23 成立している事実
春和が部屋に入るのを見届けてから、雅雪は瀬津を内侍の詰め所に入れた。衝立の奥には、宿直用の仮眠スペースがある。
「宿直さんはまだ戻られません」
雅雪は瀬津に椅子をすすめ、自分は机を挟んだ向かいにかけた。
「久しぶりに登校されてお疲れでしょうに、さらにお引止めして申し訳ありません」
雅雪は瀬津に頭を下げてから頬を緩めた。
「春和さまと和真さまが瀬津さんから学校の話を聞かれているお姿を拝見していますととてもうれしゅうございました。宮城ではどうしても、おふたりと近い年頃の方はおられませんでしたので。瀬津さんがほんとうによく頑張ってくださいますから、おふたりもすぐに瀬津さんが大好きになられた。これからも、お願いいたします」
「こちらこそお願いいたします」
雅雪は応えた瀬津に会釈して、上着から一枚のコピーを差し出す。三日前の週刊誌記事。
『玉葬の喪主がよ志妃殿下な本当の理由……!』
「両王陛下が玉葬で喪主をお務めにならないのは未成年のためとされていますが、それは建前で、日の御子陛下が嗣子暁の御子に立てられていなかったことが喪主をお務めになられない真相だとする記事です。続けて、『日の御子陛下が暁の御子に立てられなかったのは、先の御子陛下の血を引いていらっしゃらないからではないかと指摘する声もある』、『先の両王陛下ご夫妻が国民から絶大な支持を得ていただけに、異例づくしの新たな両王陛下が暗雲に射す光となれるかが国民から注目される』とも書かれています」
(やっぱりこれか)
瀬津は記事を見て、表情を変えず
「はい」
と応じた。
雅雪は
「ご存知でしたか」
と早々に記事をしまう。
「遺憾の限りですが、これはある意味想定内でした。先の御子陛下が嗣子は亡き一の御子和南さまであることに触れ、一歳を迎えられた和真さまを暁の御子とされなかった時点から、お二人の即位の時にそういう声があがるのはわかっていたこと。春和さまについても女性で嗣子に立てられた例は初めてですから、予期せぬ形での即位となった今、何かを言われるのは十分に想定内です」
「そんな中、今日新たな記事が出てしまった」
瀬津の言葉に、雅雪は頷く。
『玉葬の陰で……日の王家はすでに断絶、月の王家も次代は難航必至……!』
日の王家は即位した日の御子が先代の血を引いていないため、玉葬に王として参列させることができない。月の王家も分家に月の宮と同世代の男系男子がいないため、断絶は時間の問題という趣旨だった。
「最初の記事は対応のきっかけではあるものの、王宮府・政府共通の見解として、触れぬがよろしかろうということになりました。ただし今回の記事は静観が難しい。前の記事を前提に、両王家の正統性の疑義を主題にしていますから。黙っておれば、『否定しなかった』、『認めた』と言われかねない。かと言って、王宮府や政府から今回の記事について声明を出せば、どこをどう切り取られて新たな記事にされるかわからない。ですので、両王陛下に玉葬へ出ていただくことで、この記事への対応措置としようという方向に固まりつつあります。想定内とは言えここまでとなると…………。まったく自国の君主をそんな風に書いて、恥ずかしく思えないその感性が腹立たしい……!」
雅雪の最後の言葉には、内侍としての情も大きい。それを感じながら瀬津が
「わかりました」
と返事をすると、何か訊きたいことはないか、と雅雪が問うた。瀬津は
「そうですね……」
と指を折り、やがて雅雪をまっすぐに見る。
「東和国の現状についてたくさんお尋ねしたいことはありますが、今は三点お尋ねしたいです」
「どうぞ」
「一点目は、専用機墜落から今日までの政府と王宮府の会見内容について。政府と王宮府から公表されている情報は、どこまでが事実なのかということ。二点目は、玉葬への参列について御子陛下のご意思はどの程度反映されるのかということ。そして最後に、今後の私の在り方を考えるために、まだ城に来て十日足らずの私にここまで詳細な現状をお話しくださる理由をお教えいただけますか?」
瀬津が言葉を切ると、雅雪はゆっくりとひとつ呼吸した。
「今の私からお答えできることはわずかで申し訳ありませんが、お答えいたします。まず一点目に関して、両府から公表されていることは事実として成立していることのみです。虚偽はありません。二点目に関しては、御子陛下のご意思も宮陛下のご意思と同じ重みをお持ちです。ご年齢により比重が異なるということはありません。先ほど私が宮陛下にお尋ねしたのと同じように、日の宮城の職員が御子陛下のご意思を伺っております」
雅雪は、そこまで言うと口元を緩めた。
「……最後については、きちんとお伝えした方が、瀬津さんが春和さまと和真さまを確実にお支えくださると思うからです」
瀬津はわずかに口を開いたが、ゆっくり閉じた。
「春和さまがあなたのいらっしゃった初日におっしゃったように、どうか、春和さまと和真さまのそばで、同じものを見て差し上げてください」
「はい」
瀬津の返事を聞き雅雪は笑んだ。それから丁寧に会釈する。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
瀬津が立ち上がり部屋を出てから扉を閉めるまで、雅雪は穏やかな表情で瀬津を見送った。
瀬津が扉を閉め足音が遠ざかると、雅雪は瀬津の閉めた扉に呟く。
「おやすみなさいませ、御子殿下」
自室に戻った瀬津は、先の両王のアレンランド訪問が公表されて以降の報道を見返そうと資料をめくった。瀬津の質問への雅雪の回答は、どれも核心をさらに深部へ押し沈めている。
(御子陛下は宮陛下が一番だから、誰がなんて言っても宮陛下が言うとおりにするっておっしゃるだろうな)
日の御子の顔を思い浮かべ、瀬津は思う。
(つまり玉葬についての日の御子陛下のご意見は、”はるが出るならぼくも出る”)
アレンランドに向かう両王と御子妃がそれぞれの宮城を出た三時間後、オルゴーからの荷箱が政府に届いた。その半日後に両王と御子妃の搭乗機が墜落。墜落は深夜に速報で伝えられ、五日後、両王の崩御と御子妃の薨去、新王即位が公表された。このタイミングで葬儀の詳細も告げられている。しかし、五日間の捜索で発見された墜落機から、搭乗者が見つかったという報道は一つもない。
天井を見て、先ほどの雅雪の言葉を口に出す。
「事実として成立していることのみ…………虚偽はない…………」
発した自分の声を聞き、目を見開く。一つの映像を思い出した。
パソコンを開き、過去の動画を検索する。まずは二年前、先の日の御子と御子妃が南の海の諸国を歴訪する際の見送りの動画。先の月の宮や首侍が、搭乗機のそばで日の御子夫妻と言葉を交わしている。三年前、月の宮が北国フォルスを訪問した際の見送りも、搭乗機のそばで日の御子と首侍が行っていた。
今回の見送り動画を検索しなおす。出てきたのは、両宮城の玄関で王と妃がそれぞれの子どもに見送られる映像ばかり。空港らしき映像は一つもない。
(今回のアレンランド行きのお見送りは両宮城の玄関だけ。つまり、両王陛下と妃殿下が空を飛んだ証拠はどこにもない)
椅子に背をもたせ身体を反らす。再び天井を見て雅雪の顔を浮かべ、それから首相を思い浮かべた。
「何がしたいの?」
天井にひとつ息を吐き、瀬津はそのまま瞼を閉じた。
お雑煮は飽きない。




