02. 査問会
02. 査問会
ノエルとヴァネッサは、すぐに星系軍軍令本部にある特別室に通され、準備されている席に案内された。
査問会が開かれる部屋には、すでに参加メンバーの全員が揃って座っていた。
正面の議長席には、軍令長官ウォルフラム・フォン・テューリンゲン大将自らが座り、ノエルと反対側の席には、告発者であるグンターと検事役である査問官がいる。
他には、陪審員役を務める陪審官10名が各自の席に座り、そして書記官3名が記録席に着席していた。
・・・何て事はない。
査問会とは名ばかりの、軍令長官が直々に主催しているだけの"軍法会議"そのものであった。
冒頭、軍令長官ウォルフラムがノエルに声を掛けた。
「・・・ローリエ中佐。貴官は現在重大な告発を受けている。告発された内容の重大性に鑑み、急遽査問会が開かれる事となった」
「査問会での陪審官の評決の結果、正式に軍法会議開催が必要とされた場合は、ここで記録された内容はそのまま軍法会議での証拠として扱われるので、その旨を了解の上での発言を行って欲しい」
「ローリエ中佐。査問会の公平性を期すために、貴官には弁護官を指名する権利がある。如何する?」
「・・・中佐殿。わたくしを弁護官にご指名ください」
ヴァネッサが小声で、ノエルにだけ聞こえるよう囁く。
ノエルが少しだけヴァネッサに視線を向け、微笑んでから議長に向き直り返答した。
「議長。ノルトライン大尉を私の弁護官に指名します」
「・・・承知した。それでは査問会を開始する!」
議長のウォルフラムが厳かに宣言した。
マリーエンブルク狂詩曲・・・いやもうこれは狂想曲?・・・取り敢えず、その最終楽章が始まった。
議長ウォルフラムが冒頭説明を行い、議事進行について説明する。
「最初に本件の事実関係と、現時点での星系軍および星系政府の対応について、公開可能な範囲で説明する」
「本日、今から3時間前、暴漢が辺境伯太子ハインリヒ殿下をその私室に襲撃した。遺憾ながら殿下はその場で死亡が確認され、暴漢は逃走した」
「そして今から2時間ほど前、襲撃犯と思しき者が都市郊外路上で事故を起こし、その場で死亡した。襲撃者は星系軍所属のクローン兵である事が判明している。そしてまた、クローンの本体も同時に別の場所で死亡した」
「星系軍と星系政府は、辺境伯ヘルマン殿下の意向も踏まえ、真相が判明するまではこの件についての一切の対外発表を控えている」
「そうした中、ここにいらっしゃるグンター殿下から、この凶事については"ローリエ中佐に責任がある"との告発がなされている」
「以上が本件の事実関係である。・・・これから査問官による告発と、それについての弁護官による反証を陪審官が吟味し、陪審官の評決を行う流れとなる」
「では、査問官!告発内容の詳細および告発に至った根拠を述べよ!」
グンターの隣に座る査問官が静かに立ち上がり、手にした告発文を読み上げる。
「告発いたします。"ローリエ中佐は自身の手の者を使い、ハインリヒ殿下を襲撃させ、殿下を意図的に亡き者にした疑いがある"との告発であります」
「その動機と致しましては、"ローリエ中佐は、昨近の我が星系領内での望外の人気に増長し、あろうことか辺境伯家であるザルツァ家に成り代わろうと画策した"と主張するものであります!」
査問官の発言に対し、隣でグンターが微かな笑みを浮かべながら、大きく頷いている。
査問官の告発を受け、議長のウォルフラムが査問官に対し指示する。
「大変重大な告発であるが、査問官はその根拠を示し、ここにいる全員に対し説明せよ」
査問官が再び立ち上がって、根拠に関する陳述を行う。
「一つ目、ハインリヒ殿下の襲撃犯は、ローリエ中佐が管轄する研究所警備要員のクローン兵であり、その本体が研究所のカプセル内で死亡していたとの事実があります」
「二つ目、クローン兵による本件の襲撃手法ですが、これは惑星ロスロリエンでのドラコ第3レギオンとの遭遇戦の際、ローリエ中佐の部下がドラコのクローン兵を乗っ取り、部隊を壊滅させた手法と同じです。この手法は現在の我が星系軍で、ローリエ中佐が統括する"バイオロイド運用部隊"以外に実行可能な実力組織は存在しません」
「三つ目、ハインリヒ殿下に死に至らしめたのは、"即死性の毒性放射性物質"が直接の原因であるとの分析結果が、凶行現場に残された襲撃犯の残置物から判明しております」
「この"物質"は我が星系軍では使用されておらず、新たに製作するにはローリエ中佐が管轄する"研究ラボ"クラスの設備が不可欠との、検視科学捜査班および主任検視官の見解とその供述書がここにあります」
「・・・すなわち、今回の事件において、今回の凶行を実行可能な"機会、能力、動機を持つ人物はローリエ中佐以外にあり得ない"と言うのが、この告発の根拠であります。以上で説明を終わります」
室内が静まり返っている・・・。
グンターは軽く目を瞑り、薄ら笑みを浮かべている。
(突然こんなところに呼び出され、用意周到に練り上げたこの告発には、どうせろくな反論などは出来まい・・・)
陪審官席が俄かに騒がしくなる。
「何と言う不名誉な・・・」「前代未聞の醜聞・・・」「これだから成り上がり者は・・・」「真実であれば、厳罰は免れまい・・・」
小声ではあるが、守旧派に属する陪審官たちが、自身の感想を"悪意"をもって周りに広めている。
・・・陪審官達のノエルを見る目が徐々に厳しくなる。
議長のウォルフラムが、何の感情も面に現さずにノエルに尋ねる。
「ローリエ中佐、またはノルトライン弁護官、査問官の主張に対する反論はあるか?」
ノエルとヴァネッサが密かに目配せを交わし合い、ノエルがゆっくりと頷いた後、ヴァネッサが挙手する。
「議長、テューリンゲン軍令長官閣下。今の査問官の発言全てに対し、"異議"があります!」
「よろしい。では、その反論を始めたまえ」
ウォルフラムが続きを促す。
ヴァネッサがグンターへの反撃を開始する。
「最初に、ローリエ中佐にあると言う、この凶行の"動機"についてです」
「ローリエ中佐が"ザルツァ家に成り代わる"との動機ですが・・・、陪審官の皆様にお聞きします。如何に現在"救国の英雄"と持て囃されるローリエ中佐とは言え、中佐はつい先日男爵位に叙任されたばかりの、失礼ながら・・・"元平民"に過ぎません」
「その中佐が、マリーエンブルク領開闢以来、代々続く家名を誇る皆様方を差し置いて、本当に辺境伯家に成り代わる事など可能なのでしょうか?・・・革命でも起こすとでも言うのでしょうか?」
「これからローリエ家が皆様方名門貴族家の列に並ぶには、あと千年あっても到底まだ足りないでしょう。辺境伯領の成立以来の歴史を共にする皆様方貴族家の名誉に誓って、"あり得ない"と私は明確に否定致します」
陪審官席の一角から声が上がった。
「しかし、彼はノルトライン家の後ろ盾を得て・・・」
グンターも思わず声を零してしまう。
「領内で、そのような噂はずっと・・・」
ヴァネッサはすかさず切り返す。
「・・・噂?・・・所詮は噂。ノルトライン家はその様な事は一言も発しておりません。噂なんぞはこれから如何様にも変わり、いつかは消え失せるもの・・・。そのような不確かなものを"動機"などと・・・。本気で仰っているのでしょうか?」
ヴァネッサは如何にも軽蔑したような目を、グンターと守旧派の陪審官達に向ける。
(ククッ・・)
陪審官席の別の一角からは思わず失笑が漏れる。
その一角にヴァネッサは微笑みを送り、そして話題を変える。
「では、次に査問官が告発の根拠と述べられた事についての"異議"です」
「一つ目、の根拠についての疑問です。この凶事が起きたのは3時間前、襲撃犯が死んだのは2時間前、では襲撃犯が研究所警備要員で、研究所内で死んでいたと軍令本部が知ったのは何時でしょう?」
書記官が記録を確認し答える。
「・・・査問会開始の1時間前です」
ヴァネッサが更に書記官に問う。
「では、グンター殿下からの告発が軍令本部になされたのは?」
書記官が記録を確認し答える。
「・・・査問会開始の45分前です。その15分後にローリエ中佐への召喚状が出されています」
ヴァネッサが陪審官席に向き直って問いかける。
「陪審官の皆様。軍令本部が襲撃犯の身元を確認してから、僅か15分で中佐は告発されたのです。辺境伯太子の殺害と言う重大な事件の告発が、たったの15分で可能と思われますか?・・・まるで事件が起こる事が、誰が起こすのか、予め知っていたかのようではありませんか!」
沈黙がその場を支配する。
・・・"何となくおかしい"との空気が微かに漂う。
査問官が発言しないため、已む無くグンターが自ら発言する。
「私には、すぐさま軍令本部の情報を入手するルートがあるのだ。だから、短時間であろうとそれは可能であり、事実そうしたのだ。・・・そのルートについては辺境伯家の機密であるため、この場では明らかにはしない」
ヴァネッサが笑みを深める。
「・・・では、この件に付きましては納得は致しませんが、一先ず保留とします。次は二つ目、についての疑問です」
「査問官は、ハインリヒ殿下の襲撃手法がドラコ第3レギオン壊滅の手法と同じで、その能力を有するの"中佐が管轄するバイオロイドだけである"との根拠を述べられました」
「しかし・・・そもそも、この遭遇戦の詳細な戦闘記録は軍令本部参謀部に対してのみ報告され、他には公開されていないはず。どうしてグンター殿下はそれを知り、中佐を告発する根拠と出来たのでしょう?」
陪審官席が再び騒めく。
「私は知らなかった・・・貴官はご存じで?」「いや・・色々探ったが結局判らなかった」「そもそも・・・その様な事情は聞いていない」
議長のウォルフラムが、軍令長官の立場から淡々と事実を述べた。
「グンター殿下の二つ目の根拠とした、例の遭遇戦の状況は概ね事実ではあるが、その部署にないグンター・フォン・ザルツァ"大尉"はその"事実"を知る立場には無かった・・・。どうしてそれが漏れたか気懸りではある」
査問官の支援のないグンターは、若干しどろもどろに事情についての説明をする。
「・・・確かに、私はそれを知る立場には無かったが・・・、辺境伯家にはそれを知るルートがあるのだ。・・・そのルートについては機密であり明らかに出来ない」
ヴァネッサはますます笑みを深める。
「おや?また"特別なルート"ですか・・・。殿下は一体いくつ、その様な"抜け道"を軍令本部にお持ちなのでしょうね。これでは"機密情報"が全然"機密"にはなりませんね。私ならずとも気になるところですが・・・、これも一先ず保留としましょう」
ヴァネッサは軍令長官にちらと目を向けた後、次の反論に移る。
ウォルフラムは何やら真剣な面持ちで、他に思いを馳せている。
「三つ目、凶行に使用された"毒物"が、マリーエンブルク星系軍では使用されておらず、中佐が管轄する"研究ラボ"以外では製作不可能である、との根拠についてです」
「マリーエンブルク領星系内に限れば、その主張は事実であるかも知れません・・・。研究ラボにいる科学者達には確かにその能力があります」
ヴァネッサが根拠の一部を認めたことで、グンターは忽ち元気を取り戻して狂喜する。
「その通りだ!お前たちの一派以外に、凶行の決定的な証拠である特殊な"毒物"は用意出来なかった!これこそが・・・」
ヴァネッサが、その発言途中の割り込みを冷たく遮る。
「殿下、今は私の発言中です。・・・人の話は最後までお聞きください。幼年学校でそう習いませんでしたか?」
グンターは憎々し気にヴァネッサを睨みつけたが、しぶしぶとその口を閉じた。
ヴァネッサはその視線を気にも留めず、邪魔された話の続きを再開する。
「私は"我が領内に限れば"と申しました。何故ならば、この"特殊な毒物"は、ある特定の"ドラコのエージェント"が、特別な標的に暗殺工作を行う際にのみ使用される極めて珍しい"物質"であることを、私は"たまたま"知っているからです」
たちまち査問会場全体が、再び蜂の巣を突いた様な騒ぎに陥った。
「馬鹿な・・・」「ドラコだと?」「彼の大公国の暗躍か?」「参謀部の情報局も"それ"を知らないのか?」「なんだそれは!聞いたことはないぞ!」
急所を直撃されたグンターは、顔色を失い・・・茫然と呟く。
「まさか・・・これを知るものが居るのか?」
ヴァネッサは指をパチンと鳴らし、査問会室の中空に立体スクリーンを照射する。
そこには特殊な"カプセル"が映っていた。
「これが"実物"です。凶行の現場に残されていた"残置物"と同じものです。ドラコはこれを"芙蓉果"と呼んでいます」
「この解析映像は証拠として、後で軍令本部に提出します。・・・あとはどうして"ドラコのカプセル"がここに在るのか?なのですが・・・」
予想外の展開によって、恐慌に陥ったグンターは、何とか挽回を果たそうと叫ぶ。
「嘘だ!でっち上げだ!陪審官諸君、聞いてくれ!あいつらは、いきなりドラコなどを持ち出して、苦し紛れに自分達への疑いを逸らそうとしているのだ!」
「皆、もう一度思い出してくれ!・・・そもそもあの凶行は、"あのバイオロイド"以外には実行不可能だと先ほど・・・」
ヴァネッサは少々うんざりした様子で、グンターへの反論を付け加える。
「では殿下・・・。そこまで仰られるのであれば、研究所の警備要員が如何にして凶行に及ぶ事が出来たか?との絡繰りを明らかに致しましょう」
「殿下は襲撃犯のクローンを操れるのは、"中佐のバイオロイド"だけだと仰いますが、そもそも・・・凶行を起こすために、わざわざクローンを直接操る必要はこれっぽちもないのです」
そう言ってヴァネッサは、スクリーンに別の"薬剤"とその解析データを表示する。
「"これ"は我が領の精神科医が、精神医学療法の一つとして処方する"催眠誘導剤"です」
「禁止されている使用法ではありますが、これを本人に服用させた後に強い暗示を掛ければ、本人に命じてクローンに凶行を行わせることは可能です」
グンターは蒼白な顔で震えながらも、懸命になって否定する。
「そんなものは・・・あくまでも可能性に過ぎない!そうだ・・・証拠がない!証拠がなければ・・・何の証明にもならない!」
ヴァネッサは幾分哀れみの混じった視線で、如何にも残念そうにグンターを見る。
「証拠ですか・・・。殿下・・・。ローリエ中佐が査問会に召喚される少し前、"この映像媒体"も私達に届いたのです。・・・これです」
立体スクリーンの映像が別の場面に切り替わり、そこには過去の"グンターとドラコのエージェントとのやり取り"、そして・・・カプセル授受のシーンを始めとする、その他凶行を裏付ける証拠が全て残されていた。
「この映像は改竄不能な記録媒体に残されています。我が領の全ての裁判において、証拠映像として認められているものです」
グンターは真っ青になって震えながらも、どうしても理解できないと言うように、その映像を呆然として見つめている。
「・・・どうして"それ"が私の手に渡ったのか?簡単です。ドラコのエージェントが"それ"を私に渡したからです。自身の"赦免"と引き換えに・・・殿下を"売った"のです」
ヴァネッサは、もうグンターには目を向けず、ウォルフラムに向き直った。
「議長、テューリンゲン軍令長官閣下。私からの反証は以上です」
グンターは床に崩れ落ちた・・・。
確かに自身の破滅の音を聞いた・・・。
眩暈がし、目の前が暗くなる・・・。
・・・査問会は静まり返っている。
誰一人として発言しない。書記官の叩くタイプ音すら止まっている。
暫くして気を取り直したウォルフラムが、職務として査問会での評決を求めようとしたその時。
・・・査問会会場のドアが突然開いた。
マリーエンブルク辺境伯本人、ヘルマンがゆっくりと入室して来た。
ウォルフラムは辺境伯ヘルマンの前に跪き、査問会の状況について説明しようとした。
ヘルマンがそれを制止する。
「よい。査問会については、別室で初めから終わりまで傍聴していた」
そして辺境伯ヘルマンは、ノエルに向き直り言葉をかける。
「ローリエ中佐。迷惑をかけた・・・。あらぬ疑いで随分と不愉快で辛い思いをさせた。謝らせてもらいたい。・・・貴官の功績には軍令本部が然るべく評価し、必ずや報いる」
ノエルは突然辺境伯自身から、その様な言葉を掛けられビックリした。
「もったいないお言葉でございます・・・」と言いつつも、その後の言葉が続かない。
ヘルマンはウォルフラムに命じる。
「軍令長官。速やかに軍法会議を開催し、ザルツァ"大尉"についてはその罪状に基づき、然るべき処断を行うように」
ウォルフラムは動揺する。
「それでは・・・グンター殿下が・・・」
ヘルマンは毅然として言い放つ。
「マリーエンブルク辺境伯領には、誰しもが守り従うべき法がある。そしてその法の裁きに従う事について、身分の上下は・・・関係無い」
その後、ヘルマンはヴァネッサにも声を掛ける。
「ノルトライン大尉、見事であったな。・・・こんな素晴らしい娘を持たれて、リンハルトもさぞかし鼻が高いことであろう。・・・これからも我が星系領を、その才覚で"守って"くれ」
「・・・恐れ入ります。ただ・・・グンター殿下の件、このような結末になりましたこと、どうかお許しください・・・」
ヘルマンは少しだけ悲しそうに眼を伏せた。
「・・・仕方がないのだ。あれは自ら過ちに・・・破滅に足を踏み込んだ。ドラコの唆しなどは関係ない。・・・辺境伯家には何よりも星系領を守る責任があり、過ちがあれば必ず正さねばならない責任もあるのだ」
最後に・・・ヘルマンは、グンターに目を向ける。
グンターは未だ両手を床につき、跪づいて下を向いたまま震えている。
「グンター・・・。何を思い、このような暴挙に出た?もしかして・・・己を凌ぐ才能に嫉妬したのか?・・・お前の勘違いはそこだ。為政者自身に他者を凌ぐ才能は必要ないのだ」
「為政者に必要なのは、優れた才能を見出し、大事に育て、やがて自領に役立てるとの視点だ。そうしてこそ初めて、優れた才能は自領に集まり開花する。その結果として自領は繫栄するのだ」
「・・・それが判らぬお前には、為政者になる資格がない。・・・だから他領に利用されたのだ。既に踏み込んでしまった行動は取り消せない。・・・今のお前に出来るのは、辺境伯家の一員に相応しい責任を取ることだけだ」
そこでグンターは、初めて首を上げヘルマンの目を・・・見る。
「父上・・・私が愚かでした」と一言だけヘルマンに返答する。
それから視線を中空に這わせる。
「兄上・・・・。申し訳ありませんでした」
そう呟き、グンターは再び俯いた。
・・・ヘルマンは軍令長官に命じる。
「保安局員を入室させ、グンター・フォン・ザルツァ大尉を拘束せよ」
そして、マリーエンブルク辺境伯ヘルマンは、査問会の部屋を後にした。
その後査問会では、陪審官は全会一致で先ずノエルへの告発に根拠が無いことを評決した。
次にグンターの行為について"告発"を行い、軍法会議開催を求めることも評決した。
保安局員1個小隊が入室し、項垂れたグンターを拘束し連行していく・・・。
こうして、マリーエンブルク領前代未聞で激動の査問会は終了したのであった。
ノエルとヴァネッサは、ノエルの邸宅に戻る車中の後部座席にあった。
今回まったく出番がなかったノエルが、隣のヴァネッサに声を掛けた。
「取り敢えずは切り抜けたね・・・。これからも、こんな事が続くんだろうか・・・?」
ヴァネッサは毅然として前を向く。
そして如何にもヴァネッサらしい言い方で。
「何があろうと、わたくしは中佐殿をお守りします」
その言い方に思わず笑いを溢しながらも、ノエルがふたたびヴァネッサに囁く。
「さしずめ、オレの白馬の騎士はヴァネッサだと言う訳だ・・・。でも、君がいてくれてオレは嬉しい・・・」
そして、そっとヴァネッサの手に優しく触れる。
「・・・」
ヴァネッサは無言で俯き、その手をそっと握り返す。・・・その表情は見えない。
マリーエンブルクの、そしてノエルとヴァネッサの、長くて"狂騒の"一日は、ようやく終わろうとしていた。
一度やってみたかった、法廷ものです。
我ながら、楽しんで書けましたが皆様の感想はいかがでしょうか?