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そのレオンスは、リゼットよりも一歳年上の十六歳だ。
貴族が通う王立学園は十五歳から入学するので、リゼットが入学する頃には二年生になるだろう。
(学園……)
その学園生活にも、リゼットは不安を抱いていた。
十五歳になったら学園に入るのは貴族の義務なので、いくら叔父でもリゼットを学園に入れないということはない。そんなことをしたら、罰せられるのは叔父である。
けれど叔父はリゼットに、家庭教師も雇ってくれなかった。父の遺した本を読んで自分なりに勉強してみたが、それでも充分ではないだろう。
勉強についていくことができるのか、それが一番心配だった。
それに、友人だってひとりもいない。
このキニーダ王国では、学園に入学できる十五歳になるまでは、王城で開かれる夜会に参加することはできなかった。
それまでは、それぞれの屋敷で開かれる茶会などで交流を図るものだが、リゼットが他家の茶会に招かれたことは一度もなかった。
オフレ公爵令嬢に対しては、招待状は届いているのだろう。
けれど参加するのは、いつだって異母妹のマリーゼだけだ。
開催されることさえ知らずにいたのに、体調不良だの、行きたくないと我儘を言ったなどと勝手に断られ、代わりにマリーゼを参加させていたようだ。
「我儘なお姉さまのお陰で、わたしはとても忙しいのよ」
わざわざマリーゼがそう教えてくれた。
お陰で誰とも会ったこともないのに、リゼットの評判は最悪だ。
そんなリゼットが唯一、参加することを許されているのは、王家の別宅で開かれるレオンスとの交流会だ。
第二王子であるレオンスの母は側妃であり、彼は母とともに王都内にある王家の別宅に住んでいる。
この国の習慣で、王妃と王妃の子ども以外は、王城に住むことができないからだ。
それでも王城ほど堅苦しくない別宅で、レオンスはとても甘やかされ、自由奔放に育てられた。リゼットとの婚約も、そんな息子の将来を心配した国王に父が懇願されて、承諾したのだと聞いている。
さすがにマリーゼを溺愛している父も、婚約者との交流会だけは、マリーゼに行かせるわけにはいかない。
婚約者として定期的にレオンスから贈られるドレスや装飾品も、きちんとリゼットに渡される。
その交流会とレオンスからの贈り物だけが、リゼットに自分が公爵令嬢だと思い出させてくれた。
マリーゼは、リゼットが自分よりも高級なドレスを着るのが気に入らない様子だったが、普段は異母妹に甘い叔父が、レオンスの贈り物だけはリゼットから奪ってはいけないと、強く言い聞かせているらしい。
一度、レオンスからの贈り物をマリーゼが気に入り、勝手に奪ってしまったことがあった。
そのときは、異母妹の評判が下がってしまうことを恐れた叔父によって、リゼットが自分で異母妹に譲ったことになったらしい。
だが自分からの贈り物を勝手に譲られたレオンスは怒り、わざわざ自分のもとに叔父を呼び出した。
自分からの贈り物を、異母妹にとはいえ、簡単に譲った。レオンスはそれを、自分が軽視されたように思って、怒ったようだ。
身に覚えのないことだったが、リゼットも必死に謝罪した。
王族の怒りは、叔父にも恐ろしいものだったらしい。
その日、王家の別宅から屋敷に戻った叔父は、マリーゼからそのドレスを取り上げた。
今まで何でも言うことを聞いてくれた叔父が急にそんなことをしたものだから、マリーゼは泣き喚いた。
それは凄まじい有様で、リゼットよりも一歳年下でしかないのに、まるで小さな子どものようだった。
癇癪を起こした、我儘な子ども。
それを見たとき、リゼットは初めてマリーゼを哀れに思った。
父はとても優しかったが、リゼットが間違っていたときはきちんと叱ってくれた。
ただ叱るだけではなく、どうしていけないのか。その結果どうなるのかを、わかりやすく説明してくれる人だった。
マリーゼは、そんな父に叱られることなく育ってしまったのだ。
だから自分の欲望だけを優先して、それが叶わないと泣き喚くことしかできないのだ。
(お父様は本当に、マリーゼの存在を知っていたのに放置していたのかしら……)
最近はマリーゼの姿を見ていると、そんなことも考えるようになった。
父が亡くなったのは五年前で、リゼットはまだ十歳だった。
ひとりで残されてしまったことが悲しくて、ただ叔父の言うことを受け入れることしかできなかった。
だが今思えば、すべてを鵜呑みにするのは間違っていたのかもしれない。
母が亡くなってから、もう十年ほど経過していた。
父も、マリーゼの母に惹かれていたのかもしれない。
それならなおさら、父は自分の子どもを放置するような人ではない。
父はマリーゼのことを、自分にはもうひとり娘がいたことを知らなかったのではないか。
今となっては確かめることはできないが、リゼットはそう思っていた。
そうしてマリーゼから取り上げたドレスを、叔父は忌々しげにリゼットに投げてきた。
レオンスに叱咤された苛立ちを、リゼットにぶつけなくては気が済まなかったのだろう。
(叔父様も、昔と変わってしまった……。ううん、これが本当の叔父様だったのかもしれない)
五年前の自分は、あまりにも愚かだった。