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それからは、レオンスの贈り物だけはきちんとリゼットに届けられるようになった。
贈り物は、流行のドレスや装飾品など、当たり障りのないものばかりである。
彼自身が選んだものではないのは明白ではあったが、それでもリゼットが自分のものとして手にすることができるのは、これだけだ。
けれどあの件で、マリーゼはリゼットに対する恨みを募らせてしまったようだ。
先ほどのように、用もないのにリゼットの部屋を訪れては、貶めるような言葉を口にしていく。
何を言われてもリゼットが聞き流しているのも、気に入らないのだろう。
けれど春になれば、リゼットは王立学園に入学する。
オフレ公爵家の屋敷は王都にあるが、学園には地方から通う者のために、学園寮もあった。
リゼットは、その学園寮に入るつもりだ。
そうすれば名だけの家族とも、リゼットを公爵家の令嬢として扱わない使用人たちとも離れられる。
叔父は一応、学園に入るための手続きはしてくれたようだ。
貴族籍を持っているリゼットが学園に入らなかったら、罰せられるのは後見人である叔父である。
だからリゼットの将来のためではなく、自分の保身のためだろう。
学園の寮に入りたいと伝えていたので、その手続きもしてくれたが、寮に連れて行くメイドなどの手配はしてくれないようである。
リゼットに付き従う者などいないし、むしろ今までのような態度なら、いないほうがましだ。それに放置されていた間、メイドとして働いていたので、自分のことは自分でできるようになっていた。
(ああ、はやく春にならないかしら……)
まだ寒さの残る朝。
暖炉の火もない暗い部屋で寒さに凍えながら、リゼットは春を待ち侘びていた。
そして、季節は巡る。
春になり、リゼットは無事に王立学園に入学することができた。
もちろん、叔父からの支援などまったく期待できない。
リゼットは自分で準備を整え、荷物を持って公爵邸を出た。
付き添いはもちろん、見送る者もいない。
馬車も出してもらえないようなので、徒歩で行くつもりだ。同じ王都内だし、荷物も多くないので大丈夫だろう。
(学園が、制服でよかった)
父に買ってもらった服は、大きくなってしまってもう着られなかった。
レオンスから贈ってもらったドレスしかないので、もし学園が制服ではなかったら着るものにも困っていただろう。
荷物をきっちりとまとめ、自分の狭い部屋を出る。
リゼットがいなければ、ここもまた倉庫に戻るのかもしれない。
さすがにドレス姿で町を歩くわけにはいかないから、いつものメイド服を着ている。
すっかり着慣れてしまって、ドレスよりも快適なくらいだ。
何度も休みながら、ゆっくりと王都の町を歩く。
ただメイドが荷物を運んでいるようにしか見えないので、危険な目に合うこともなく、夕方には学園寮に辿り着くことができた。
学園寮の警備員には、オフレ公爵令嬢リゼット付きのメイドで、荷物を届けに来たと告げる。
警備員は名簿を見て、リゼットはまだ到着していないと言ったが、荷物を部屋まで届けることを許可してくれた。
(よかった……)
リゼットは自分の部屋に荷物を置くと、学園の制服に着替え、書類を持って受付に向かう。
地方から寮に入る学生が次々と到着していたので、そう不審に思われることもなく、受付を終えることができた。
今まで住んでいた部屋よりも遥かに上等な部屋で、リゼットはソファに座ってゆっくりと深呼吸をした。
メイドとして少し働いたことがあるとはいえ、さすがに歩き続けたので足が痛い。はしたないとは思うが、制服のまま靴を脱いで、ベッドの上に座った。
ここには叔父がいない。義母もいない。
憎々しげに自分を睨み据える、マリーゼもいないのだ。
解放感から、思わず笑みを浮かべてしまう。
それでも、浮かれてばかりもいられない。
リゼットにとってこの学園生活は、とても貴重なものだ。
今までの遅れを取り戻すのは容易ではないだろうが、この三年間で、公爵令嬢として必要な勉強をしっかりと学ばなくてはならない。
だが他の貴族の令嬢たちと違って、リゼットの場合は、ただ勉強をしていれば良いというわけではない。メイドがひとりもいないので、自分の力で生活していかなくてはならない。
ベッドに座ったまま、寮生活のためのパンフレットを開く。
学園寮の部屋は綺麗だったが、食堂はなかった。
ここに住んでいるのは貴族ばかりなので、安全のためにも、それぞれ連れてきたメイドが主のために食事の支度をするようだ。
(私は、自分で食事の用意をしなくてはならないのね)
公爵家では専用の料理人がいるので、食事の支度はメイドの仕事ではなかった。少し不安だったが、自分で何とかするしかない。
次に、寮の地図を広げた。
一階には受付と、多目的ホール。図書室もある。
共同で使える広いキッチンと、食材を売っている店もあるようだ。メイドたちは町に出なくともここで材料をそろえ、主のために食事の用意をすることができるようだ。
(一階の共同のキッチンも使えるけれど、私の部屋でも、料理ができるようになっているのね)
部屋によっては共同キッチンしか使えないようだが、爵位によって部屋の大きさが違うようなので、一応公爵令嬢であるリゼットの部屋は、この寮の中でも最大のものなのだろう。
もっとも高位貴族の令嬢はほとんど王都に住んでいるので、寮を選んだのはリゼットしかいないかもしれない。
「本当に広い部屋ね」
見渡して、思わずそう呟く。
メイドの部屋もあり、応接間もある。
屋敷では物置だった場所に押し込められていたので、少し持て余すくらいだ。
備え付けの家具があってよかったと思う。持ち出せたのは、レオンスから贈られたドレスと、着古した部屋着くらいだ。
着替えくらいしか持ってこられなかったので、備え付けの家具があってよかったと思う。
ここで、リゼットの新しい生活が始まる。
来年になればマリーゼも入学するだろうが、学年が違うため、会う機会もほとんどないだろう。
「今から来年のことを考えても、仕方がないわ」
そう声を上げると、気合を入れるように頬をぱちりと叩いた。
今は来年のことなど考えずに、新しい学園生活のために、色々と準備をしなくてはならない。
服を着たり髪を整えたりするのは、もうひとりでできるが、料理だけはしたことがない。
(これからは、料理も覚えないと)
誰にも頼れないのだから、自分で何とかするしかなかった。
もう一度制服からメイド服に着替えて、学園内を歩く。
同じように各家のメイドが、主のために忙しく歩き回っていた。
食材を売っているのは、合同キッチンのすぐ近くだ。子爵や男爵の部屋にはキッチンがないようで、すでにたくさんのメイドが集まっていた。
彼女たちの手順をそれとなく眺めたあと、寮内にある販売店で食材を買う。
父の遺産はあるが、成人するまでは受け取ることができないようになっている。
叔父が後見人になってからも祖父が管理してくれて、亡くなる際に遺産を管理する公的機関に預けてくれた。
そのお陰で叔父も、父の個人的な遺産には、手を出すことはできなかった。
(学園の学費と寮の費用は、お父さまの遺産から出してもらえるから、三年間の生活費だけは何とかしないと)
それは自分の屋敷でメイドとして働いた給金で、何とかするしかない。
(パンがそのまま売っていて、よかった)
さすがに、手順を覚えて上手く焼けるようになるまでは時間が掛かるだろうし、それまでにパンが食べられないのはつらい。
部屋に戻ると、さっそく夕食の支度に取り掛かる。
調理道具は、共同キッチンで借りることができた。
そこでメイドたちがやっていたように、野菜を小さく切って鍋で煮てみる。
きっとスープになるだろうと思っていたが、味があまりしない。
「ああ、調味料が必要なのね」
今度は調味料も揃えなければならないだろう。
野菜も煮崩れてしまったものや、まだ固いものなどがあって失敗のようだ。
それでも、初めて自分で作った食事だ。
キッチンから借りてきた食器に配膳すると、ダイニングルームに運ぶ。
買ってきたパンをスープと一緒に半分だけ食べて、残りは明日の朝に食べるつもりだ。
「……おいしい」
スープは失敗したが、パンは固くなく、柔らかだった。
柔らかいパンはひさしぶりだ。
それに感動してもう少し食べたいと思うが、そうすると明日の朝の分がなくなってしまう。
三年間でどれくらいのお金が必要になるのか、まだ見当もつかない。それをしっかりと把握できるまで、節約するべきだ。
(うん。我慢しよう)
リゼットは後片付けを終えると、着替えをしてベッドに潜り込んだ。
ここまで歩き、色々と準備をしたので疲れ果てていた。
(これから、学園生活が始まる……)
あの屋敷から離れたことで、気持ちも少し上向きになっていた。
いずれオフレ公爵家を継ぐレオンスの役に立てるように、しっかりと勉強を頑張ろうと思う。