44 (最終話)
そうして、春が来た。
リゼットはエクトルとともに、ユーア帝国に向かった。
ゼフィールやアーチボルド。そしてアリアが、見送りをしてくれる。
色々とリゼットを助けてくれた、大切な人たちだ。
彼らと別れるのも寂しくて、泣き出しそうになってしまったけれど、もう二度と会えないわけではない。
隣国として、これからはキニーダ王国の王太子夫妻とユーア帝国の皇太子夫妻として、末永く付き合っていくことになるだろう。
メイドとして仕えてくれたマーガレットは、驚いたことに一緒にユーア帝国に行ってくれることになった。
エクトルがいてくれるとはいえ、異国の地でひとりきりは心細いだろうと、自ら志願してくれたのだ。
彼女には家族もいないらしく、これからもリゼットに仕えたいと言ってくれた。
「ありがとう。とても心強いわ」
素直にお礼を言うと、マーガレットはとても嬉しそうに笑ってくれた。
隣国までは、馬車で十日ほどだが、エクトルの体調を考慮して、もう少しゆっくりと進むようだ。
けれど彼はこの国に来たときとは比べものにならないほど回復していて、むしろリゼットの方が馬車に酔ってしまい、エクトルに介抱されたくらいだ。
「ここに横になって。少し休んだ方がいい」
優しく甲斐甲斐しく世話をされてしまい、少しくすぐったいような思いをしながらも、彼のお陰でかなり回復することができた。
国境を越えると、キニーダ王国とはまったく違う世界が広がっていた。
国を出たことがなかったリゼットは、窓から見える景色にすっかりと魅せられてしまった。
北方に位置するユーア帝国は山で囲まれていて、その山にはまだ雪が残っていた。
雪を見たことのないリゼットは、冬になったら帝都にも雪が降ると聞いて、今からとても楽しみだった。
ユーア帝国の帝都は整然とした街並みで、帝都の周囲には堀のようなものがある。
敵の侵入を防ぐためかと思ったが、エクトルに聞いてみると、雪が降ったときに、除雪した雪を捨てる場所が必要だという答えが返ってきた。
「そんなに降るのですか?」
「その年による。今年の冬はとくに多かったみたいだな」
帝都の様子を眺めているうちに、馬車はユーア帝国の帝城に辿り着いた。
「……」
想像以上に大きく、立派な城に、思わず言葉を失う。
呆然と見上げているうちに、馬車はゆっくりと入り口に停まった。
窓の外にはたくさんの使用人や貴族らしき人たちが並んでいて、二年ぶりに帰国した皇太子とリゼットを出迎えてくれた。
少し緊張したが、リゼットのことも温かく迎え入れてくれた。
後から聞いた話だったけれど、エクトルがリゼットにどれだけ救われたのか。リゼットのお陰で生きる気力が戻ってきたのだと、散々説明してくれていたようだ。
婚約を承諾していると言っていたエクトルの言葉通り、ユーア帝国の皇帝陛下もリゼットを歓迎し、息子を頼むと何度も頭を下げてくれた。
エクトルと同じ銀色の髪の、精悍な男性だった。
皇帝はエクトルの母が亡くなったあと、皇妃にしてほしいという側妃の願いを、ずっと退けていたらしい。
彼女が皇妃になれば、その息子である異母兄も皇妃の子になってしまう。
皇位を巡って国が争わないために、ずっとその願いを退けていたらしい。
それが恨みを積もらせる原因になってしまったかもしれないと、リゼットにだけ打ち明けてくれた。
未だに、あのときのことを夢に見るのだと。
リゼットだって何度も、父を助ける夢を見た。
叔父の企みから父を守り、ふたりで生きていく夢を、何度も見た。
けれど、どんなに後悔しても過去には戻れない。
それならば、今だけを見つめて、後悔する過去にならないように、精一杯生きるだけだ。
猛勉強したお陰で、学園にも難なく編入することができた。
さすがにひとりも知り合いのいない学園生活は不安だったが、もし何かあってもあと一年で卒業できる。
そう思っていたのだが、リゼットと入れ替わるようにキニーダ王国に移住したアリアが、手を回してくれたらしく、みんな優しく迎え入れてくれた。
そもそも勉学に勤しむ令嬢が多く、人に嫌がらせをする暇があれば勉強するような人たちばかりで、リゼットも強い刺激を受けた。
皇太子妃となる勉強をしながら、リゼットはエクトルと本当の家族になる日を待ち望んでいる。
そうして、一年後の春。
リゼットは、マーガレットの手を借りて、念入りに支度をしていた。
純白のドレスは、最高級のシルクがふんだんに使われていて、かなり豪華なものだ。
飲食も忘れて勉強していたせいで痩せたり、逆に帝国の料理やお菓子が美味しくて太ってしまったりして、何度もドレスを調整してもらった。
迷惑を掛けてしまった、思い出のドレスである。
結婚指輪もかなり豪華なものだった。
最初こそ一度しか着ないドレスなのに勿体ないと思ったけれど、結婚式のドレスは夫からの愛情の表れだとマーガレットに教えられて、素直に喜んだ。
皆、結婚式のドレスを見て、花嫁がどれだけ愛されているのか判断するらしい。
帝国のメイドが教えてくれたことによると、リゼットのドレスは皇室の歴史を遡ってみても、胃、二を争うくらい豪奢なドレスのようだ。
エクトルは自らの愛をこうして形で示して、他国から嫁ぐリゼットが侮られないように考慮してくれたのだろう。
その気遣いが、とても嬉しい。
リゼットの首元に飾られているのは、エクトルが買い戻してくれた、母の形見だ。
母も祖母から受け継いだもので、もしリゼットに娘が生まれた場合、その子に引き継がれていくのだろう。
オフレ公爵家の秘宝は、ユーア帝国の皇室に受け継がれていくのだ。
鏡に映った首飾りを感慨深く眺めていたら、祝砲の音が鳴り響いた。
今日は皇太子の結婚式が執り行われる日で、各国からも祝いの言葉が数多く届いていた。
来年には結婚して、王太子妃となる予定のアリアも出席してくれる。
オフレ公爵家の領地運営は順調で、誠実で勤勉な人が多い領地だったと褒めてくれた。
それは、リゼットの父が堅実な領地運営をしていた結果だと言ってくれる。
彼女曰く、領民は領主に似るという。
だとしたらアリアの領地だった場所も、優しくて勤勉な人たちばかりだろう。
ユーア帝国では一年だけの学園生活だったが、ここでは友人もたくさんできて、とても楽しい学生生活を終えることができた。
それは、向こうでは体験できなかったことだ。
今日の結婚式にも、たくさんの友人が参列してくれた。
皆、リゼットをエクトルの婚約者だったり、外国人だったりという目線で見ない、大切な本物の友人たちである。
身支度を終えたリゼットは、エクトルの様子が気になって、部屋の様子を覗き込んでみる。
きっちりと正装したエクトルは、思わず見惚れてしまうほどである。本当にこの人が、今から自分の夫になるかと思うと、まだ信じられないくらいだ。
彼の体調もここ最近は落ち着いていて、よほど無理をしなければ倒れることもなくなった。
それでも毒によって弱った身体は回復も難しいようで、たまに熱を出して寝込んだりもする。
そんなときは必ず、うさぎのクッキーを作って差し入れをしていた。
ふたりの思い出の品である。
「リゼット、準備は終わったのか?」
そんなエクトルもリゼットのドレス姿を見て目を細め、綺麗だと言ってくれた。
その優しい言葉に、心が満たされていく。
結婚式の最中に、ふと亡くなった両親のことを思う。
娘がこれほどしあわせな結婚をすることができて、きっと喜んでくれるに違いない。
今まで色々なことがあった。
つらいことの方が、多い人生だったかもしれない。
でもこうして愛する人と巡り合い、結ばれる自分は、やはりしあわせだったと思う。
たくさんの人に祝福され、永遠の愛を誓いながら、リゼットは花のように微笑んだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
こちら、書籍化が決定しております。
素晴らしいイラストレーター様に担当していただき、後日談も加筆しておりますので、よかったら書籍版もよろしくお願いいたします!




