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【書籍化】冷遇され、メイドとして働く公爵令嬢ですが、帝国の皇太子殿下に見初められました!  作者: 櫻井みこと


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「オフレ公爵家の娘として、恥ずべき行為だったと理解しております。ですが、どうしようもありませんでした」

 ゼフィールもエクトルも、蔑みを言葉や態度で示すような人ではない。

 けれどゼフィールはもちろん、エクトルも高貴な身分だと察せられた。

 そんなふたりが、メイドとして働いただけではなく、町に出て下働きをしていたリゼットに、嫌悪を抱くのではないかと思っていた。

「恥ずかしく思う必要などない。君は、ひとりで立派に戦った」

 けれどエクトルは、そんなリゼットに、優しくそう言ってくれた。

 驚いて顔を上げれば、エクトルの視線は言葉と同じように慈しみに満ちている。

 彼のこんな表情は、一度も見たことがない。

 だから同情などではなく、本心からそう言ってくれていることがわかった。

「ありがとうございます……」

「少ない材料の中で、クッキーだけではなく、他のものも作ってくれたな」

「はい。うさぎ型の焼き菓子ですね。町で作り方を聞いたのですが、素朴でとても美味しかったので、作ってみたくなって」

 普通のパンで、サンドイッチを作ると約束していた。

 機会を伺っていたが、まだその約束を果たしていない。

「そんなつらい状況だったのに、俺のことまで気遣ってくれていたのか。……俺も、いつまでも過去に囚われているべきではないな」

 ぽつりと呟かれた言葉。

 エクトルが何を決意したのか、リゼットにはわからなかったけれど、それを聞いたゼフィールが、驚いたように目を見開いていた。

 王太子としていつも冷静であるはずの彼が、それほどまで驚くほどの理由があるのだろう。

「向こうが嘘を言っているのは明白だ。それに、どうやら向こうは俺の存在も利用しているようだ。こうなっては、無関係ではいられない」

「……そうだな」

 エクトルの言葉に、ゼフィールは我に返ったように同意した。

「それに、もうひとつ気になることがある。リゼットの父は、俺と同じような症状だったらしい」

「!」

 エクトルのその言葉に、今まで考え込むような表情をしていたゼフィールが、リゼットが驚くほどの勢いで顔を上げた。

「それは、本当なのか?」

 そう問い詰めるように言われて、勢いに押されながらも、こくこくと頷く。

「詳しい調査が必要だろう」

 そう言ったエクトルは、リゼットを見た。

「詳細はまだ話せないが、君の父について、また聞くことがあるかもしれない。かまわないだろうか?」

「はい、わかりました」

 父の死には、何か原因があったのではないか。

 ふたりの会話から、リゼットはそれを察した。

 もしそうなら、リゼットも父の死の解明のために、できることは何でもやりたかった。

「色々と立ち入ったことを聞いて、すまなかった。これから事件についてさらなる調査が行われる予定だ。だがまったく見当違いとはいえ、一度名前を上げられてしまった以上、リゼットには監視がつけられることになる」

「ゼフィール」

 エクトルが抗議するように彼の名前を呼んだが、リゼットはすぐに頷いた。

「承知いたしました」

 監視されてもかまわない。

 リゼットには、疚しいことなど何ひとつないのだから。

 こうしてゼフィールが監視役として呼び出したのは、リゼットよりも少し年上の女性だった。彼女はメイドとして、リゼットの傍にいてくれるのだという。

(メイド?)

 リゼットは困惑して、メイド服の彼女を見つめる。

 監視というからには、騎士などがリゼットの行動を監視するのかと思っていた。

「リゼット、ここはゼフィールの言う通りにした方がいい」

 戸惑うリゼットに、エクトルがそう言った。

「エクトル様……」

「君の身の安全のためにも必要なことだ。向こうもオフレ公爵代理が拘束されて、かなり焦っていることだろう。君にすべての罪を着せて、口封じをする可能性もある」

「……っ」

 リゼットは息を呑み、怯えを隠すように手を握りしめた。

(たしかにマリーゼなら、すべて私のせいにするかもしれない)

 現にエクトルの存在を利用して、リゼットを陥れようとしたのだ。

 そして叔父が何も言わない以上、今の段階ではリゼットと同じくマリーゼも、事情聴取をすることしかできない。もう後がないと、強引な手段を使う恐れがある。

 ここは、ゼフィールとエクトルの言葉に従うべきだろう。

「学園には、エクトルの護衛をしている騎士がいる。なるべく図書室にいるようにしてほしい」

「はい。ですが、このままエクトル様のお傍にいてもよろしいのでしょうか?」

 彼に迷惑をかけるわけにはいかないと、リゼットは懸念を口にした。

 マリーゼはリゼットを陥れるために、図書室で顔を合わせていたエクトルをリゼットの恋人だと言った。

 彼と一緒になりたいから、叔父を使って婚約の契約書を破棄したのだと訴えたのだ。

 それはゼフィールが、自分の頼みだったからと否定してくれたらしいが、これ以上、エクトルを巻き込むわけにはいかない。

 今思うと、エクトルと図書室で過ごした時間はとてもしあわせだった。

 彼との何気ない会話が、ひとりで懸命に生きてきたリゼットの孤独を癒してくれた。

 うさぎの形に拘ったクッキー作りも楽しかったし、それをエクトルが食べてくれたことも嬉しかった。

 かけがえのない、大切な時間だった。

 もうあの時間を過ごせなくなると思うとつらいが、追い詰められたマリーゼは、ゼフィールの言うように何をするかわからない。

 エクトルにまで危険が及ぶ前に、離れなければ。

「俺の傍にいるのは、嫌か?」

 そう決意したのに、寂しそうにそう言われてしまい、リゼットは勢いよく首を横に振った。

「いえ、そんなことは絶対にありません。ただ、私と一緒にいると、ご迷惑を掛けてしまうと思って」

「迷惑ではないよ。それに、どのみち君には護衛が付けられる。俺と一緒にいた方が、護衛はひとりですむだろう。俺たちの関係が向こうとは違って疚しいものではないことは、ゼフィールが証明してくれる」

「ああ、もちろんだ。護衛騎士も常に傍に置くようにするから、何も心配はいらない」

 ゼフィールもそう言ってくれた。

 それでも迷惑を掛けたくなくて躊躇うリゼットに、エクトルはさらに言葉を続けた。

「サンドイッチを作ってくれるという約束も、まだ果たしていない」

「はい。そうですね」

 彼の言うようにその約束はまだ果たされていない。

 リゼットも、エクトルのために作ることを、とても楽しみにしていた。

「あらためて私からも言おう。エクトルを頼む」

「承知しました」

 ゼフィールの言葉に、リゼットも覚悟を決めて頷いた。



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