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エクトルの怪我はそれほど酷くなかったが、毒の方が少し厄介で、ひと月ほどはベッドで療養することになってしまった。
毒に慣れていたという彼でこうなのだから、リゼットならば助からなかったかもしれない。
リゼットは献身的に彼に付き添い、甲斐甲斐しく世話をしていた。
エクトルが回復してきた頃に、ゼフィールが衝撃的な事実を教えてくれた。
以前彼は、リゼットの父の死後に迎え入れられたマリーゼは、正式に公爵家の娘になっていないのではないかと疑問を抱いていた。
そのことを、ゼフィールは調査してくれたのだ。
結果、マリーゼは正式にオフレ公爵家の養女にはなっていなかったことが判明した。
あれだけオフレ公爵家の屋敷で好き放題していた義母もマリーゼも、身分は平民のままだったのだ。
もちろん死後でも、きちんとした手続きをして、間違いなく当主の子だと証明されたら、貴族として認められることもある。
だが叔父は、そんな手続きすらしていなかった。
あれだけ異母妹を大切にしていたのに、どうしてきちんとした手続きをしなかったのか。
さらにマリーゼは貴族ではなかったのに、貴族だけが通う学園に入れてしまったことで、叔父にはさらに、何らかの処罰があるらしい。
もう父が亡くなって五年も経過している。
証拠も、父が書いたと言われている手紙と叔父の言葉だけで、それでマリーゼが亡くなった父の娘として認められることはなかった。
しかも義母が叔父の内縁の妻のような状態だったことが判明した。
「リゼットの叔父が公爵家を乗っ取るために、自分の娘を兄の子だと偽って連れてきたのではないか?」
リゼットと一緒にゼフィールの話を聞いていたエクトルは、マリーゼはリゼットの父ではなく、叔父の子ではないかと疑ったようだ。
たしかに義母が叔父の内縁の妻だった事実を知れば、それが一番自然に思える。
マリーゼと叔父の髪の色はまったく同じだ。
祖父も同じく薄い茶色だったので、その祖父から受け継いだものだとばかり思っていたが、叔父の子ではないかと言われてみれば、たしかにそう見える。
「その辺りを、もう少し調査するべきだな」
ゼフィールの言葉に、リゼットは俯いた。
もしマリーゼが異母妹ではなく本当に従妹だとしたら、リゼットは叔父を許せない。
マリーゼが父の隠し子で、愛されずに苦労して育った可哀そうな子だからと、大切なものを取り上げられ、憎まれても耐えてきたのだ。
エクトルも、叔父の罪は徹底的に追及するべきだと言ってくれた。
もしマリーゼが本当に叔父の子だったら、公爵家の乗っ取りを企んでいたことになり、レオンスと結婚どころか、親子ともども罪人として捕らえられることになるだろう。
それから、数日後。
リゼットはひさしぶりに正装して、王城の謁見室に向かっていた。
ついにすべての調査が終わったらしく、ゼフィールに呼び出されたのだ。
エクトルも一緒だが、彼はまだベッドから起き上がれるようになったばかりだ。出会ったばかりの頃のように、リゼットはエクトルを支えながら歩く。
大広間には叔父と義母。
そしてマリーゼとレオンスもいた。
叔父と義母、マリーゼは騎士によって拘束されていて、レオンスは戸惑ったように玉座にいる異母兄を見ている。
「全員、揃ったようだな」
ゼフィールはそう言うと、気遣うような視線をエクトルに向けた。
エクトルはそんなゼフィールに、小さく頷いている。
大丈夫だと悟ったのか、ゼフィールの顔が王太子のものになった。
「最初に、王城から重要書類を盗み出したオフレ公爵代理の罪状について。調査の結果、オフレ公爵代理の単独の犯行だが、深く関わっていた者はふたりいる」
そう言うと、レオンスは明らかに動揺した様子だった。
それに対してマリーゼは表情ひとつ変えずに、ただ悲しそうに俯いている。
騙されていたレオンスと、そんな彼を利用していたマリーゼの関係がよくわかる気がした。
(レオンス様は、マリーゼを愛していた。でも、マリーゼはどうだったのかしら?)
つい、そんなことを考えてしまう。
「レオンスと、マリーゼ。ふたりがオフレ公爵代理と共謀して、王城からレオンスとリゼットの婚約に関する契約書を盗み出した。異存はあるか?」
「違います! マリーゼは関係ありません。そこにいるリゼットが、すべて計画したことです」
叔父は声を荒げたが、背後にいた騎士に取り押さえられた。
「そんなに娘が大事なのか? 姪を冷遇して、陥れるほど」
ゼフィールの言葉に、抵抗していた叔父が、ぴたりと動きを止めた。
「な、何を仰っているのですか? マリーゼは、兄の隠し子で……」
「それについても、調査の結果が出ている」
その女性とかなり昔から、付き合いがあったこと。
もともと酒場に勤めていた義母が、叔父のお気に入りだったこと。
近所の人たちが、子どもができたことで口論をしていた叔父と義母の話を聞いていたことなど、次々に証拠が提示され、蒼白になっていく。
マリーゼは本当に、自分が亡き父の娘であり、援助も認知もされずに放置されていたと信じていたようだ。
「……叔父様、嘘でしょう?」
消え入るような小さな声でそう尋ねていたが、叔父は答えなかった。
「自分の娘を亡き兄の娘だと偽ったこと。それも、重大な罪だ」
ゼフィールは淡々とそう告げたあと、忌々しそうに顔を顰めた。
そして次の罪状は、正当なオフレ公爵の後継者であるリゼットに対する虐待。
これは叔父だけではなく、義母、マリーゼ、さらに屋敷に勤めていたメイドたちも告発されたようだ。
部屋から追い出し、食事もドレスも与えずに放置した。
そう読み上げられたとき、レオンスは驚いた顔でマリーゼを見た。
「嘘だろう? マリーゼは、自分が被害者だと……。異母姉に虐められていると、そう言っていただろう?」
「まだそんな噓を信じていたのか?」
エクトルが、そんなレオンスに呆れたように言った。
「リゼットの姿を見ていただろう? あんなに痩せ細って。どうしてあの状態で、異母妹を虐めていると信じた?」
「……それは」
レオンスは俯いた。
今思えば、心当たりはたくさんあるのだろう。
だが、それらすべてを見なかったことにして、自分に都合の良い嘘ばかり信じた。その代償を、これから支払うことになるのだろう。
叔父の罪状は、まだ続く。
最後の、そして最大の罪は、オフレ公爵である父に毒を盛り、殺したことだ。
叔父は否定したが、証拠は揃っていた。
その調査には、リゼットも協力していて、覚えていることはすべて話した。
当時の父の主治医も、叔父に買収されていたことが判明した。
たとえ処方された薬をしっかりと飲んでいたとしても、父は助からなかったのだ。
それを聞いたリゼットは、初めてエクトルの前で泣いてしまった。
エクトルはそんなリゼットの涙が止まるまで、ずっと背を撫でてくれた。
あのとき、エクトルのお陰で落ち着くことができたから、ここでは冷静に話を聞くことができた。
「お前が、公爵夫人になりたいなどと言うから!」
もう言い逃れはできないと悟ったのか、叔父は激高して義母に怒鳴った。




