インターミッション 1.5
査問会開始前にお茶を
首都惑星マリーエン ザルツァ家宮殿グンターの私室
グンターは傍らの侍従に、自らを落ち着かせるように尋ねた。
「それで伝言は?」
「"万事抜かりなく"とだけ。・・・監視の目が厳しくなったため、今後当面連絡は取れないそうです」
グンターが尋ねた伝言の相手とは、"芙蓉"であった。
彼女が全ての段取りを整え、証拠を準備した。
グンターは"決行者"を用意しただけだ。
その決行者は、先ほど都市郊外で交通事故を起こし死亡した。
本体も同時に失われた。グンターの関与を示す証拠は何もない。
後は、罪を"あの者"に擦り付けるだけだ・・・。
大丈夫だ。想定問答通りにやればうまく行く・・・。
グンターは、自分を落ち着かせるように、お茶を一杯飲んだ。
ここで追い落とさなければ、この先は"あの者"の思い通りのマリーエンブルクになってしまう。
そんなマリーエンブルクに、最早自分の居場所はない。"芙蓉"の言う通りだ・・・。
既に、自分はルビコン川を渡ってしまったのだ。最早引き返せない・・・。
それでも、"あの者"を排除し、自分が"あの者"の力の源泉を手に入れさえすれば、"救国の英雄"の座は自分のものだ。
そして自分は、次期辺境伯としてマリーエンブルクの力を背景に、いずれ星系世界に君臨するのだ。
・・・侍従に一番肝心な事を確認する。
「査問会のメンバーは?」
「グンター様の思惑通りになりました。ローリエ中佐の台頭を快く思わない一派で過半数を占めています」
侍従がグンターを安心させる。
大丈夫だ・・・。計画に穴はない。
全ては自分の思い通りになる・・・。
そう自身に言い聞かせ、グンターはもう一杯お茶を飲み、扉の向こうに歩きだした。
首都惑星マリーエン ノルトライン家別邸アレックの私室
アレックは自分のお茶を飲みながら、目の前で同じくお茶を飲む女性に尋ねる。
「珍しいですね。あなたからは、もう私には会いに来ないとのお約束だったのでは?」
女性は答える。
「その通りでしたが、ここでの任務が完了したので、そろそろお暇してドラコに戻る前に一言だけご挨拶をと・・・」
アレックは如何にも関心なさげに、彼女の来訪の意図を尋ねる。
「そうですか・・・。それはご丁寧にどうも。では全てが予定通りだと?」
女性は如才なく、そしてすかさず取引を持ち掛ける。
そして"何か"をそっとテーブルの上に置く。。
「ええ、そう受け取っていただければと・・・。これはささやかながら、これまでのご厚意に対するわたくしの感謝のしるしと言うことで・・・」
「・・・ところで、アレック様は・・・"兜草"にご関心は?」
"兜草"とは、ドラコ領特産の珍しい"毒花"であった。
(なるほど、埋伏の毒・・・と言うわけですか)
「おやおや・・・。さては、またもや私からむしり取ろうと?」
「わたくしの欲しいものを、アレック様はちゃんとご存知かと思いまして・・・」
(・・・そうですか・・・そろそろこちらに戻りたいとね)
「分かりました。・・・お嬢様にはちゃんとお伝えしておきます」
「ありがとうございます。わたくしもこちらを伺った甲斐がありましたわ。それではご機嫌よう」
女性は席を立ち、颯爽と部屋を出て行った。
アレックは何やら考えている。
・・・本当に彼女達の扱いは難しい。
忠誠心など初めから存在しないので、皆が情勢の変化と利害関係次第ですぐに立場を変える。
しかしエージェントとは、そもそもがそう言う存在だ。
いちいち気にはしない。
そしてアレックはその長でもあるのだ。
・・・そろそろ潮時かも知れない。
アレも一緒に動かしても良いだろう.
それからアレックは、自身の主人について思いを馳せる。
彼女は彼自身の主人に相応しい力量を持つ人物だ。
「さて・・・、そろそろお嬢様がこの始末をつけられるだけではあるが・・・。予定のものは手に入り、どうやらお嬢様にお届けする時間もありそうだ・・・」
珍しくアレックが独り言を漏らし、時計をちらと見て、もう一口だけお茶を口に含んだ。