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「マリーゼが言うには、異母姉には恋人がいるらしく、その人と一緒になりたくて、叔父に契約書を破棄してほしいと頼んだのではないかと、騎士に告げたらしい」
すっかり信じ込んだ騎士は、密かにリゼットの調査をして、それが事実であると結論を出した。
そして、リゼットを真犯人として捕縛するべきだと報告した。
「そんな……」
リゼットは知らない間に、罪人に仕立て上げられていた。
レオンスの方がリゼットを嫌い、婚約解消を願っていたことも。
叔父が、リゼットの願いを叶えるはずがないということも、調べれば簡単にわかったはずだ。
けれど、騎士はマリーゼの言葉だけを信じて、リゼットを罪人だと決めつけた。
「でも、私に恋人なんて」
「……俺か」
男性の知り合いなど、ひとりもいない。もしかして町に行ったときのことだろうか。
そんなふうに考えていたリゼットだったが、エクトルが苦々しい顔をして、そう呟く。
「あ……」
たしかにリゼットは毎日、図書室に向かっていた。
でもそれは、勉学のためだ。
それに、最初にエクトルを助けてからは、図書室でも司書か護衛騎士が傍にいて、ふたりきりになることはなかった。
「調査をした騎士は、そう思ったのだろう」
ゼフィールもその言葉に同意すると、深く溜息をついた。
「だがリゼットは、図書室で勉強をしているだけだ。エクトルの傍で様子を見守っていてほしいと頼んだのも私だ。その騎士の訴えは、調査不足だとして却下。さらに、エクトルは私の友人で、リゼットに世話を頼んだことも話してある」
ゼフィールは、きちんとリゼットの容疑を晴らしてくれた。
それを聞いて、少しだけ安心する。
「私は面識がないが、エクトルが君の異母妹と会ったことがあると言っていた。その様子を聞く限り、冷遇されていたなんてあり得ないと思ったよ」
ゼフィールはさらにそう言うと、呆れたような顔をした。
「簡単に騙されるような騎士は、事情聴取には向かないな。リゼット。すまないが、いくつか質問をしてもいいだろうか。今後のためにも聞いておきたい」
「はい。もちろんです」
ゼフィールの言葉に、リゼットはすぐに頷いた。
「両親を亡くしたリゼットの後見役は、叔父だ。それは間違いないな?」
「はい。そうです」
「君の異母妹と義母は、いつあの屋敷に?」
「おじいさまの葬儀の翌日でした。叔父様はマリーゼの手を握り、義母を連れて帰ってきました。父の愛人と、その娘だと。ですが私は、父に愛人がいたなんて知りませんでした」
父は母が亡くなったあとも、何度も思い出を語り、今でも愛していた様子だったので、当時は本当に驚いた。
「それから、ふたりも一緒に屋敷で住み始めました。父はまったくふたりに援助していなかったそうで、とても苦労して育ったそうです。だからマリーゼには優しくしてあげなさい。欲しがったら譲りなさいと教わりました」
「オフレ公爵は愛妻家で知られていた。愛人がいるなど、聞いたこともないが」
リゼットの話を聞いたゼフィールは、そう言って考え込む。
「はい。私も、父はずっと母を愛していたと思っていたので、ショックでした。でも母は、私が幼い頃に亡くなってしまったので……」
「それならなおさら、愛人ではなく正式に妻として迎え入れることができたはずだ。オフレ公爵の人柄を考えると、娘がいることを知って放置していたとは考えにくい」
そう言ってくれるゼフィールの言葉が嬉しい。
リゼットは同意するように深く頷いた。
「はい。私も、父はそんな人ではないと信じています」
「それに、オフレ公爵の死後に引き取られたのであれば、認知されていないのではないか? 母親は貴族なのか?」
エクトルの言葉に、ゼフィールははっとしたようにリゼットを見た。
「いえ……。叔父は町で苦労して育ったと言っておりましたから」
だが、マリーゼは貴族しか入れない王立学園に入学している。だから叔父がどうにかして手続きをして、正式にオフレ公爵家の娘になったのだと思っていた。
「詳細を調べる必要がある。もし、正式なオフレ公爵家の娘でないのであれば、オフレ公爵代理はさらに重大な罪を犯していたことになる。それにマリーゼは騎士に、嘘の報告をしている。公爵家に引き取られてからも冷遇され、異母姉に虐められていたと語ったことも、そのひとつだ。それが嘘だったと証明するために、君の口からはっきりと聞かせてほしい」
「……」
ゼフィールの言葉に、リゼットはすぐには答えられなかった。
たしかにリゼットはマリーゼを虐めたことなどないし、むしろ冷遇されていたのはリゼットの方だ。
生まれ育った家のはずなのに、物置に追いやられ、メイドとして働かなければ食事もできない有様だった。
そんな惨めな状況を、エクトルに知られたくなかったのだ。
彼はすでに、学園でも他の生徒たちに避けられ、マリーゼに嘲笑われていることを知っている。
それでも、自分の屋敷でメイドとして働いていたことを知られてしまえば、さすがに軽蔑されるのでないか。
生きるためだと割り切って、それなりに楽しんではいたが、貴族令嬢として恥ずべきことだったという自覚はある。
「リゼット」
何も言えずに俯いていたリゼットだったが、ふいに優しい声で名前を呼ばれて、思わず顔を上げる。
エクトルの深い青色の瞳が、静かにリゼットを見つめている。
「君が異母妹を虐めるような人ではないと知っている。それに、この手だ」
リゼットの手を、エクトルはそっと掴んだ。
その手は、家事や町での仕事によって荒れてしまっている。
「リゼットの手が貴族令嬢のものとは違うと、気が付いていた。君の叔父は、正当な公爵家の後継者であるリゼットに、メイドのひとりもつけてくれなかったのか?」
「……っ」
エクトルは気が付いていたのだ。
知られてしまったのが悲しくて、恥ずかしくて、リゼットは顔を上げることができなかった。
だがリゼットの手が荒れていたことなど、注意して見なければわからないことだ。
エクトルが気付いているのならば、もう隠す必要はない。
リゼットは覚悟を決めて、すべてを話すことにした。




