表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『暁宵照輝録』  作者:
二 貞香元年
24/28

22  役割



 楽しげな声がする。甲高い和真(かずま)の声は、遠くからでもよく通る。学校について、瀬津(せつ)を質問攻めにしているようだ。瀬津がひとつひとつ丁寧に答えてやり、春和(はるか)の声がたまに挟まる。雅雪(まさゆき)は、ダイニングのテーブルのそばで彼らを待ちながら、頬を緩めた。

(このように過ごしていただく日々が来るとは、うれしゅうございますね)

それから、天井を見上げて目を閉じる。

(そろそろ進めなければなりますまい)

目を開き、春和たちの入ってくる方に身体を向けた。



「瀬津、座って」

 和真が自分の隣の椅子を引いて、座面をとんとんとたたいた。

「では、失礼いたします」

瀬津は穏やかに笑んで会釈をし、春和が席に着いたのを確認してから和真が引いた椅子に腰掛けた。


 宮城に上がった初日の瀬津は、”自分は食事を共にしてよい立場ではない”と固辞したが、和真の”食事は毎食一緒に食べたい”に結局負けた。親を喪い即位せざるを得なかった春和や和真を思って、侍女たちも口をそろえて”どうかご一緒して差し上げてください”と言ったので、食事まで三人で共にするという形が定着し、今日に至る。自身の意図とは異なると言えど、この光景には雅雪も安堵していた。


「いただきます」

 全員が手を合わせたのを見て春和が言うと、和真と瀬津が続く。そうやって毎日夕食がはじまるのだ。


 食事の時間は三人きりで過ごし、たくさん話す。食事開始から五十分を過ぎたころ、雅雪が戻ってくる。雅雪から翌日の予定を聞き終えると、和真は侍衛(じえい)に送られて自身の宮城へ帰るのだ。翌日また、朝食のあとこちらの宮城にやって来る。


 この日も雅雪が翌日の予定を言い終えると、和真は帰った。仕事をしている侍女ひとりひとりのところへ行って挨拶をし、玄関で靴を履いてから、春和と瀬津、雅雪に挨拶をするのが習慣になった。



「春和さま、このあとお時間をいただいてもよろしいでしょうか? 瀬津さんもお願いします」 

見送りを終えた春和は、振り返って首を傾げる。

「どうしたの?」

「今後のことでお話がございます」

春和の表情が静かに引き締まる。

「執務室にお願いいたします」



 エレベーターの扉が開く。しばらく使われていない廊下は、照明が最低限まで落とされていた。侍衛の一人すらいない。廊下の先には王と(つかさ)のための部屋がいくつか続き、執務室の扉は最奥の王の居室の手前。中で居室ともつながっている。


 視界に映った廊下の色と先にそびえる大きな扉に、春和は竦んだ。

毎朝この廊下を駆け父に会いに行った。

----あの日だって、たしかに、ひとりでここを越えたというのに。



「陛下」

 声のした方を春和が見ると、瀬津が屈んで自分を見上げていた。

「……瀬津さん」


何を口にしたらよいか。

何を聞いてほしいのか。


春和には、じっと瀬津を見つめるしかできなかった。


 瀬津は何も口にせず、掌を春和の前に差し伸べる。その瞬間、忘れていたものを掴んだかのように春和の顔つきが変わった。

「ありがと、瀬津さん」

低くそう口にして、春和はひとり足を踏み出す。



 雅雪が先導し、瀬津が春和の後ろに続く。


 瀬津が宮城に上がった次の日、城内を案内する竹富内侍から聞いた話では、月の宮が最後にここを通ったのは、王宮府専用機墜落の報道があった明け方という。月の宮は出会った日からたくさんの話を聞かせてくれたが、両王がアレンランドへ向かってから瀬津に会うまで間の話はまったくしない。彼女の心をおもえば、当然だ。


この先で父宮とどれほどの時間を過ごしたか。

今、目の前を進む彼女は、何を思っているのだろうか。


(宮陛下はまちがいなく、世間が思っているよりずっとつよい)

可憐見えて、ひとりでちゃんと進んでゆける。


この王に、自分を照らす光であれと願われた。

王のため、どこで、どんなふうに在るべきか。


 前を歩く王の背を見て、瀬津は思った。



 執務室に入ると、雅雪は春和に椅子をすすめた。王の執務机の椅子だ。瀬津は椅子の後ろにまわり、王を見つめる。

 春和は椅子のそばまで行って長い間椅子を見つめていたが、手を伸ばし、肘掛けにふれ、背もたれを無言で見つめた。やがて一度目を閉じて、開いてから静かに座る。背筋をのばし、そばに控える雅雪を見た。


 雅雪は会釈し口を開く。

「本日お聞きいただきたいことはふたつございます。ひとつは、榮礼えいれいの両王陛下と御子妃(みこきさき)殿下のご葬儀についてです」

春和の表情が暗くなる。目が先を促していた。


十日祭(とおかさい)まではご存知の通り、よ()妃殿下が喪主を務められ、祭部(まつりべ)により厳粛に執り行われました。今後も十日ごとの御祭(みまつり)は、よ志妃殿下と祭部によって行われます。両王は、王以外の王族の薨去の場合、一連の葬儀に参列されないのが慣例ですので、御子妃殿下のみでしたらこの形を継続してもよろしいのですが、おそれながら榮礼の両王陛下の御霊も同じくお還りになっておりますので、両王陛下も玉葬(ぎょくそう)にだけはご参列いただくべきとの意見が関係者内から出ております」


春和はしばらく黙っていたが、雅雪を見上げ静かに尋ねた。


「どうして今になって、御子陛下(みこへいか)と私を玉葬へ、という話になるの?」


「それは…………。まったく仰せの通りです」

雅雪は痛切な面持ちで応える。


 玉葬は王の本葬にあたる。いくつもの儀式を経て崩御から数えて四十九日間の(もがり)があり、五十日目に陵にて棺を土の下に納めるのが一般に知られる玉葬だ。妃などほかの王族の葬儀は黄葬(こうそう)という。王以外の王族の葬儀にも十日ごとの御祭はあるが、王のような殯はなく、黄葬が行われるのは薨去の五日後である。

 親族の葬儀であっても、王族の葬儀に未成年の王族は参列できない。彼らには、別で別れの機会が設けられる。また、王も玉葬以外の葬儀には参列しないのが慣例で、葬儀とは別の機会に死者に別れを告げるのだが、玉葬では喪主を務める。


 当代の両王は、未成年どころか五歳と十歳。

 二王の玉葬と妃の黄葬が同じタイミング。


 幼子を遺した先の両王の非業の死は世界中に衝撃を与えた。しかし悲しみに暮れているばかりではいられない周辺状況が、今この瞬間も揺れている。公務すら務めたことのない幼い王が、この状況で両王の葬儀に喪主として参列する----それはあまりに酷な話だ。ゆえに王宮府と政府の協議で、未成年の王族は一連の葬儀に参列しないという慣例に則り、両王は今回のすべての葬儀に参列しないと決められた。


(葬儀がはじまって十日を過ぎた今、両王陛下が呼ばれた理由は、やっぱり統石(はじめいし)かな……)


瀬津は、月の宮の椅子の背を見ながら考えていた。


 玉葬が玉葬たる所以は、統石にある。玉すなわち統石。統石を一度土に埋めることで、先王が神から借りた力を神に返す----それが玉葬の真意である。


 統石に触れることができるのは、統石に宿るカミに選ばれた者のみ。王か、司か、司部(つかさべ)か。それゆえ、二代前の王の司であったよ志妃が喪主を務めている。けれども、契を結んだ新王がいるなら、先王の借りた力を神に返す役目は本来、新王にある。


(でも、喪主が両王であるべきなのは最初からわかっていた。統石の存在は一般には秘されているし、石を土へ埋める(還す)儀式は、どちらにせよ非公開だ。今回よ志妃殿下が喪主なのは、両王陛下を守るため。ならば、今更こんな話が出てきた理由は……)


瀬津の頭に、一つの記事がよぎる。

『玉葬の喪主がよ志妃殿下な本当の理由(わけ)……!』


しかし、この記事のことを月の宮の前で口にはできない。瀬津は、月の宮の次の言葉をじっと待った。



「わかりました。出ます」

 雅雪が最後に春和に応えてから長く春和は黙っていたが、それだけを声で発した。

「私たちは子どもだけれど、子どもでも、その時々で与えられた役割はちゃんとあるから」

「承知いたしました」

雅雪が返事をすると、春和は頷いた。



「それで、ふたつめは?」

 春和は切り替えるように問う。

「はい。こちらもまた歴代両王陛下が臨まれていました、金曜日定例首相との夕食会についてです」

「あぁ……」

春和は左手で右手をさすった。

「玉葬が終わり、年が明けましたら、はじめさせていただきたい、と首相から申し入れがありました」

雅雪の言葉を聞き、春和はまた長く黙ったが、先ほどよりは早く発した。

「わかりました」

雅雪は丁寧に会釈する。

「首相にお伝えいたします」



 雅雪は瀬津とともに春和を居室まで送る。二人に見送りの礼を言い、居室のドアを開けかけて、春和は振り返った。


「瀬津さん、明日の朝八時、お時間をいただいてもいい?」


明日は土曜日。学校はない。

「はい」


応えた瀬津に春和は頷き、雅雪を見る。

「じじ、朝食の八時半には下に行くから。瀬津さんと行くから、起こしに来なくて大丈夫。みなさんにそう伝えておいて」


雅雪が了承すると、春和はまた瀬津に言う。

「明日八時に、ここにお願い」


「はい、陛下」


瀬津が応えると、春和はほっとしたように笑み、

「ありがとう。おやすみなさい」

と二人に言って部屋に入った。



 春和が部屋の奥へ行った気配を確認し、雅雪は瀬津に小声で話す。

「瀬津さん、下で、もう少しお時間をいただけますか?」


瀬津も聞きたいことはある。

「はい」


二人は静かに階段を下りた。

お餅がおいしい季節ですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ