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【書籍化】冷遇され、メイドとして働く公爵令嬢ですが、帝国の皇太子殿下に見初められました!  作者: 櫻井みこと


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 そのときに決まった通り、次の週末になると、リゼットはエクトルと一緒に町に出た。

 最初は両親の墓参りに行き、帰りはリゼットの馴染みの商店街を案内することになっている。

 一年ぶりに訪れた父の墓に、リゼットは静かに祈りを捧げる。

 学園に入る前は、墓参りさえ自由に来ることができなかった。

 去年は父の墓の前で、つい泣いてしまった。

 けれど今年は、穏やかな気持ちでここに来ることができた。

 きっと背後で見守ってくれている、優しいエクトルの視線のお陰だろう。

 それから、リゼットがよく通っていた商店街を案内することになっている。

 優しい町の人たちは、変わりなく過ごしているのだろうか。

(みんなと会うのも、久しぶりだわ)

 マーガレットが来てくれてから、町に買い物に行くこともなくなってしまった。

 エクトルには事前に、自分は身分を明かしていないこと、町の人たちは、自分をメイドだと思っていることを話している。これからも、貴族だと打ち明けるつもりはなかった。

 エクトルはそれを承知してくれて、自らの銀色の髪に触れ、しばらく思案する。

「そうだな。ユーア帝国の商会の者だとでも言えばいい。王都の様子に興味を持って、リゼットに案内してもらっていることにするか」

「すみません、私の我儘で」

「我儘などではないさ。むしろリゼットと町を歩くのが、楽しみだ」

 エクトルはそう言って、柔らかな笑みを浮かべた。

 その笑顔に、思わずどきりとした。

「はい。私も、楽しみです」

 それだけは伝えたくて、リゼットは恥ずかしさに俯きながらも、そう告げる。

 ゼフィールに話したら、一緒に行く護衛も、裕福な商会に雇われた護衛としての恰好で行かせてくれるそうだ。

 だから今日の馬車は、それほど大きなものではない。

 リゼットが道を説明し、やがて賑わった市場が見えてきた。

「ここで止めてください」

 そう言うと、馬車はゆっくりと止まった。

 エクトルに手を取られて馬車を降りたリゼットは、懐かしい町の喧騒に、思わず目を細める。

「あら、ひさしぶりだね。心配していたんだよ」

 馴染みの店の女性は、そう言うとリゼットを抱きしめてくれた。

 優しい温もりに、胸が温かくなる。

「あの方は?」

「ええと、私の主のご友人です。この町の様子が見たいとおっしゃっていて……」

「なるほど。ユーア帝国の人みたいだね。そんなに大事な友人の案内を頼まれるなんて、信頼されているんだねぇ」

 安心したよ、と言ってくれた彼女の顔は、とても優しい。

 彼女だけではなく、今までお世話になった人や、働かせてもらった店などにも挨拶して回る。

 みんな、姿を見せなくなっていたリゼットを心配してくれていた。

 仕事の内容が変わったので、頻繁に来ることはできないかもしれない。そう言うと、メイドとして認められたと思ったのか、寂しがりながらも祝福してくれた。

 本当に優しくて、温かい人たちだった。

 働かせてもらった人にも挨拶をして、そろそろエクトルのところに戻らなくてはと思っていたとときのことだった。

 彼は、商店街に売られているものや、町の様子などを少し離れたところで観察しているはすだ。

「お姉ちゃん」

 ふいに袖口を引っ張られ、リゼットは振り返る。

 そこには痩せ細った少女が、今にも泣きだしそうな顔をしてそこに立っていた。

 着古した服に、ぱさぱさになった髪が過去の自分を思い出させて、リゼットはそっと少女の手を握った。

「どうしたの?」

「お母さんが、病気なの。お薬が必要で……。お花、買ってください」

 小さな声でそう言う少女の瞳は、何度も泣いたのか真っ赤になっていた。

「ええ、もちろん買わせてもらうわ」

 買ってほしいと告げられた花は、少女の家の裏に植えられているらしい。おそらく町で売られているような切り花ではなく、地面に咲いた野花なのだろう。

 だがどんな花でも、必ず買ってあげよう。

 リゼットはそう思っていた。

 少女の涙も、苦しそうに絞り出した声も、痛々しいほど痩せた身体をしていることもあって、演技には見えなかった。だから疑いもせずに、手を引かれるままについて行ったのだ。

 けれど少女は、どんどん奥に進んでいく。

 さすがに、エクトルと護衛の人にひとこと断ったほうがいいかもしれない。

 そう思って立ち止まると、ふいに周辺にあった家から、複数の男たちが出てきた。

「!」

 びくりと身体を震わせ、逃げようとした。

 けれどすぐに取り囲まれてしまい、男の手には大振りのナイフが握られていることに気が付いて、息を呑む。

(どうして……)

 あまりの恐怖に、声も出せなかった。

 それでも、助けを求めることはできないかと、必死に周囲に視線を巡らせる。

 すると、建物の陰でこちらを見ている人を見つけた。

 声を上げるべきかどうか迷っているうちに、それが見覚えのある男性だと気が付く。

(あの人は、マリーゼの……)

 いつもマリーゼに付き従っている、お気に入りの従者だ。この男たちもきっと、マリーゼの命令で動いているのだろう。

 だとしたら目的は誘拐などではなく、リゼットにすべての罪を着せて殺すことだ。

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

(マリーゼの思い通りになるなんて、絶対に嫌よ!)

 そう思ったリゼットは、何とか逃げ出そうとした。

 でも男たちは手慣れていて、リゼットはすぐに取り押さえられてしまう。

 口を塞がれ、手を縛られる。

 リゼットを押さえつける男の力は強く、どんなに暴れても逃げられない。

 いくら少女の身に過去の自分を重ね合わせたとはいえ、ひとりで彼女に付いてきたのは、迂闊だったと今さらながら思う。

 目の前にナイフを突きつけられる。

 鈍く輝く刃は、不気味な紫色の液体に濡れていた。

 確実に仕留められるように、毒が塗ってあるのだろう。何とか男の手から逃れることができても、その刃で傷つけられてしまえば、きっともう助からない。

 リゼットの絶望とは裏腹に、男たちは淡々としていた。

 彼らにとっては、ただ依頼された仕事をこなすだけの、日常的な行為なのだろう。

 地面に転がされ、体勢を整えることもできずにいるリゼットに、ナイフが振り下ろされる。

 それでも、リゼットは抵抗した。

 このまま死ぬなんて、すべてを奪っていたマリーゼの思い通りになるなんて、絶対に嫌だった。


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