7 車中
東和国の政治や祭事、そのほか法の定める機関が集結する東和城は、王宮府が管理する一般に開放された宮域の中央部、「公宮域」に位置していた。
公宮域は四方に一キロずつ広がるが、その東西には日の王族の住む日の宮域と月の王族の住む月の宮域が同じだけ広がっている。今日の両王に議会決定を覆すような力はないが、議会や儀式で最終決定を下すのは両王と定められているため、両王は公務で頻回に東和城へ出御していた。
宮城に横付けられた車に乗って月の宮域を出発し、一般道に出て、王族しか通行の許されない仙美門から公宮域に入って東和城へ向かう。春和は即位前なので北の照輝門から公宮域に入ることは許されない。しかし、初めて父の跡を継ぐ者として東和城へ入城した。
時刻は五時半をまわったばかり。早朝にもかかわらず、公宮域を囲む沿道と仙美門前には、多くの報道陣が詰めかけていた。バイクと定点警備の侍衛が先導する中、春和を乗せた車がゆっくりと進む。車窓にはカーテンが引かれ、中は窺い知れなかったが、一度に五台の車が入るということ自体が、車中の人物を物語っていた。
侍衛の運転する車の後部座席で、春和は目を閉じ、つい先日の父王と御子妃の言葉を思い出す。
----父さまも母さまも、どこにいようと、はるが元気に幸せでいてくれることが、今の一番の願いなんだ
----選ぶまでに考えること。選んだことに責任を持つこと。責任を棄てほかの人に迷惑をかけないこと。それができているのならいい。
(父さまや妃さまのお話だと、じじの言ってた大事な会議は、たぶん東和の王制を残すかどうかの会議よね……)
父はこの時、地震以降やらなくてはならないことについてほかの国と相談しているのだとも言っていた。
地震以降他国が長年結論を求めていることは、ふたつ。水上町に残された赤子の救出をどうするかと、コア・ストーンに頼り切った資源供給をどうやってやめるか。
水上町に取り残された赤子は、“水上の娘”と呼ばれている。
水上の娘は、地震直後に水上町で生まれた。地震でコア・ストーンが大破し猛毒が発生したために公には出生直後に死亡したとされているが、その赤子がどうなったのか春和はまだ聞かされていない。
ただ、首相が水上を無理やり陸から切り離したあとも秘密裏にこの議論が続けられていることが、答えかもしれないと春和は思う。
そして、この国がコア・ストーンから離れることはとても難しい。
代わりの資源があるかないかの問題ではない。コア・ストーンはこの国に欠かせないエネルギー源となっているが、もとは神の力。
(王が契を結んで、それによって人が神の力を使い続けること自体を、多くの国は認めない。まして次の王が子どもじゃ余計に。だからといって、王以外が契を結んで、今以上にこの国の秘密を知る者が増える危険もよしとはしない。だから王が契を結ぶことをやめ、コア・ストーン……統石や万石を放棄すると言わない限り、必ず王制をなくせと言ってくる。……でも、代わりの資源があったとしても、コア・ストーンを放棄することは絶対できない……)
統石や万石を放棄することは、何をおいても許されない。それは、神の力と身体を放棄すること。すなわち、神殺しと教わった。
(父さまは、この国に生きる人々が何も知らずに神殺しをしないよう、カミと契を結んでいらっしゃった。両王陛下や御子妃さまのご遺志を継ぐには、ほんとうは同じようにするのが一番。でも、私たちのような子どもでは、世界はきっと許してくれない。それ以前に、両王がこんな子どもでこの国の人たちは不安にならない? 王室は信じてもらえる?)
ブレーキを上げる音が聞こえた。まだ考えはまとまっていない。春和は、ゆっくりと目を開ける。
「お疲れ様でございます。宮殿下」
運転席の侍衛の声に、息が詰まる。
(そう呼ばれるのも、今日が最初で最後よね)
会議で即位が決まっても、別の議決がなされたとしても、月の宮の嗣子「宮殿下」と呼ばれるのは今だけだ。その響きにこれから背負うものの重さを突きつけられたのは事実だが、その重さに背を支えられたのも事実だった。
「ありがとうございます」
ドアが開かれ春和が車を降りると、雅雪はもうそばに控えていた。
「お疲れ様でございます。宮殿下」
「ありがとうございます」
なるべく父王の口調に倣って春和が返すと、雅雪はほんの少し笑みを浮かべ頷いた。
「竹富さん。お願いしますね」
煌々と照明のつけられた入り口で言い、春和は城へ踏み出した。
今日は久々に、十時起きでした。
ゆったりごはん。しあわせでした。
家族の皆さま、ありがとう。