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【書籍化】冷遇され、メイドとして働く公爵令嬢ですが、帝国の皇太子殿下に見初められました!  作者: 櫻井みこと


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 学園寮から学園の図書室に辿り着くまでは、さすがにひとりで行動しなければならない。

 マーガレットはそれを昨日の夜から心配してくれていたが、それほど遠くないから大丈夫だと言って、ひとりで出てきた。

(でも……)

 学園に近付くにつれ、周囲の視線が気になる。

 こちらを見てひそひそと小声で話す人たちの視線は悪意に満ちていて、何度も立ち止まりそうになった。

 いつもとは違う雰囲気に戸惑いながらも、足早に図書室に向かう。

 だが、学園の入り口に立ち塞がるマリーゼの姿を見つけて、彼女がまた自分に都合の良い噂を広めたのだとわかった。

「お姉様。叔父様が捕まり、レオンス様が謹慎となったのに、どうしてそんなに平然としていられるのですか?」

 どうやらゼフィールが言っていたように、レオンスは謹慎となったようだ。

 肩を震わせ、潤んだ瞳でそう言ったマリーゼは、静かに涙を零した。

 白い頬をゆっくりと伝わっていく涙。

 震える華奢な身体。

 マリーゼの本性を知っているリゼットさえ、目を奪われるほど美しい姿だった。

「今日もまた、図書室で恋人と密会ですか? お姉様は、レオンス様の婚約者なのですよ」

 大事にしないためにも、相手をしない方がいい。

 マリーゼがいくら学園で嘘を広めても、学園で冷たい目を向けられるだけ。

 公式の場では、ゼフィールがリゼットの潔白を証明してくれる。

 そう思っていたけれど、エクトルの存在をそんなふうに言われたら、さすがに黙っていることはできなかった。

「私とあの方は、そのような関係ではありません。ゼフィール王太子殿下のご命令で、お世話をさせていただいているだけです」

 落ち着いた口調で、それでもきっぱりとそう言うと、マリーゼが目を見開いた。

 今まで何を言われても反論しなかったリゼットが、言い返したことに驚いたのだろう。

「そんな、言い逃れを……。王太子殿下からだなんて、そんな嘘を」

「言い逃れでも、嘘でもありません。あの方の護衛に近衛騎士の方がついていることを、あなただって知っているでしょう」

 学園で近衛騎士の姿を見た人は、他にもたくさんいるはずだ。

 しかもアーチボルドがゼフィールの側近であることも、知っているだろう。

 ゼフィールが関わっていることならば、不確かな噂を口にするべきではないと悟ったのか、周囲の騒めきが消えた。

「嘘よ……。そんなの嘘だわ」

 そんな中、マリーゼだけは受け入れたくないようで、嘘だと繰り返している。

「叔父様に関しても、私は無関係です。ずっと寮で生活しているので、二年ほど会っていませんから。それに叔父様が私のお願いを聞いてくれるなんて、あり得ない。それは、あなただって知っているでしょう?」

「……っ。黙りなさい」

 よほど余裕がないのか、マリーゼの口調が、リゼットと味方のメイドたちしかいないときのものに変わっている。

 突然、厳しい声でそう言ったマリーゼに周囲は驚いた様子だったが、彼女自身はまったく気が付いていなかった。

「それに、婚約解消を望んでいたのは私ではなく、レオンス様とあなたでしょう?」

「黙れと言ったのが、聞こえなかったの?」

 激高したマリーゼはそう怒鳴り、リゼットを突き飛ばした。

 華奢なマリーゼから突き飛ばされても、そうダメージはない。

 でもリゼットはいつも彼女がしているように、少し大袈裟に地面に転がった。

 こうすれば、マリーゼもこの場にいられなくなって、逃げ出すと思っていたからだ。

「きゃっ」

 けれど、昼食のサンドイッチを庇ったせいで、自分が思っていたよりも吹っ飛んでしまった。

 地面に倒れるリゼットに、周囲がどよめいた。

「大袈裟だわ。だっていつもは、そんなことにならないじゃない」

 マリーゼは嘲笑うようにそう言ったが、そこで周囲にはたくさんの人がいることを思い出したのだろう。焦ったように、身を翻して立ち去って行った。

 突き飛ばしたことよりも、『いつもは』と発言したことの方が致命的だったことに、気が付いていない様子だった。

「リゼット様、大丈夫ですか?」

 そのとき、ちょうどタイミングを見計らったように、アーチボルドが駆けつけてきた。

 学園の中から来たので、エクトルを送ってきたのだろう。リゼットを助け起こし、荷物を拾ってくれた。

「やはり明日から、寮までお迎えに行った方がよさそうですね」

「いえ、そこまでお世話になるわけには……」

「ゼフィール王太子殿下から、エクトル様とリゼット様をお守りするように言われております。任務ですから、お気遣いなく」

 アーチボルドの言葉に、周囲はますます静まり返る。

 この会話を聞いてしまえば、リゼットがエクトルと一緒にいたのは、ゼフィールからの命令なのだと、信じざるを得ないだろう。

 リゼットは、呆然としている周囲の生徒たちを顧みることなく、そのままアーチボルドに送られて、図書室に入る。

「明日から、寮の入り口までお迎えに上がります」

「はい。ありがとうございました」

 アーチボルドはそのまま王城に戻るようだが、他の騎士がずっと警護してくれるようだ。

「リゼット」

 エクトルは、わざわざ立ち上がってリゼットを迎え入れてくれた。

「異母妹に絡まれたようだが、大丈夫か?」

 どうして知っているのかと少し驚いたが、図書室から学園の入り口が見えることを思い出した。

 もしかしたら、アーチボルドを向かわせてくれたのも、エクトルなのかもしれない。

「はい。転んでしまっただけです。でも、サンドイッチは無事でしたから」

 持っていた荷物を掲げて少し得意そうに言うと、エクトルは呆れたように笑う。

 でもその笑みはとても優しくて、いつの間にこんなに優しい顔をしてくれるようになったのだろうと考える。

 最初は、疎ましそうに見られていた。

 彼が倒れたときに助けてから、少しずつ打ち解けてはきたけれど、やはり直接のきっかけは、クッキーかもしれない。

 うさぎの形に拘って試行錯誤したことを思い出して、リゼットも笑みを浮かべる。

 今思い返してみても、あれほど楽しい時間は、今までのリゼットの人生にはなかった。

 それからはいつものように、隣の席でそれぞれの時間を過ごす。もうすぐ試験が近いので、リゼットもいつもよりも集中して勉強に励んだ。

 エクトルは、わからないことがあれば何でも聞いても良いと言ってくれるが、自分で調べて答えを見つけ出すことも、それなりに楽しい。


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