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『暁宵照輝録』  作者:
一 即位
11/28

9 問い

 ゆっくりと扉が開かれる音を聞きながら、春和(はるか)は目の前に広がる光景を見据えた。


 二百を超える議席の一つ一つに設置された小型液晶パネルには、一人ずつ世界の元君たちが映っている。 

 雅雪(まさゆき)侍衛(じえい)二人が普段より距離をとって後ろに控える。公侍(こうじ)の一人に先導されて春和が辿り着いた議席は、世界でもっとも在位の長い国王がまっすぐ見える場所だった。

 

 雅雪は、もうついてきていない。春和の案内された場所と同じ列の壁際にいた。春和は、ゆっくりと周囲を見わたす。西の海の大国ルーベルト、同じく西の海のアレンランド連合王国(れんごうおうこく)、東の海の大国オルゴー共和国(きょうわこく)の元君が目に入った。ほかにも、顔を見たことのある人物はいる。東和(とうわ)はといえば、政府から首相と外相。そして王室からは、春和の大好きな二人が出席していた。


 画面越しでも、向けられた視線は感じる。哀れみが多く、憤りの表情も少なからず目に入る。けれど、そのどちらともわからない表情をしている者も一定数いた。


(おばあさまと先生……)

 東和国王室側の出席者は、先代の(つき)宮妃(みやきさき)であったよ志妃(しひ)と、先代()御子(みこ)の妹御子で春和と和真の侍師(じし)である扇町文和(おうぎまちゆきな)。二人の表情の意味もまた、春和にはわからない。


 春和が正面に視線を戻すと、目の前のもっとも在位の長い国王が口を開いた。

 極北フォルス王国(おうこく)のアルベール五世(ごせい)。この場にいる中で、唯一すべての世界戦争を今の立場で見ていた人物である。


宵待(よいまち)宮殿下(みやでんか)。大変な中、おいでいただきありがとう」

 アルベール王は国際公用語であるルーベルトの言葉で言い、大人にするように、春和に敬意をこめた礼をした。

「畏れ多いことでございます。アルベール国王陛下」

春和も、少しならルーベルトの言葉がわかるので、自分の言葉でそう返した。


 アルベール王が頷くと、よ志と文和は一礼する。同時に、二人の映っていた小型液晶パネルは黒くなった。


 液晶パネルの電源が切れていることが確認されると、春和の座る席のそばに王宮府全職員のとりまとめ役、主侍(しゅじ)が歩み寄る。主侍は春和に一礼し、その場で膝をついた。主侍が膝をついたことに春和は瞬間ためらったが、主侍は静かに首を振る。春和と主侍のやりとりが終わったのを見て、アルベール王は自国の言葉で語りかける。


「殿下、あなたにお聞きしたいことは二つです。父宮陛下(ちちみやへいか)のお立場をお継ぎになりたいかどうか。そして、そう思っておられる理由。お聞かせ願えますか?」


 主侍からアルベール王の言葉を聞き頷いた春和は、目を瞑って呼吸(いき)をした。


 吸った空気が身体を通る。

 口から出る空気の感触を追いかける。

 目を開き、東和の言葉で声を発した。


「私は、(つき)(みや)陛下(へいか)の跡を継ぎたいです」


 主侍は、ひとときの空白ののち、嗣子の言葉をルーベルトの言葉で伝えた。


「いくつもある理由をまとめるのはとても難しいのですけれど、強いて一言で申し上げるなら、すぐそばでお姿を拝見してきて、両王陛下(りょうおうへいか)両妃殿下(りょうきさきでんか)が命懸けで守られたものを私も守りたいと思ったからです」


 主侍は息をするのも忘れていた。彼がこの王女にこれほどの意思を感じたのは初めてである。王女の言に驚いている自分に気づき、我に返る。再び、ルーベルトの言葉で彼女の意を伝えた。


「しかし殿下。おわかりと思うが、その道は困難を極めます」


 神の状態、春和の決断に対する国内外の他者の反応。そして何より、春和自身のこれから先の成長と葛藤。雅雪は端に控え、アルベール王の言葉をそう解釈する。


 主侍からアルベール王からの言葉を聞き終えると、春和はまっすぐ王を見つめ、

「はい」

と答えた。アルベール王は頷き、また問う。

「お父上たちが命懸けでお守りになったものは、なんだとお思いになられるか?」


「ちゃんと理解できているかはわかりませんが、この空の下に生を受けた、すべてのものの思い……だと思っております」


 自分以外誰も座っていない二百の議席。議席一つ一つの画面の中には、議席の数に近い人の数があるというのに、音一つない。自分の声がその揺らぎまではっきり聞こえるのを感じながら、春和は答えた。


「わかりました。ありがとう」

 アルベール王は、はじめのように春和に丁寧に礼をする。春和も、同じようにそれに応えた。

 直後、別の画面から一人の男の声がする。


「少女よ」


 声の主は、東の海の大国オルゴー共和国の国家主席ゴドルフだった。

 アルベール王や雅雪のような類の柔らかさはまったくない。主侍は、ゴドルフの言葉をそのまま春和に伝えたが、彼が何かを押し鎮めているのは春和もわかった。


「少女よ。そなたは人だ。……人の子どもだ」

主侍は押し鎮めたままそう続けた。春和がどう応えようか考えていると、ゴドルフはさらに続けた。


「人の子として、しあわせになれ。それが、親というものの望みのはずだ」


「ありがとうございます。ゴドルフ閣下」

呼吸がひとつずれるだけで怯みそうになるのを感じながらも春和が言うと、ゴドルフは頷く。


「皆さん、ほかにはよろしいかな?」

 再びアルベール王の声がしたが、あとには誰も声をあげなかった。全体を見渡し、アルベール王は一礼する。そして春和に優しく笑んだ。


「宮殿下、本日はありがとうございました。申し訳ないが、正式な決定がすぐにはできない。もう少しこれから議論を重ね、正式なことが決まりましたら遣いをお送りいたしましょう。どうか、もう少しだけ時間をください」


「こちらこそ、皆さま、本日はありがとうございました」

 春和は、もう一度深く礼をした。


 ぷつっと音がして一斉にすべての液晶パネルが黒くなる。雅雪がそばにやってきた。

「ご立派でした。宮殿下」



 榮礼(えいれい)十三(万久紀(ばんきゅうき)三九九一)年九月二十一日、十三時。日の宮城と月の宮城それぞれにフォルス王国アルベール国王の使者が入った。東和国の新王即位が、国際会議の議決によって認められたためである。


早く天気が落ち着きますように。

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