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『暁宵照輝録』  作者:
二 貞香元年
21/28

19 津山景

(あぁ、王子様のご登校か。九日ぶりだな)

 登校日にして九日ぶり。その人の登校はすぐわかる。周りが騒ぐからだ。保乃(ほの)はまもなく隣に座るであろう人物を思い、

「ご苦労さまです」

とつぶやいた。


 その人は、津山景(つやまひかり)。首相の息子である。


”名門校裏口入学からまもなく半年……休みがちの王子様”

桔梗(ききょう)夫人、姉妃さまとは正反対! 貫く沈黙、その真意とは?”


津山は、両親と同様に世間からいろいろなことを言われている。今日もネットにはこんな見出しの記事が出ていた。それは、その人が首相津山一郎(つやまいちろう)を父とし、先の御子妃(みこきさき)の妹----旧王族瀬織(せおり)家の次女を母として生まれたという材料による。しかしその材料すら週刊誌やSNSが元なので、保乃には事実かわからない。けれど周りを取り巻く顔ぶれからして、それは事実とみるべきだ。


 では、メディアのいう“王子様”だが、実際のところ首相とは似ても似つかぬ超美形。春の全国統一学力調査総合順位は、全国一位。学校の副教科の実技もほとんど満点。それらを鼻にかけることはなく、淡々と日々を送る。かと言って不愛想なわけではなく、近づいてきた人間には穏やかである。


 教師はともかく、近づく生徒は家族絡みで野心を持っていることが多い。そのほかと言えば、冷ややかな視線を向ける生徒もいるにはいるが、遠巻きで見ている女子たちにはすさまじい人気である。入学から二週間でファンクラブなるものが結成された。


 誰に対しても柔らかく接しているが、誰にもつけ入る隙は与えない。保乃の知る“隣の席のクラスメイト”は、その辺りにいる同年代とは比べものにならない大人で、リアルな貴公子だ。


 一方メディアのいう“名門校”は、偏差値がぎりぎり六十を超えるくらいの首都の高校。勉強は、できないというわけではないが、難関大学にたくさん合格するような進学校というわけでもない。部活動で強い選手ばかりを集めて、部活の成績で名門私立大学に多数の合格者を出している。確かにこの国の人間なら皆が知っている有名私学だが、ほんとうに優秀だったらこの学校には入学しない。ーーーーそれが保乃の理解する“自分たちの在学校”だ。


(どれだけの人があの人と会って話したのだろう? あんなにできる人が、どうしてこの学校にいるんだろう?)


いろいろな記事の見出しを目にするたびに、保乃は思う。



「おはよー」

 友人の加菜(かな)の声がして保乃は振り向く。加菜は、ひらひら手を振っていた。

「おはよ」

「なんかねー、景さまにSPっぽい人がついてさ、花見団子もファンクラブも近寄れないんよ」


加菜は、ファンクラブに入っていない。津山を愛でるためにわざわざ親しくもない生徒とお昼を食べたり、津山を見たいがために廊下に並んで彼の閑かな時間を邪魔したりする彼女たちと同じようにはなりたくないらしい。そんな加菜は、勝手に本物のファンを自称している。ちなみに保乃は、津山の置かれた状況にいろいろ思うところはあるが、津山のファンというわけではなかった。


 ファンクラブというものに害はないが、同時に本人は彼女たちに特に何も感じておらず、彼女たちは花見団子と同じように穏やかにーーーー当たり障りなく対応される。花見団子とは、本当の名門校に通うほどの頭がなく、首相の息子に媚びて自分たちの居場所をなんとかしようとする政財界の有名人の子どもたち。ちなみにその呼び方は、密かに学校内に浸透している。ファンクラブが花見団子と同じ扱いなのは少々気の毒ではあるが、今の立場で隙を見せず生きようとする津山には、そうするよりほかにない。


「今この国やばいじゃん。首相はほかの国相手によくわからないことしまくってて、王家もぐちゃぐちゃ。それも首相のせいとか言われて反感買いまくってるから、暗殺されても不思議じゃない。だから、あの人の安全も確保したいんじゃない? ーーーーよかったじゃん。あのバカ首相が息子のこと心配できるおじさんで」


保乃が言うと、加菜は小さく拍手する。

「さすが、侍衛(じえい)の娘さん」

「なにそれ」

保乃が鞄から出したノートや筆箱を机の中にしまいながら言うと、加菜は続けた。

「お父さん、たいへんだよね」

保乃は教室の扉を一度見て、津山の来る気配がまだないことを確認する。

「三日くらい職場に泊まり込んでたけど、最近は帰ってきてる。けど、まだまだバタバタだな」


 王宮の一侍衛にすぎない父ですらこの状況で、家の中まで慌ただしい。首相の家はさぞ大変なことだろう。


「そっか……」

加菜は下を向きそう呟いてから、保乃の両手を握って振った。

「ほのー!!」

「なんだなんだ」

加菜のしたいようにさせながら、保乃は、心の中でほっとひとつ息をした。



「おはよう」

 秋の涼しさそのもののような声。“王子様”のご到着である。

「おはよ」

保乃が応えると、津山は貼り付いていた笑みをほんの少しやわらげた。

「おはよう、津山くん」

加菜はいつも通りを心がけたが、声は普段よりほんの少しぎこちない。しかし津山はそれを気に留める様子もなく、保乃に向けたような挨拶を加菜に返したので、加菜の表情はぱっと華やいだ。




 SPがついたというから、どれほど窮屈な学校生活を強いられるのかと思ったが、保乃が思ったほどの制約は言われなかった。SPは教室の外に立っているだけ。父のいる王宮内の混乱ようを考えれば、かなり自由だ。

 津山はというと、以前と変わらず学校生活をそつなくこなす。周囲にざわつきはあるものの、SPがいる以外は普段通りな一日が終わった。


 放課後になると、また朝のようなざわめきが起こる。“王子様”のお帰りだ。朝は多少戸惑ったようだが、花見団子はSPなどものともしないようである。SPも津山の学校生活を妨げるためのものではないので、特に彼らを遮るようなことはない。いつも通りの賑やかなお見送りだった。


 その波がひと段落して、加菜は部活動へ行った。保乃もゆっくり帰路につく。一日の出来事を、頭の中で映画のように振り返りながら。


 いつもと少しちがった朝だったが、津山はいつも通りの表情だった。きっとこちらが、これからいつも通りになってゆく。

(あの人が変わらないなら、それでいい)

保乃は心の中でつぶやいて、空を見上げた。


したいことができるのはしあわせ。

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