18 子どもたち
貞香元(万久紀三九九一)年九月二十六日、十一時。雅雪は月の秋御殿にいた。秋御殿とは、日と月の宮域にそれぞれある、退位した王や妃の住まう居城である。雅雪は、大宮妃であるよ志に春和と瀬津の報告をするため訪れていた。
「昨晩、瀬津さんはつつがなく斎場を退出されました」
「そう。……名は?」
「残っており、膳も手がつけられていなかった、と」
よ志は頷き外を見た。
司名を書いた紙が場に残り、膳に手がつけられていなかったということは、契が結ばれなかったことを意味する。
「契を結ばなかったのだとしても、カミがお選びになった時点で司は司」
「はい」
ゆっくりと向き直った妃の言外の言葉を思いながら、雅雪は報告を続ける。
「初めてお会いした日にいろいろとお話ししまして、瀬津さんの今後の生活スタイルについて関係各所とも調整をいたしました」
「どのように?」
「まず、学校は卒業まで今まで通り通っていただきます。警護は王宮府からつけると不自然ですので、本人が司就任の公表を待つよう希望された二十歳まで、ご実家である津山家の者を四名ほど依頼しました。なるべくお母さまとの時間も、とのことでしたので、毎朝ご実家から登校し、ご実家にご帰宅いただきます。ご帰宅された一時間後に宮城へ入っていただき、翌朝ご実家へお戻りになってご登校いただきます」
よ志はすべて聞き終えてから目を丸くした。
「実家……今は公邸ね。首相公邸は宮域内だから”蔭の道”を使えば往復はできるとは思うけれど、そんなに忙しくお動きになって大丈夫かしら?」
”蔭の道”とは、有事の際の極秘の通路である。首相公邸から、日と月の宮城それぞれに最短距離で行けるよう、王と許された者しか知らぬ通路があるのだ。
雅雪も、共感を示し頷く。
「私も、あまりにご多忙ではと申し上げたのですが、ひとまずは、と……」
よ志はそんな雅雪を真っ向から見た。
「取り返しのつかぬようなことにはならないのね?」
「それはもちろんです。どうあっても阻止いたします」
雅雪の返事に、よ志は瞳で念を押す。雅雪は、恭しく礼をとった。
「あの方もまた、特別な御身。必ずお守りいたします」
よ志は頷き、また外を見た。
「国際会議で両王陛下の即位は難しいと決が出たのに、一日でそれが覆った。そこには、宮陛下を秘密裏に訪ねた人物の存在がおそらく大きい。その人物と宮陛下の会談によって、両王陛下の道は即位に転じた。…………すべて、あの子たちの言ったとおりね」
よ志は指先で硝子に触れる。
「春和が生まれ、桜が逝き、和南がいなくなったあの日。私たちは、あの子たちの言うことをにわかには信じられなかった。けれど、あの子たちの言っていたように和真が生まれた。あの子たちの言っていたように、和真にはカミに似たところがあった。あの子たちの言っていたように、次の年に水上で地震が起こり、ついに七日前あの子たちは統石を神に還した。……あの子たちがほんとうにルーベルトへ飛んでいたら、その機体は墜落していた。飛ばずとも、統石は限界だった。……あの子たちは自分たちの天命を知っていたから、今までの道を選んできた。これからを生きるすべてのものが、皆で皆を守るために」
雅雪は、目を伏せる。
「この一週間、遺された春和たちが気がかりで、わたくしは壊れてしまいそうだった。どこかの閣下には、うちの孫に何をおっしゃったの? と問い詰めてやりたい。けれど、春和は置かれた場所でわたくしが思った以上に凛としているから、わたくしはうれしく思っている」
よ志は、外を見たまま笑んだ。それから雅雪を見て、わからないほど少しだけ声を尖らせる。
「それでも春和は女の子だから、大人になるまでわたくしがそばでいろいろと教えようと思っていたのに。残念ね。あっという間にかわいい孫をとられてしまった」
雅雪は穏やかな笑みを妃に返す。
「宮陛下が幼くていらっしゃっても、司は司と?」
よ志は先ほどよりも突き放す。
「だから、最初にそう言いました」
司が妃になるというのは珍しくない。つまり、瀬津の出自がどうであろうと、この立場になった時点で、瀬津は春和の婿候補の一人に位置づけられる。----よ志は、それを許しているのだ。もっとも、よ志が許した理由は見方によるが。
「承知しました」
よ志は、雅雪に憂慮の眼差しを向ける。
「一郎は、何か?」
先の両王崩御にかかわる一連筋書きは、両王の勅命に沿っている。しかし、一郎は首相という立場を使って尾ひれははひれをどんどん付けた。新しい両王でなく、首相や政府に人々の目が向くように。
雅雪がゆっくりと首を振ると、よ志は言った。
「あの子たちが言った『皆』には、もちろん一郎……司部も入っている。一郎が何を考えているかはわからないけれど、一郎も守れなければ、『皆』で『皆』を守ったとはとても言えない」
「さようです」
応えた雅雪の頭で椿の声が響く。
(私たちは、桜の分まで春和を慈しむ。春和も和真も、もちろん和南も、『呑まれる』ことのないように、逞しい子に育てるんだ。そして『時』が来ても、『皆』が新しい世で生きねばならない)
無論、椿の頭にも一郎のことはあっただろう。
「私は、私のすべきことをいたします」
雅雪がそう頭を下げると、よ志も雅雪に頭を下げた。
いつもお読みくださりありがとうございます。次回から、新章です。




