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鈴蘭に舞う。

初投稿です。拙いですが見て下さると幸いです。

「ねえ知ってる?鈴蘭の花言葉って『純粋』らしいわよ」

「そんなにはしゃいだら服が着崩れてしまいますよ、お嬢様」

私は前を走る少女に呼びかける。すると彼女はこちらへ向かって両手を広げる。

「あなたも来ない?たまには私と一緒に踊ってくれてもいいのよ?」

春風が吹き抜ける庭園、百花繚乱がこれほど似合う場所はないほど花々が咲き乱れている。しかしそれに囲まれる中でも、とりわけ彼女の姿は群を抜いて美しい。

「後でお父様に怒られても知りませんよ?」

「じゃあ、一緒に怒られてくれる?」

そういって彼女は無垢に笑う。これまでに抱いたことのない感情が胸を泳ぐ。

果たしてこれは労働者階級の私が、国内最高位の貴族の一人娘に抱いて良いものなのか。

その答えはわからない。だが今は彼女と共にこの一瞬を楽しみたかった。

踊る所作は未成年とは思えないほどに洗練されている。引き込まれるような澄んだ瞳。整った顔立ち。笑顔の間に時々覗く八重歯。彼女以上の人間はこの世に存在するのだろうか。

「お嬢様、私は…」

押し殺した思いが喉までせり上がる。耐えろ。こんなのは彼女のためには。

「それ以上は言わないで。私もわかってるから」

彼女は私の襟を正すと、笑って立ち去る。少し儚くて、それでもその顔は端正で。

「*きです」

やり場のない思いを弄びながら、私はそう呟いた。


日を追うごとに、私の思いは強くなっていく。

彼女も表立って私と話すようなことはしなかったが、たまに二人で他愛もない話をして笑いあった。

この穏やかな日々を壊したくない。『大切な人』とずっと一緒にいたい。そう思っていた。

しかし現実というものは非情だ。成人を控えた彼女に、縁談が持ち上がったのだ。

相手は某国の王子。かなりの好青年で金持ちという、私とは比べ物にならない程、いや比べてはならないほどの人物である。

積み上げてきた思いを簡単に踏みにじられた、そんな気分だった。もっと端的に表すと『絶望』がふさわしいだろうか。


彼女を失いたくなかった。

『大切な人』を失いたくなかった。

『*きな人』を失いたくなかった。

だから、私は。


縁談は取りやめになった。王子が殺害されたのだ。

王子は恨みを買うような人物ではなく、証拠も0で捜査は難航しているという。

私は血で汚れた給仕服をハンガーに掛け、ため息をつく。こんなものは早く処分してしまおう。

「何、それ」

背後から降り掛かった声に振り返る。いつも通りに綺麗なその顔は、しかし険しい表情をしていた。

「お嬢様、これは」

「言い訳しないで。あなたがそんなことをする人だとは思わなかった」

錆びた鉄の匂いが鼻を突き刺す。バレた。

私は薄ら笑いを浮かべ、後ろ手に扉を閉めようとする。その手を彼女が掴む。

「逃げないで。ちゃんと私の目を見て。あなたがやったのね」

私はこれからどうなるのだろうか。

彼女に嫌われてしまうのだろうか。

殺人の罪で投獄されるのだろうか。

証拠を抑えられ、動機も恐らく把握されている私に今出来るのは、首を縦に振ることだけだった。

「どうして…?私、本当は断るつもりだったのに。


私だってあなたのことが、*きだったのに」


思考が、固まった。

私のことが*きだった?身分も境遇も違う、さらに()()のこの私を?

一生理解されないだろうと思っていた、同性に対する『*き』という感情を、私と同じ様に持っていた?

私は自身のメイド服に視線を落とす。そこには確かに女性の特徴が存在している。

空虚な気持ちが心臓の拍動を加速させる。

「ごめんね、()()。『*き』って言ってあげられなくて。

でも、あなたは道を間違えた。さようなら、あなたを今ここで解雇します。

()()()()()()()()()()()()

ああ、そうだ。彼女は正義感あふれる人間で、私とは違ってこんなのは許せなくて。

彼女との楽しかった日々が音を立てて崩れていく。嫌だ。

もう二度と彼女には会えないのだろうか。嫌だ!

彼女は他の人を好きになるのだろうか。嫌だ。絶対に嫌だ!

悲しみは憎悪に変わって、空いた心に流れ込む。そして憎悪は『*き』と混ざり合って、文字通りの『愛憎相半ば』して心を満たして、そして。


「それでも私は、あなたが憎たらしいほど愛おしい」

邸宅の地下で、私はそう独言った。その声は、檻の向こうの彼女にも届いていたようで。

「そういえば鈴蘭は毒花だったわね…花言葉は『純粋』なのだけれど。

飾ったうわべじゃなくて、本質を見ろってことかしら。私が未熟だったのね」

先ほど私は、彼女を除く邸宅内の人間を全て殺害し、彼女を牢獄に閉じ込めた。

故に今は彼女とここ、地下室で二人きりである。

「明日になったら見つかるわよ。それまでに私を殺すつもり?」

私は答えない。しかし包丁を握りしめた右手で彼女も察しているだろう。

「じゃあ、最期に踊ってくれる?」

私はため息をついて立ち上がる。どうせ彼女を殺したあとに自分も死ぬつもりだ。酔狂に付き合うくらいのことはしてあげよう。

「懐かしいわね。初めて私を―きになったのはあの日でしょう?」

疲れているはずなのに、彼女の動きには一切乱れがない。そしてその顔は汚れているにも関わらず、尚美しい。

「ねえ知ってる?『舞』ってギリシャ語で『コロス』って発音するのよ」

ああ、やはりあなたは愛おしい。

いつの間にか彼女の手に収まっていた包丁も、博識なところも。私のメイド服がもう一度赤く染まったことも、私の()()に気づいていたことも。

「いえ、本当に未熟なのは私のほうでした。

流石です、()()()()。好きでした」

そうして命を失くした私は、床に音を立てて滑り落ちた。


補足

『*き』:『好き』

主人公の名前:鈴蘭

『お嬢様』の名前:舞

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