35
「何よ、自分のやり方が悪かっただけじゃない。私のせいにしないでほしいわ」
「何だと?」
醜い言い争いに、ゼフィールがさっと手を上げると、背後にいた騎士たちがふたりの口を布で封じる。
「これほどの罪を重ねたのだ。極刑は覚悟しているだろう?」
それでもしばらく騒いでいたふたりだったが、冷酷なゼフィールの言葉に、青ざめて俯いた。
叔父の刑は、父を殺した毒と同じものを、父が摂取させられた期間と同じだけ飲むもの。
そして義母は、僻地での労働刑となり、今までオフレ公爵家から奪った財産の返還を求められた。
それは膨大な額であり、一生働いても返せないかもしれない。
叔父は放心し、義母は泣き崩れた。
さすがのマリーゼも、青ざめた顔をして震えている。
それは、今までのような演技ではなかった。
「……レオンス様」
マリーゼが助けを求めるようにレオンスを見ると、それに奮起したのか、レオンスがゼフィールに訴える。
「自分がオフレ公爵代理の娘であることを、マリーゼは知らなかったのだ。彼女も騙されていただけ。被害者だ!」
それに答えたのは、ゼフィールではなかった。
「自分が冷遇されていると、異母姉に虐められていたと嘘の証言をする者が、被害者だと?」
怒りを滲ませるエクトルの言葉に、レオンスは気圧されて口を噤む。
つい最近まで毒に冒されていたとは思えないほど、エクトルの瞳は鋭い瞳を帯びている。
「むしろリゼットを苦しめて楽しんでいたのだろう。欲に溺れた両親よりも、質が悪い」
「そ、そんな……。酷い……」
エクトルの辛辣な言葉に、マリーゼの瞳にたちまち涙が溢れる。
「貴様、マリーゼを侮辱するとは!」
激高したレオンスがエクトルに詰め寄ろうとするが、たちまち騎士たちに取り押さえられた。
「何をする、無礼者!」
レオンスがわめきたてるが、騎士たちはレオンスを解放しようとしない。ますます強く押さえつけられて、うめき声を上げる。
「貴様ら、こんなことをしてどうなるかわかっているのか? 父上が黙ってはいないぞ」
「心配するな。父にはすでに、すべて報告している」
ゼフィールの言葉に、レオンスはびくりと身体を震わせた。
「ち、父上に?」
「ああ。王族としては軽率な行動ばかりで、失望した。そう言っていた。これ以上自分の立場を悪くするようなことは、言わない方が良い。しかも彼女は、オフレ公爵代理よりも重い罪を犯している」
「え」
レオンスは呆然とした顔でマリーゼを見つめた。
「わたしは、そんなことはしていません。レオンス様、どうか信じてください!」
マリーゼは涙ながらに訴えている。
その様子はあまりにも悲しげで、同性のリゼットから見ても儚く、可憐だった。
今までのレオンスならば、そんなマリーゼを見たら何が何でも守ろうとしただろう。エクトルだけではなく、ゼフィールにも反論したかもしれない。
けれど、父に失望したと言われたことで、相当動揺している様子だった。
「マリーゼの罪とは……」
「レオンス様、ひどい……」
ぽろぽろと涙を流すマリーゼを見ようともせず、レオンスは異母兄だけを見つめている。
「例の男を」
エクトルが騎士にそう指示すると、彼はひとりの男を連れてきた。
項垂れた様子のその男を一目見たマリーゼが、青ざめた顔をして、その名を呼ぶ。
「クリス!」
クリスと呼ばれたのは、マリーゼのお気に入りの従者だった。
リゼットが襲われたとき、暴漢たちを指示していたこの男を、近衛騎士たちは捕らえたのだろう。
「マリーゼ様、申し訳ございません……」
呻くようにそう言った従者の言葉に、マリーゼは激しく動揺していた。
「先日、町に出たリゼットを殺そうとした男たちがいた。その男たちを指示していたのが、この男だ」
「リゼットを?」
レオンスは困惑したまま、マリーゼとリゼットを交互に見つめている。
今までマリーゼを、か弱く健気な令嬢だと信じていたレオンスは、信じられないような顔をして、マリーゼを見た。
「まさか、そんなことを」
「レオンス様、わたしは無実です。信じてください!」
悲痛な叫びに、レオンスは手を伸ばそうとした。
「この従者は、マリーゼの命によってリゼットを殺害しようとしたと、証言している。実行犯の男たちが謝礼としてもらった宝石も、オフレ公爵家から持ち出したものだと証明された」
「……クリス?」
自分の企みが露見したことよりも、従者が証言したことが信じられないようで、マリーゼは震える声で彼の名前を呼ぶ。
「あなたがわたしを裏切るなんて……。ひどいわ。愛しているって言ってくれたのに」
「どんなにあなたを愛しても、愛していると言って下さっても、あなたは王子と結婚するのでしょう? それなら、いっそともに……」
その会話を聞いて、リゼットは、マリーゼの本命が従者であったことを知る。
レオンスにもそれがわかったのだろう。
「マリーゼ、お前は……」
「ち、違うんです、レオンス様。わたしは……」
レオンスに縋ろうとしたマリーゼを、レオンスは以前リゼットにしたように、突き飛ばした。
「近寄るな!」
「きゃあっ」
床に転がったマリーゼを、騎士たちが拘束した。
「ではこのふたりは、ユーア帝国に引き渡してもらう」
エクトルがそう言うと、マリーゼとクリスは驚いたように彼を見た。
「え? どうして……」
「ユーア帝国とは」
リゼットも、異母妹がユーア帝国に引き渡されるとは知らなかった。
驚いてエクトルを見上げると、彼はとても厳しい顔でマリーゼを見ていた。
「この国で犯した罪もあるが、キニーダ国王と交渉して、こちらに引き渡してもらうことになった。ユーア帝国では、皇族に危害を加えた者は、地下にある牢獄で終身刑と決まっている」
「こ、皇族って……」
身に覚えのないことだと、マリーゼは味方を探して周囲を見渡す。




