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04 帝国科学アカデミー

04 帝国科学アカデミー


帝国統一歴708年7月某日 マリーエンブルク領首都惑星マリーエン第911研究所エリア99にて


ヴァネッサ・フォン・デア・ノルトライン少佐は、研究所長を兼務するノエル・フォン・ローリエ准将に何やら報告を行っている。

思えば、・・・二人のマリーエンブルク星系軍での立場も、随分と変わったものだ。

理由はちゃんとあるのだが、あれよあれよと二人はあっと言う間に昇進し、今や星系軍内では誰もが一目を置く存在だ。

いや・・・その影響力は、恐らく星系軍内だけでは留まらないのかも知れない。

ヴァネッサは、今では新辺境伯リンハルトの後継者・・・辺境伯太女であり、ノエルはその恋人であると衆目が一致している。

まだ完全では無いにせよ、二人は領内貴族間と星系軍内では、他所からの干渉を排除出来るだけの権力を既に有している、と言っても過言ではない。

それこそ、ノエルとヴァネッサの二人が、ギルたちを守るために手に入れようとした″権力の形″の一つなのかも知れない。

とは言いながらも・・・、ノエルがまたボヤく。

「何かオレたちって、随分と昇進した気もするが、・・・職場環境は昔と全然変わっていないって、これって何だろう?」

ノエルのいきなりの脱線にため息をつきながらも、ヴァネッサは律儀に返答する。

「あの子らへの他所からの干渉を排除しつつ、皆の望みを実現するためには現在の環境が必要であると・・・ただそれだけかと思いますが?」

ノエルはその意見に同意しつつも、次なる問題にずっと頭を悩ましている。

「それはそうではあるけれど、・・・おかげでこんな面倒な要請が飛び込んで来るって、いったい何だってんだ?」


・・・ここでその面倒な要請について説明する。

それは帝国科学アカデミー評議会からの突然の要請であった。

曰く・・・。

帝国科学アカデミーは、最近とあるロスト・コロニーを発見し、その調査開始を決定したところである。

そのロスト・コロニーには、古代人類伝承学的に看過できない情報が複数あり、事実確認の必要があるとアカデミー評議会では判断した。

しかし当該ロスト・コロニーは、現在のところ現地勢力による大きな戦乱期の最中にあり、到底科学者のみでの調査活動は不可能である。

よって、マリーエンブルク領が保有する”特殊戦力”の協力を要請するものであり、共にその調査活動に是非とも従事して貰いたい。

その調査活動の結果得られた、情報、入手物、利権については、そのすべてをマリーエンブルク領に帰属させることを今回例外的に認める。

詳細説明ブリーフィングのため、当帝国科学アカデミーの調査責任者メルコール教授との面会をお願いしたい。


「要は、帝国科学アカデミーの調査要員としてギルたちを貸せって事じゃないか!そもそも・・・何であいつらはギルたちの事を知っているんだ?」

ノエルが憤慨したように、いくらか大きな声で疑問を述べる。

ヴァネッサが別の資料をタブレット端末で確認し、ノエルに補足説明を行う。

「調査責任者のメルコール教授とは、古代人類伝承学については、アカデミー随一の権威であるみたいですね」

「彼の仮説によると、幾つかのロスト・コロニーには、”古代エルフ族の遺物”がまだ残されているはずだとの事です」

「彼の最新の研究では、そのロスト・コロニーは・・・ロスロリエンとエレギオンであり、あともう一つあるはずだと・・・」

ノエルは驚いて、啞然として呟く。

「・・・オレ達が慎重に秘匿していた情報に、学術研究分野から到達した人物がいるってのか?」

ヴァネッサも何とも決めかねる様子で、ノエルの決断を求める。

「・・・如何いかが致します?」

暫く考えた後、ノエルは声を絞り出す。

「・・・取り敢えず会ってみよう。オレ達にとっても看過できない・・・情報がある。そして、その後あいつらの意見も聞こう」


数日後、マリーエンの軍令本部一角に面会室が設けられた。

そこに居るのはもちろんノエルとヴァネッサだけだ。

秘匿情報管理のため、監視装置等はベリルが直接コントロールし、外部とのアクセスは完全に遮断している。

別室ではギルとルチア、ベレンとイーリスがその様子を観察することになっている。

面会室のドアが開き、保安局要員が一人の人物を伴って入ってくる。

「閣下、映像及び音声の記録装置は所持していないことを確認しました。では失礼します」

そう報告して保安局員は面会室を出て行き、来訪者とノエル達だけが残された。

その人物は、すこぶる友好的な笑顔を浮かべ、ノエルとヴァネッサに慇懃に挨拶をする。

「初めまして。帝国科学アカデミーのメルコールと申します。今を時めくローリエ准将閣下と辺境伯太女殿下にお目にかかれて、恐悦至極に存じます」

メルコールは50過ぎだが、まだまだ若いとも言えそうな、長身で精悍な雰囲気の男性であった。

ノエルはごく普通に挨拶を返す。

「初めまして、ご丁寧な挨拶をありがとうございます。マリーエンにようこそ」

しかしヴァネッサは、すかさずメルコールに釘を刺す。

「初めまして・・・。わたくし共は今軍務でここにいます。私への"その呼称"はご遠慮くださいますようお願いします」

メルコールは微笑し発言を続ける。

「それは大変失礼を致しました。・・・しかし古文書の中ではなく、"生ける英雄"達にお会いするのは私も初めての経験で、些か舞い上がっていたようです。どうぞお許しを・・・」

「・・・。それでは本日のご用向きを。」

ヴァネッサは彼らへの世辞を無視し、用件に移るよう促す。

メルコールが居住まいを正し、来訪の"真の"目的を述べ始める。

「では・・・。一切隠し立てせず、率直な話をさせていただきましょう」

そう切り出したメルコールの、来訪目的についての詳細説明は次の通りであった。


以下はメルコールの発言記録より・・・

ご案内したように、私は古代人類伝承学が専門でして、特に"古代エルフ族"の伝承研究をライフワークとしています。

ありとあらゆる星系世界から古代人類が残した文献を収集し、その中から"古代エルフ族"に纏わる伝承を分析するのです。

関連文献の研究を進める中で、私は古代エルフ族の存在を証明する遺物が、ロスト・コロニー惑星である、ロスロリエンとエレギオンに存在することを突き止めました。

そう、あなた方がごく最近まで関わった惑星ですね。いえ、どうぞご心配なく。私はそこで起こった事象には興味はありませんから。

私の関心は、そこに"古代エルフ族の遺物"があったかどうか、だけですので。

古代の人々が残し、私が再発見した文献によると、それは"ネンヤ"と"ナルヤ"と呼ばれていたそうです。

それが"どのような物か"までは、流石に私も分かりませんでしたが・・・。

そこでまた最近の話になりますが、新たに手に入れた珍しい古文書の中に、次のエルフの遺物についての手がかりを見つけたのです。

それはまだどこの星系領にも属していない、最果てとも言える"とある宙域"に一つの惑星があって、そこに"エルフの遺物"があると。

帝国科学アカデミーは3か月前、その宙域に無人探査艇を送ったのですが、文献が示した通りの宙域に一つのロスト・コロニー惑星を発見しました。

まだほんのひと月前の話です。

探査艇が持ち帰った地上観測データを解析した結果、そこは先住人類種による大戦乱の最中で、とても今科学者だけの探検隊は派遣出来ないと判断しました。

そこで、・・・ようやく閣下の"秘匿部隊"へのお願いに繋がる訳です。

ええ、もちろん詳細は存じませんが、ロタリンギアのナズグル部隊との戦闘発生は、既に全星系世界が知るところです。

ええ、そうですとも。もちろん閣下の"秘匿部隊"は疑いもなく存在するのです。

更に申し上げれば、閣下はロスロリエンとエレギオンで、"何か"を見つけたのではないのでしょうか?

いいえ、お答え頂く必要はありません。それは多分マリーエンブルク星系軍の極秘指定事項でしょうから。

私は"何か"が見いだされた結果、マリーエンブルク星系軍の今がある、と推定しただけに過ぎません。

それでもし、閣下が私共帝国科学アカデミーにご協力頂けるのであれば、そのロスト・コロニーの宙域座標を共有致します。

そして評議会が言う通り、その調査の結果もたらされた情報、遺物、利権などは全て閣下とマリーエンブルク領にお譲りします。

我々が欲しいのは知識であって、世俗的な物質や力ではありませんから・・・。

えっ?もしマリーエンブルク星系軍が、アカデミーの要請を断ったらどうなるかですって?

・・・その場合は、残念ですが皇帝陛下におすがりし、メロヴィング星系軍を動かして頂く事になるでしょうな。

連中の過去の乱暴なやり口を鑑みると、何とも後味の悪い結果が予想されるので・・・。正直あまり気は進みませんが・・・。

その時は、・・・まあやむを得ない仕儀とでも言うのでしょうか。科学の進歩には、過去にも幾ばくかの犠牲は常に有りましたから・・・。

ああ、どうか誤解なきよう・・・。私はそんなことは全く望んでないのです。もっと穏便に事を進めたい・・・とここへ来た訳ですので。

それから、最後にひとつだけ・・・。

私の文献調査によって、その"とある惑星"にあると言う"エルフの遺物"は、"ヴィルヤ"と呼ぶことまでは判明しています。

もし、万一閣下が"ネンヤ"と"ナルヤ"をお持ちでしたら、"ヴィルヤ"の発見は多分より容易になるかも知れませんね・・・。

その理由は・・・私の研究成果からの推察・・・仮説にあるとだけ、今は申しておきます。

それでは、良いお返事をお待ちしております。では・・・。

・・・

そう申し入れをしたメルコール教授は、再び帝国科学アカデミーに帰って行った。


再びヴァネッサと二人きりになったノエルは、大きな溜息を吐いた。

「・・・恐れ入ったな。・・・過去の文献研究だけで、そこまで判るものなのか?」

「帝国科学アカデミーも、なかなか侮れませんね・・・」

ヴァネッサもその意見を肯定する。

そこに、ギルを始めとする4人が合流した。

ノエルが皆に尋ねる。

「みんな見てたよな?・・・どう思う?」

最初にギルが聞いてきた。

「帝国科学アカデミーって、そもそも信用できるの?」

ノエルが説明する。

「あの組織はどこの星系領にも属していない、純粋な学術研究のためだけに存在する組織だ。帝国の名を冠するように設立は帝国成立期にまで遡るが、設立以来中立の研究都市惑星"モルドール"にその本拠地を置いて、時代毎に帝国皇帝が何処に移ろうと、一貫してそこでの研究活動に従事している科学者連中の組織だ」

「まあ、星系世界の政治的、軍事的野心とは一番縁が遠い組織である事は間違いない。だけどそれで信用できるかどうかは、また別問題だろうな」

ヴァネッサがノエルの発言を補足する。

「彼らは世俗的な物欲や権力については確かに関心は無いけど、知識や名誉と言った分野であれば途端にどん欲になる。彼らを甘く見ない方が良いと思う。少なくとも、彼はそんな人物に見えたわ」

ノエルもその意見を肯定したうえで、次にルチアに意見を求める。

「その見方にはオレも賛成する。・・・で、ルチア。ネンヤとナルヤがいれば、あと一つと言う"ヴィルヤ"とかの発見が容易になるって件、お前はどう思う?」

「それは・・・そうかも知れない。ネンヤはずっと自分の仲間を探している・・・。実際ベレンはすぐ仲間と判った。ベレンから"ナルヤ"の気配って言うか、そんな同胞意識を確かに感じた・・・」

ベレンもルチアの意見を肯定する。

「それには自分も同意します。ナルヤをこの身に宿して以来、ずっとナルヤとネンヤは互いに引き合っている感じがします。もし・・・その"ヴィルヤ"が僕たちの仲間であれば、多分それとも引き合い、互いに相手を求めるかもと・・・」

ルチアもベレンの感想に大いに頷いた。

最後にノエルはギル(とベリル)に、もう一度意見を求める。

ギルはベリルと常時意見を交換しながら、その一致した意見を述べた。

「正直判らない・・・。"ヴィルヤ"を見つけるのが吉か凶か判らない。・・・だけどそこに行かなければ、それすらも判らない。正直嫌な予感はするけど、そこに行くのはボクらの"運命"であるとも思う・・・」

ノエルは盛んに唸りながらも、徐々に"行くしかない"との結論を出しつつあった。

その気配を察したイーリスが質問する。

「准将閣下・・・ノエルさん。もし、どうしても行くしかないとなった時、私たちの編成はどうなりますか?」

ノエルはさらに大きな溜息を吐きながら、イーリスに返答する。

「そこなんだよな・・・悩ましいのは。先ず、オレとヴァネッサはそこへは行けない。今の互いの地位が、最早それを許さない。仕方がない・・・」

ヴァネッサも、嫌そうながらも頷く。

「だから・・・。ギルたちが行くのは避けられないとしても、彼らだけでは行かせられない・・・。そこでイーリス、君に彼らのお守りをお願いするしかない・・・」

「随分ね・・・」ルチアはお冠だが、ギルとベレンはすぐに同意する。

「いいじゃん!早速フォーメーションXを試してみよう!」

ギル(ベリル)はやる気満々で、ベリルにも異存はなさそうだ。

そこにノエルが強く釘を刺す。

「待て待てっ!お前らが相手すんのは他領の星系軍じゃない。前近代レベルの先住民兵だ。ましてやメルコール教授が同行するとなれば、実力発揮だなんて絶対に許さん!」

「「チェッ・・・、詰まんない・・・」」ギルたち秘匿部隊組が揃って舌打ちする。

ノエルがイーリスに言い聞かす。

「分かっただろう?君の仕事はこんな彼らを抑えて、目立たぬよう、メルコール教授にも実力を晒さぬよう、"ヴィルヤ"とやらを発見することだ」

「・・・わかりました。准将閣下・・・いえノエルさん」

イーリスはかなりガッカリした顔で、仕方なく了解し頷く。既に頭痛がしている様子である・・・。


こうしてギル達も、ノエルとヴァネッサをマリーエンに残し、最後のロスト・コロニーへと向かうことになる。

そして彼らの行動と共に、ミスティと"ヴィルヤ"の運命の歯車も回りだし、きっと複雑に嚙み合って新たな未来を紡ぐのだろう。

そして、その地・・・そのロスト・コロニー惑星の名は"ミドガルド"と言った。

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