8 控えの間
東和城内に入ると、二人の公侍----王の公務に同行する侍従----が春和と雅雪を出迎えた。彼らは深々と頭を下げて、
「こちらへ」
と春和たちを控えの間へ導く。
春和と雅雪が通されたのは、国際会議が行われている最上階の最奥の一室だった。
国際会議の会場の前を通っても、防音設備のため会議の気配が伝わってくることはまったくない。室内には、長机を挟んで椅子が二つずつ向かい合っていた。公侍は春和と雅雪を奥の椅子へすすめ、二人が掛けると自分たちも向かいに座った。
公侍は国際会議での議論の概要と春和がここに呼ばれた経緯を説明した。
公侍によれば、国際会議に出席した者は皆、すでにこの国の秘密を聞かされた。在任期間の長い元君は統石や万石のことも無論承知していたが、この数年で元君に就いた者の中には初めて聞いた者もいたという。王という立場の人間がカミという精霊と契を結ぶことで、人が神の力を使い続けることを多くの国々は認めない。しかし王以外の誰かが契を結んで、今以上にこの国の秘密を知る者が増えることもよしとはしない。そのため石と契を有する王という存在そのものの廃止やコア・ストーンの廃棄を主張する国も一定数あった。
しかしコア・ストーンを放置するのはあまりに危うい。四年前の惨劇を見てきた一部の国の者はそう言った。そのため、安易に王制の廃止とコア・ストーンの廃棄を決められずにいる。首相はどの国の意見に対しても同じような返事しかせず、臨席する両王の縁者は口を開かない。誰もが手詰まりを感じはじめたころ、出席者の一人が次代の子どもに会ってから判断することを提案した。そうして今に至るという。
「ありがとうございます」
聞き終えて春和は公侍に礼を言う。父をまねて言ったつもりだが、頭の中はあまり整理できておらず、不安が大きかった。雅雪は、その姿を静かに見守る。
「では、ご案内いたします」
公侍に言われ春和が立ち上がろうとする。その時、ガチャッとドアの開く音がした。
全員が音のした方を見る。すると、ドアノブほどの背丈の子ども----和真が立っていた。
「はる」
「「「和真さま!」」」
和真は雅雪や公侍に少しもかまわず、首を傾げ、春和の方をまっすぐ見ている。
「……か……」
うまく声が出ない。和真の顔を見た途端、抑え込んだものがこみ上げ、目の周りが熱くなった。
(泣いちゃいけない。私はこれから、この国の人々を守らなくちゃいけないのに……!)
必死に堪えても、涙は伝う。
口を覆い、春和はその場にうずくまる。公侍たちが少し下がり、雅雪がそばに寄ろうとしたとき、雅雪のそばを和真がまっすぐかけ去った。
「はる」
抱きつく和真を引き寄せると、無意識に力がこもった。
「ごめんなさい。少しだけ、二人にして」
涙をぬぐい、春和は言った。
雅雪が応える。
「宮殿下、五分でお願いいたします」
「かず、どうして」
雅雪と公侍が外に出たあと春和が訊くと、和真は大きな目で春和を見上げたまま、春和の頭に手をのせた。
「ぼくはもう呼ばれた。次ははるを呼ぶって感じだった。だからはるに、大丈夫、しにきた」
言って、頭にのせた手を優しく動かす。
「かず、やなこと言われなかった?」
春和も、和真の髪をなでながら訊いた。
「やなことはね、言われてないよ。優しい顔のおじさんがね、外国の言葉で訊いたことを、いつもお城にくるおじさんが教えてくれたから、ぼくはお返事したんだ」
和真の言ういつもお城にくるおじさんが王宮府職員のとりまとめ役、首侍であることを春和は察した。
彼はずっと宮城にいるわけではないが、必ず毎朝日の宮域と月の宮域を訪ね、王族全員に挨拶をする。宮城の外にいる人物で和真が認識している人物は、この人物くらいしかいない。
「何を訊かれて、お返事したの?」
春和が訊くと、和真は春和の頭から手を下ろし、下を向いて指遊びをしながら答えた。
「大事なものは何ですか? って」
「何てお返事したの?」
手を止めて尋ねた春和に、和真は指遊びをしたまま答える。
「ないしょ」
春和は、次の言葉を見つけるのに時間がかかった。幼いなりに春和の不安を感じた和真は、無理やりに言葉を付け加える。
「な、ないしょはね、お約束したからだよ。あの部屋でぼくが言ったことを、だれにもぜったい教えないって」
和真は大きな目で春和を見上げ、見つめていた。
「そっか」
春和は再び、和真の髪をしばらくなでた。
ドアがノックされ、雅雪の声が聞こえた。
「よろしゅうございますか?」
顔を上げ春和が返事しようとすると、和真が膝立ちになって春和の耳元に顔を寄せる。
「待って」
春和が外に向かって言うと、和真はそのまま囁いた。
「はるは、月の宮になりたい?」
息が止まった。ここ数日の大人たちの言葉と自分の心に問いかけたことが、次々と浮かんでは消えた。
瞼を閉じ、一度大きく呼吸をする。それから、和真の耳元で、小さな声ではっきりと言った。
「なりたい」
和真は春和の顔を見ながら明るく笑う。
「じゃあぼくは、はるを守れるつよい日の御子になる」
春和の中で、つかえていたものがすとんと落ちた。
「ありがと」
もう一度、和真の髪をなで立ち上がった。もう片方の手で、なでていた方の掌をそっと握る。まっすぐ扉に向かって言った。
「お待たせしました。まいります」
台風、早くなくなれー!




