20 蔭の道
貞香元(万久紀三九九一)年十月三日。景は瀬津として月の宮城へ上がって初めて、学校へ行った。登校日で数えると、十日ぶりである。
懐中電灯を先へ向けた。
この先は、許された者しか知らない”蔭の道”。有事の際、首相公邸と二つの宮城を行き来するための隠し通路だ。公に知られるどの道よりも早く行き来ができる。景はこれから、朝夕ここを通って月の宮城と実家である首相公邸を往復し、学校へ通う。首相公邸で長く暮らしていたので通路の入り口は知っていたし、時機が来れば使うこともあるかもしれないとは思っていたが、日常的にこの道を使うことになろうとは、想像だにしなかった。昨日の確認の往復から数えて四度目。慣れてはきたが、照らした先の険しさに景は思わず苦笑する。
続く道は、洞窟のようにすべてを岩に覆われている。地面、壁、天井も。見た目も触れた感触もごつごつしていた。触れたところはとても冷たい。しかしその感触は、自分が触れているというよりも、岩肌に自分が触れられているようであり、奇妙だった。
(整備の者を入れないのは、この道の存在を秘すためか、神の身体を守るためか……)
景はふと、契を結ぶためにと斎場で会った青年----統石に宿るカミをおもった。
(あの人がカミというのなら、神も目で見て話せるだろうか……)
そうして首相をおもう。王の次に統石に近いと言っても過言ではない司部の家に生まれながら、政治の道に足を踏み入れ首相になり、選ばれるはずのない息子を統石が選んだと言って、景を月の宮の司とした父。
(父さんは、何を考えているのだろう……?)
景は首を振る。
「いってきます」
振り返って母を見上げた。
「いってらっしゃい」
母は、優しい目で景に言った。
数歩進むと、もう母は見えなくなった。
母が見えなくなったところで、景は足を止める。
来なくてよいと景は言ったが、母は景が”蔭の道”に下りて見えなくなるまで見送ると言った。今朝も登校前に宮城から公邸に戻った際、景が床板から顔を出すと、母は正座で待っていた。
(今のスタイルが心配なんだろうな)
宮城から公邸に来て登校し、下校して公邸で母と過ごしてから宮城へ戻って司を務める。司の務めと母との時間を両立するためにとった、ハードな選択。周囲が案じるのはわかる。しかし、最初から何かをあきらめるという選択は頭になかった。
先の両王崩御から目まぐるしい日々が続き、久々の登校でSPがついた初日だったが、学校生活は普段通りだった。慣れている分、十五年生きた”津山景”は楽である。
起こってくることを淡々とこなし、穏やかに人に接して、必要以上に話さない。幼い時から拙いながらそう心掛け、九年と半年。続けていれば自然にそう振る舞えるようになった。万一公表より前に自分が月の宮の司だと外に漏れても、”津山景”としてならやりすごせる。
(何年かしたら、きっと”瀬津”も板につく)
「よし」
声を上げ、前を見据える。発した声で切り替える。
”景”から”瀬津”へ。
瀬津は再び壁の岩肌を掌で感じ、月の宮城に向かって踏み出した。
無性にたこ焼きが食べたいです。




