっくりと起こし、鳴り響くベルの音に私が起きたことを伝え黙ってもらう。体に朝日を浴びせながら眼鏡をかけ、千鳥にも似た足取りで少しかすり傷のある冷蔵庫へ向かう。あくびをしながら中からパンとジャムを取り出し、パンは焦げ目がつかないくらいにオーブンで温めてから皿に乗せ、ジャムを塗る。ここ最近はイチゴジャムが私のブームだ。


「ん、美味しい。」


 私の独り言が8畳ほどの部屋に静かに響く。少し残った喉のパサつきを冷やしておいた麦茶で潤したのち、私の持っている精一杯のオシャレを身に付ける。姿鏡の前で私に似合う服を選ぶ。私は髪が腰ほどまで長く、黒いこともあり、清楚系や落ち着いた系の服が似合うと()()()()()に言われたことがある。だから、今日のチョイスはフリフリの装飾のある色が淡めのロングスカートになる。選んだスカートについているフリフリが歩くときに気になりそうだけれど、今の高ぶる気持ちの中だと些細なもの。髪のセットに時間がかかったけれど、出来栄えは満足。いつもは少し背伸びしないと見えないのぞき窓も、今日は簡単に覗ける。普段とはちょっと違う世界に戸惑う。

 デバイスのタスクマネージャーが通知を飛ばしてきたので確認すると、乗るつもりだった電車の時刻が目の前に迫っていた。その情報が目に入った途端、私の脳細胞は活性化し、できる準備を全て整えてから私は玄関から飛び出した。と同時に液タブとパソコンの電源を消していないことに気づいて急いで消しにいってから、再び家を出た。


 集合は午前11:00。今の電車なら30分前には余裕で間に合う。余裕な気分の私は、最近購入した小説を読みながら周りの様子を窺う。電車では宙に浮いたパネルでSNSを周回したり、メッセージアプリでやり取りをする学生や、日刊の電子新聞を購読するご老人がチラホラと居て、稀に腕時計を頻繁に確認するリーマンがいるようなこの時間なら普通の光景。いつもなら気にならないようなことも気になっちゃう、浮足立った気分がいまだに抜けきれない。


 そんな気持ちの中で周りの様子を気にしていると一つのホログラム広告が目に留まる。『Dear you for initial』という作品の宣伝広告のようだ。この作品は通称「ディアイ二」といわれている漫画で、主人公のアカリが荒廃した世界を旅するという少し古臭い内容の漫画だ。最近アニメ化や舞台も決まっているような人気作品で、始めは学生を中心に広がったのだが、繊細な作画や心理描写の丁寧さ、登場人物の魅力から老若男女問わずに幅広い人気を博している。実際、電車内でデバイスを触っている人らの4割程度は件の作品を見ていることがうかがえる。


 「ディアイ二」はSNSに趣味で投稿していたもので大々的に取り扱われた作品としても一部の界隈では有名だが、大衆のほとんどはそのことを知らない。それもこのインターネット社会の中だとよくあることだなとつくづく感じる。


 そんなことを考えている間に、次の駅のアナウンスが流れる頃になっていた。私はほとんど内容が読めていない本を鞄に仕舞い席を立つ。降りる駅は街の中心部に最も近い駅なので、駅が近くなると人が少しずつ出入り口に集まってくる。他の人と同じ様に入口で待っていると、


「次は弐ノ場駅、次は弐ノ場駅。」


と一定のトーンで駅名が繰り返される。さっきまで座ってスマホや新聞を見ていた人たちが、アナウンスを聞いたのちに続々と入口へ向かってくる。街の中心部に向かう電車なこともあり、入り口付近は混雑している。セットした髪が崩れないか不安になりながら、なるべく服装が崩れないように立ち位置を気にしながら到着を待つ。


 そんなことをしてるのも束の間で、電車がホームに止まり、栓が外れるように人が飛び出す。私もその流れに乗りながら、階段を上って改札を抜ける。数分前までの窮屈さから抜け出して見る空はとても広く感じた。私は強い開放感の中、今日の目的地へと足を向ける。


 私が向かっているのは最近見つけたこじんまりとした喫茶店。そこは日中も店の窓側 数 10 cm しか日が射さない、日向ぼっこをしながら本を読むのに向いてるお店だ。ダークチョコのような木材を使った外装にコーヒーの匂いが染みついた店内では、落ち着いて読書をしたり、原稿を進められる。お客も多いわけではなく、いわゆる「通」な人らが通うような場所となっている。


 今日、そのお気に入りの店に向かっている理由は読書や原稿作業の為ではない。では、いったい何のために?そんな一人問答をしていると、ちょうど例の喫茶店が目に入った。


 喫茶店の入り口に立つ。入り口には小さな花壇にパンジーが植えられている。その横には【本日のおすすめ】と書かれた、私の腰ほどの大きさの看板が置いてある。


「今日のおすすめは、クリームメロンソーダ...九条君が好きそうね。」


 そんなことを思いながらドアの取っ手に手を伸ばす。いつも通りの喫茶店の入り口が、今日は少し重く感じる。入ることが嫌なのではなく、ただただ緊張から来るものだと自身の心臓の音でわかる。現在時刻は10:35。凡そ予定通りの時刻であり、流石にこの時間に私を迎える人はいないだろうとの目算の元ここにいる。


 私は少し深めに息を吐いてモダンな暗い扉を開ける。来店を知らせるベルが鳴ると同時に

 

「おや、光葉さん。いらっしゃい。早い到着だね。」


と優しめの声色がカウンターから聞こえる。入口の目の前にカウンターがあるので、グラスを拭く店長が自然と目に入る。白と黒のメッシュがいい感じに入った頭に、顎下 2 cm ほど伸ばした髭、堀が深めの顔つきの初老の男性が店長だ。


「おはようございます、店長さん。今日予約しておいた席は空いてますか?」


 今日の為に集まることが決まってからすぐに席は予約していた。別に大人気店でずっと席が埋まっているわけじゃないが、せっかく友人と集まるのだから最高の席を確実に確保しておきたかったためだ。


「あぁ、さっき綺麗にし終わったところだよ。()()光葉さんのご友人が来店するんだ、今までで一番綺麗な席になっているよ。」


「私はそんなたいそうな者じゃ...でも、そこまでしてくださってありがとうございます。友人たちもきっとあまりの綺麗さに腰を抜かしてくれると思います。」


「その時は、是非そのまま席に座ってほしいものだね。」


 なんてお互いに軽いジョークを交わしながら、いい仕事をしたという顔の店長にお辞儀をし、今この店で一番綺麗な席に向かった。

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