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プロローグ

プロローグ


取り換え子の運命


「ミスティ!ロクサーヌ様がお呼びだ。すぐ向かうように」

ミスティがいつもの様に、城の庭園でエリクと遊んでいると、突然エリクの叔父ギルドールが呼びに来た。

珍しいなと思いながらも、ミスティは傍にいるエリクに声を掛ける。

「行きましょう。エリク様」

「いえ。エリク様はここで私と共に・・・。ミスティ、お前だけが向かいなさい」

ギルドールはエリクを引き留め、ミスティだけをロクサーヌの下へ行くよう促した。


場所はミドガルド帝国の首都アキレウスにあるイスカンダル城。

時は稀代の英雄であった、エリクサンデル大王ターワンの死から13年が経った春である。

ロクサーヌは大王の正妃であり、エリクはその息子で、正式名称はエリクサンデル二世と言う。

ミスティは大王の部将の一人ベルトランの娘で、母はエリクの乳母をしていたので、同い年のエリクとは乳兄弟と呼べなくもない。

エリクサンデル大王ターワンは、10年に及ぶ世界遠征でミドガルド大陸の大半を征服したが、その凱旋帰還途中に突然として病没した。

ロクサーヌは、遠征先で大王と同盟を結んだ有力部族の出身で、当時大王と婚姻して半年ばかりであったが、既にその身に大王の子を宿していた。

エリクサンデル大王ターワンは、臨終の床で居並ぶ自身の部将たちに、ロクサーヌと生まれてくる子への忠誠を誓わせ、ベルトランにその守護を命じたのち、息を引き取ったのだった。

しかし、部将たちの大王への忠誠の誓いは長続きしなかった。

ベルトランが身重のロクサーヌを首都アキレウスに送り届けてすぐ、他の部将たちによりミドガルド帝国継承戦争が引き起こされたのだ。

大王の部将たちは帝国の有力都市に割拠し、"我こそは大王の後継者である"と相争ったのである。

そんな戦乱の最中、ロクサーヌは大王の子を出産した。

ちょうど同じ日に、ベルトランの妻パルシネも自身の子を出産した。

乳の出が悪かったロクサーヌに代わり、パルシネが二人の子に乳を与えたのだった。

そうして・・・既に13年が過ぎた。ミスティとエリクは13歳になっていた。

帝国継承戦争は未だ続いており、ベルトランも首都アキレウスを本拠に、他の3人の部将たちと激しい戦争の最中にあった。

そんなある日の事であった。


「只今参上しました。何か御用でしょうか?ロクサーヌ様」

ミスティがロクサーヌに尋ねる。

ロクサーヌの部屋に通されたミスティは、いつもとは違う部屋の様子に少し驚く。

通常傍に控えている侍女たちが部屋を出されていた。

部屋の中はミスティと二人きりだった。

ロクサーヌは暫くの間、何か思い詰めるようにミスティを見つめ続けていた。

そして、ようやくミスティに語り掛けた。

「・・・悲しい知らせがあります。ベルトランが戦いに敗れ亡くなりました。勇敢に戦ったけれども、敵3部将の連合軍に敗れたのです・・・」

「ええっ!お父様が!?」

ミスティは仰天し、思わず叫んでしまった。

ロクサーヌは続ける。

「ベルトラン亡き今、私たちを守るものはいなくなりました・・・。敵の軍勢は数日中にでも、ここアキレウスに押し寄せるでしょう」

「・・・・」

ミスティは色んな思いがいっぺんにに頭を駆け巡り、考えが纏まらず言葉も出て来ない。

そこからロクサーヌは、更にミスティが驚愕する話を始めた。

「あなたにとても大切な話があります。あなたは、本当はベルトランの子ではなく、エリクサンデル大王ターワンの、・・・わたくしの子です」

「・・・。だって、エリクが・・・エリクサンデル二世様がいらっしゃる・・・」

ミスティは唖然として呟く。

「とても、抜き差しならない事情があったのです。あなたが生まれた時、すでに帝国は大王の部将たちによる継承戦争の最中にありました」

「そんな時に生まれたあなたは女性だった・・・。このミドガルド帝国で女は大王ターワンにはなれない。だから同じ日に生まれたベルトランの子エリクとあなたを取り換えて、彼をエリクサンデル二世とするしかなかった」

「エリクサンデル大王に男の嫡子が居なければ、ベルトランは私たちを守る大義名分を失う・・・。苦渋の選択だったのです」

「いつか戦乱が収まれば、真実を明らかに出来る日も来ると信じて、今まであなたにはこの秘密を隠していましたが、残念ながらつらい現実が今日訪れました」

「・・・」

ミスティは、ロクサーヌの言葉を混乱したまま聞くだけである。

(わたしが大王の、・・・ロクサーヌ様の娘?)

ロクサーヌはまた話を続ける。

「聞きなさい、ミスティ。わたくしはあなたの父、エリクサンデル大王ターワンと約束をしました。生まれる子が男の子であれば、エリクサンデルと名づけ大王の跡を継がせる。女の子だった場合は、わたくしの出身部族の故郷"ミスランディア"に戻すと・・・。ミスティ・・・あなたの本当の名は"ミスラルディ"と言います。″伝説のミスランディアのおさ″が継承すると預言された名前です」

「わたくしは、敵がここに来る前にあなたを逃がし、わたくしの故郷へと送ります。それすらも簡単な事ではありませんが・・・」

「敵の3部将にとって、わたくしとエリク・・・大王の子供は、彼らにとって邪魔なだけの存在です。この都と共に滅ぼされるでしょう」

ミスティはまた驚き大声をあげた。

「そんな酷い!ロクサーヌ様も、エリクも殺されるって!ここを一緒に逃げ出すこと・・・は?」

ロクサーヌは寂しそうに少しだけ笑い・・・首を横に振る。

「それは・・・出来ません。敵はわたくしとエリクが逃げ出したと知れば、どこまでもわたくし達の行方を追ってきます。一緒に居ればあなたまでも捕まる」

「・・・わたくしは大王ターワンとわたくしの血を受け継いだあなたを、何としても故郷に返したい・・・。その為にはわたくしとエリク・・・可哀そうなエリクは、ここで死なねばならないのです」

ミスティはあまりに、あまりな悲惨すぎる話に言葉が続かない。

それで、気懸りであった育ての親の動向を恐々と尋ねた。

「お母さま・・・いえ・・・パルシネ様は・・・?」とだけ尋ねた。

ロクサーヌはとても悲し気な目をして、ミスティを見つめつつ事実だけを述べた。

「ベルトランの死の便りを聞いて、ほんの少し前に毒を・・・飲みました。あなたのこれからの事をわたくしに託して・・・」

「パルシネは覚悟していたのです。いつかこんな日が来ると・・・。あなたと自分の子を取り換えた時から・・・」

ミスティはもう話を聞いてはいなかった。

気が遠くなる・・・。

漆黒の闇がミスティの頭の中を染め尽くした・・・。


ミスティが気を取り戻したのは、それから随分と時が過ぎた後であったようだ。

ミスティがロクサーヌに呼ばれたのは昼前だったが、今はもう日が傾きつつあった。

(エリクは何をしているだろうか・・・?)

ぼんやりと、場違いな思いが脳裏に浮かんだ次の瞬間、ミスティはこれまでの出来事を瞬時に思い出した。

飛び起きたミスティは、今もロクサーヌの部屋におり、彼女の寝台に寝かされていた。

傍らにはロクサーヌが椅子に腰かけ、ミスティの髪を優しく撫でていた。

「起きましたか?ミスティ。ようやく・・・、初めてあなたの母親らしい真似事ができました」

嬉しそうにロクサーヌが話しかける。

「真実を知るのはパルシネと私だけ・・・。周り全てを欺くのはとても大変だったのですよ」

彼女は少しだけ笑う。

「・・・パルシネ様もお辛らかったんですね。でも・・・わたしはあの方にとても可愛がって頂きました・・・」

彼女の面影を思い出すようにミスティが呟く。

ロクサーヌも肯定する。

「そうですね・・・。彼女も、ベルトランも高潔な忠義者でした。大王ターワンの一番の部下であり友人でした。・・・彼女たち二人の魂に、精霊たちの祝福があらんことを・・・」

そしてロクサーヌはミスティを寝室から連れ出し、最初に居た部屋に戻る。

やはり誰もいない・・・いや部屋の隅に一人の見知った人物がいた。

エリクの叔父の・・・いや今はもう違う、わたしの叔父だ・・・。

その人はロクサーヌの弟ギルドールであった。

ギルドールは、ロクサーヌが大王に輿入れした時に、彼女の唯一の肉親として一緒にミドガルド帝国に来たのだった。

「ギルドール。最後のお願いです。これからミスティを連れ城を出て、"ミスランディア"に戻りなさい。・・・もう時間がありません」

ロクサーヌの依頼に、ギルドールが静かに応じる。

「この身に代えましても・・・」

ギルドールは全ての事情を承知している様子であった。

ミスティは思わず尋ねてしまった。

「エリクには・・・?」

「・・・もう会う事は出来ません。あの子にはわたくしと共に果たすべき大切な役目があります。大王ターワンの妻と子として、立派に生を終えると言う最後の務めが・・・。彼が真実を知る事はありません」

悲しみのあまり涙するミスティを、ロクサーヌは優しく静かに抱きしめる。

「ああ・・。ずっとこうして居たかった。でもそれももう叶いません。・・・大王ターワンは世界を征服されましたが、それで・・・一体何を残されたのでしょうね?」

それからロクサーヌは、このようにミスティに尋ねる。

「ミスティ・・・ミスラルディ。あなたが生まれた時に貰ったお守りがあるはずです。そのお守りはわたくしがミスランディアを出た時、先代の族長から受取り、あなたが生まれた時にあなたに託したものです。それを今一度わたくしに見せてください」

ミスティは言われるまま、いつも肌身離さず身に着けている"お守り"を首筋から取り出し、ロクサーヌに見せる。

そのお守りは琥珀製の宝玉で、中心部に何かの小さな影が見える。

特に何の変哲もない古代の樹脂から出来たお守りであった。

・・・今までは。

ロクサーヌはそのお守りを、ミスティの両手ごと包み込み、何やらミスティが判らない"言葉"を唱えた・・・。

するとそのお守りは、色を琥珀の黄から水色に変え、中の影が少しだけ大きくなって蠢き始めた。

ロクサーヌはミスティに静かに告げる。

「これは我が部族に伝わる、守り神の精霊です。しかし今はまだ、その精霊は持つ力の全ては発揮出来ないでしょう。例えそうであっても、"これ"はこれからのあなたの力になるはずです」

「わたくしは、これをわたくしの母から受け継いだ時、このような言葉も一緒に受け継ぎました。"この精霊が故郷に戻る時、新たな出会いが生まれる。その時こそ、この精霊は本来の力を現し、共にこの世界を救済するであろう"と。・・・こんなにも悲しく、争いが絶えぬこの世界をと」

「ミスティ・・・ミスラルディ・・・。あなたが助けを必要とする時、こう唱えなさい。"ヴィルヤ"と」

ロクサーヌは、ミスティをもう一度強く抱きしめて・・・名残惜しそうに離した。

「ミスティ・・・ミスラルディ・・・。母から最期の言葉があります。必ず、エリクやわたくしの分まで生きなさい!あなたが生き残るために、命を失った人々を決して忘れない様に・・・。そしていつの日か、この悲しみに満ちた世界を救ってください・・・」

ロクサーヌは、再びギルドールに向き直った。

「ギルドール・・・。ミスティをあなたに託します。さあ、行ってください。敵はもうすぐそこまで迫っています」


こうしてミスティは、初めて母と知った人に永遠とわの別れを告げ、幼馴染には別れを告げることも許されず、育ての親とは死別した。

そして追われるが如く慣れ親しんだ城をも離れて、はるか遠い"ミスランディア"の地へと流浪の旅に出たのだった。

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