13 内侍の見解
月の宮は握っていた瀬津の手を引っ張って椅子に座るように促す。瀬津が座ると、
「以上、ご公務」
と、ほっと笑った。
瀬津がきょとんとしていると、月の宮----春和は
「じじ」
と、外に控える内侍を呼ぶ。
「失礼いたします」
内侍----雅雪が来ると、春和の笑みから年相応の子どもらしさがにじみ出た。
「聞こえていた?」
春和の問いに、雅雪は笑む。そのあと、雅雪は瀬津にも春和に向けたような笑みを向けた。
「瀬津さん、お会いできてうれしゅうございます。月の宮城で内侍を務めさせていただいております、竹富雅雪と申します。宮陛下……春和さまを、どうかよろしくお願い申し上げます」
「瀬津と申します。よろしくお願いいたします」
瀬津が返すと、雅雪は目を細めた。それから春和と瀬津、二人を見ながら口を開く。
「春和さま、和真さまが東棟でお待ちです。行って差し上げてくださいませ。瀬津さんは、これからのことをご相談したいと思いますので、もう少しこちらで私とお話ししてから、東棟へ向かいましょう」
春和は雅雪に礼を言い、瀬津は、
「はい」
と返事をした。
春和は奥への廊下へ足を向けたが、振り返って瀬津を見る。
「司になっても、できる限りぜんぶ、瀬津さんの思うようにしてください。それから、カミとの契は、無理をして結ばないでほしい」
「宮陛下、それは……?」
春和の言った意味がわからず瀬津は尋ねたが、春和は首を傾げて笑み、奥の廊下から出て行った。
春和が見えなくなったあと、雅雪は手で先ほどの椅子を瀬津にすすめる。瀬津がかけると、自身は一度部屋を出て別の椅子を持ってやって来た。春和のかけていた椅子のわきにその椅子を置き、腰かける。それからやっと、
「お待たせしました」
と話し始めた。
雅雪は、瀬津に司という立場や王宮内の仕組み、春和と和真の人となりなどを話した。
春和は、他人の気持ちを考えられる。幼いながら王女としての自覚が早くからあり勤勉。それゆえに、自分の気持ちを通すことはほとんどなく、先の両王と御子妃、王宮の職員たちはそれだけを案じている。
一方和真は、わかりやすく言えば天真爛漫。思ったことははっきり口にでき、心に正直に行動できる。
「春和さまは、即位に至るまでのこの数日、別人かとお見受けするほどおつよく在られました。しかしおそらくそれは、お父上の思いや和真さまをお守りしたい一心でのこと。なにせ、まだ十歳でしかあらせられない」
雅雪は祈るように天井を見つめ、瀬津に視線を戻す。
「和真さまは、とにかくご活発です。こちらにいらっしゃる時間が長いので、瀬津さんもすぐおわかりになると思います。お元気なだけなので心配はいらないと侍医は申しておりますが、辺りの子どもと比べものにならぬほどご活発ですので、遊び相手の務まる若い方が来てくださりうれしい限りです」
雅雪に微笑まれ、瀬津は苦笑してから穏やかに応じた。
「御子陛下に少しでもお楽しみいただけるようにがんばります」
瀬津の言葉に、雅雪は安堵の表情を浮かべ礼を述べた。
次に話したことは、今後の瀬津の生活スタイル。
公にも司は王の特別な側近として知られるため、就任が公表されるのが慣例である。しかし、できる限り本人の意思に沿うようにという春和の意向があった。
「いきなりこう言われるのも困ると思いますが、瀬津さんは、今までの生活から変えたくないこと、変えてもいいこと、どのようにお考えですか?……そうですね、たとえば学校、ご家族との時間などです」
瀬津は雅雪の言葉を最後まで聞き、柔らかい表情で口を開く。
「申し訳ありません、たくさん言ってもいいですか?」
「どうぞ」
雅雪に礼を言い、瀬津は続けた。
「できれば、今の学校は卒業まで通いたいです。それから、難しいかもしれませんが週に一度は母に会いたいです。そしてもう一つ。私が宮陛下の司になったと公表するのは、私が二十歳になって以降にしていただけるとうれしいです」
彼の置かれた状況において、これは決して身勝手ではない。必要なことだ。
公共とされる情報網で彼を知るのは難しい。しかし民間企業や個人の発信する情報には、彼に関することが大量にある。無論、事実でないことも多い。けれど、顔も知らない他人が作る「津山景」につぶされず、彼は「津山景」を生きてきた。今、彼が学校をやめ月の宮の司になると公表されることは、間違いなく「津山景」も「瀬津」も苦しめる。そして、月の宮である春和をも。
瀬津が二十歳を迎えるころ、春和は十五になっている。十五とは、朝議会出席の許される歳。今後正式に議論せねばならないが、おそらく春和の公務が王として増える年だ。予定では瀬津の学校卒業から二年後であり、司の発表時期としては妥当と言える。
また、御子妃である姉を失くし、首相の妻という立場を思うと、彼が母を案ずるのは当然である。
置かれた状況を受け入れながらも受け身ではなく、自分の居場所を自分の手で作ろうとする。
目の前の十五の少年を見て、雅雪はうれしそうに頷いた。
「わかりました。すべて叶えるのは難しいかもしれませんが、道を探りましょう」
瀬津が礼を述べると、雅雪は背筋を正す。
「では最後に……先ほど春和さまが仰せになったお話です。これが終わりましたら、東棟へ向かいましょう」
「はい」
返事をした瀬津に一礼し、雅雪は司がカミと結ぶの契の話をしはじめた。
久々に夜道を歩きました。笑




