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『暁宵照輝録』  作者:
二 貞香元年
22/28

20  蔭の道

 貞香(ていこう)元(万久紀(ばんきゅうき)三九九一)年十月三日。(ひかり)瀬津(せつ)として月の宮城へ上がって初めて、学校へ行った。登校日で数えると、十日ぶりである。


 懐中電灯を先へ向けた。

 この先は、許された者しか知らない”(かげ)(みち)”。有事の際、首相公邸と二つの宮城を行き来するための隠し通路だ。公に知られるどの道よりも早く行き来ができる。景はこれから、朝夕ここを通って月の宮城と実家である首相公邸を往復し、学校へ通う。首相公邸で長く暮らしていたので通路の入り口は知っていたし、時機が来れば使うこともあるかもしれないとは思っていたが、日常的にこの道を使うことになろうとは、想像だにしなかった。昨日の確認の往復から数えて四度目。慣れてはきたが、照らした先の険しさに景は思わず苦笑する。


 続く道は、洞窟のようにすべてを岩に覆われている。地面、壁、天井も。見た目も触れた感触もごつごつしていた。触れたところはとても冷たい。しかしその感触は、自分が触れているというよりも、岩肌に自分が触れられているようであり、奇妙だった。


(整備の者を入れないのは、この道の存在を秘すためか、神の身体を守るためか……)

景はふと、契を結ぶためにと斎場で会った青年----統石(はじめいし)に宿るカミをおもった。


(あの人がカミというのなら、神も目で見て話せるだろうか……)


 そうして首相()をおもう。王の次に統石に近いと言っても過言ではない司部(つかさべ)の家に生まれながら、政治の道に足を踏み入れ首相になり、選ばれるはずのない息子を統石が選んだと言って、景を月の宮の(つかさ)とした父。


(父さんは、何を考えているのだろう……?)

景は首を振る。


「いってきます」

 振り返って母を見上げた。


「いってらっしゃい」

母は、優しい目で景に言った。

 数歩進むと、もう母は見えなくなった。


 母が見えなくなったところで、景は足を止める。


 来なくてよいと景は言ったが、母は景が”蔭の道”に下りて見えなくなるまで見送ると言った。今朝も登校前に宮城から公邸に戻った際、景が床板から顔を出すと、母は正座で待っていた。

(今のスタイルが心配なんだろうな)


宮城から公邸に来て登校し、下校して公邸で母と過ごしてから宮城へ戻って司を務める。司の務めと母との時間を両立するためにとった、ハードな選択。周囲が案じるのはわかる。しかし、最初から何かをあきらめるという選択は頭になかった。


 先の両王崩御から目まぐるしい日々が続き、久々の登校でSPがついた初日だったが、学校生活は普段通りだった。慣れている分、十五年生きた”津山景(つやまひかり)”は楽である。

 起こってくることを淡々とこなし、穏やかに人に接して、必要以上に話さない。幼い時から拙いながらそう心掛け、九年と半年。続けていれば自然にそう振る舞えるようになった。万一公表より前に自分が月の宮の司だと外に漏れても、”津山景”としてならやりすごせる。


(何年かしたら、きっと”瀬津”も板につく)


「よし」

声を上げ、前を見据える。発した声で切り替える。


”景”から”瀬津”へ。


瀬津は再び壁の岩肌を掌で感じ、月の宮城に向かって踏み出した。


無性にたこ焼きが食べたいです。

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