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【書籍化】冷遇され、メイドとして働く公爵令嬢ですが、帝国の皇太子殿下に見初められました!  作者: 櫻井みこと


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「これは失敗してしまいましたが、今度こそ上手く焼けるように頑張ります」

「そうか」

 エクトルは頷くと、もう一度リゼットの作ったクッキーを見た。

「次は、うさぎだとわかるといいな」

「……うぅ」

 そう言われてしまい、彼は少し意地悪なのかもしれないと思う。

 でも、すべてを諦めてしまったような顔をしているよりは、今のエクトルの方がずっと良い。

「今度は頑張りますから!」

 そう言って、リゼットは残りのクッキーを残さず食べた。


 それからも、三日に一度はクッキーを作ってみたが、なかなか上手くできない。

 何度も作ったので、焼き加減と味は完璧だ。

 でも見た目が壊滅的で、今日もリゼットが休憩時間に食べていたクッキーを見て、エクトルが呆れていたくらいだ。

「まだ最初の方がましだった気がする」

「……はい。実は私もそう思っていました」

 最初はまだ、歪だったが何とかうさぎの形をしていた。

 それなのに今は、耳のある動物としか認識できなくなっている。

「耳が、短すぎるのではないか。うさぎの耳はもっと長い。それに、あまりリアルに作っても成功しないぞ」

 エクトルは落ち込むリゼットに、そうアドバイスまでしてくれた。

 さすがにクッキーにも飽きてきたが、リゼットも意地になってしまっていて、ここで諦めたくなかった。

「ちゃんとうさぎだとわかるようになったら、エクトル様も食べてくださいますか?」

 そう懇願したのは、図書室でエクトルと会うようになってからしばらく経つが、彼は一度も昼食を食べたことがなかったからだ。

 クッキーでは栄養にもならないが、何も食べないよりはましだろう。

「……」

 リゼットの提案を受けたエクトルは、しばらく黙り込んでいた。

 その表情は険しく、最初に出会った頃を彷彿させる。

 理由はわからないが、エクトルが葛藤している様子が伝わってきて、リゼットは発言を取り消す。

「すみません。少し調子に乗ってしまいました。忘れてください」

 彼を心配しているだけで、苦しめたいわけではない。

「いや。さすがにこれほど頻繁に見せられて、気になっていたのは事実だ」

 でもエクトルはそう言って、うさぎが完成したら食べてくれると約束してくれた。

「はい。ありがとうございます」

 あんなに躊躇っていたのに承諾してくれたのが嬉しくて、リゼットも笑顔になる。

 明日からはもっと、クッキーの練習をしなくてはならない。

「うさぎ、というよりも猫だな」

 翌日、さっそくクッキーを焼いてもってきたリゼットに、エクトルは容赦なくそう告げる。

「猫、ですか」

「うさぎはもっと耳が細長い。それに、クッキーで全身を表現するのは、難易度が高すぎる。ここは顔だけにしておいた方がいい」

 でもアドバイスもしてくれて、ふたりで図書室の中からうさぎの本を探し出して、どんな形が良いのか話し合ったりした。

 それからも、耳を細くしすぎて割れてしまったり、せっかくうまく作れたのに、つい焼き過ぎて真っ黒になってしまったりした。

 それでも、何度も挑戦し続けていて、ついにうさぎとわかるくらい、綺麗な形で焼くことができた。

「これはどうですか? エクトル様」

 ここまでの道のりを考えれば、とても頑張ってきたと思う。

 護衛騎士は、ふたりがうさぎについて熱弁している様を見て不思議そうだったが、エクトルとも、クッキーを通してかなり打ち解けてきた。

 差し出したクッキーを見て、エクトルも満足そうに頷く。

「ああ、たしかにこれは、うさぎだな」

 エクトルはそう言うと、そっとうさぎの形をしたクッキーを手にした。

「苦労したのを知っているだけに、何だか食べてしまうのが惜しい気がするな」

「ありがとうございます。でも、食べ物ですから」

 そう言って促すと、エクトルは慎重に口に運んだ。

 何度もクッキーばかり作っていたので味は問題ないと思うが、それでも自分の作ったものを食べてもらうのは初めてで、緊張してしまう。

 エクトルも緊張した様子だったが、ふと表情を綻ばせた。

「……甘いな」

「はい。甘いものは疲労回復に良いそうですよ」

 何でもいいから口にするようになれば、きっと食事もできるだろう。

 食事をするようになれば、きっと体力も戻る。

 そうすれば、薬もちゃんと効いてくるはずだ。


 それからも、度々クッキーを作っては、エクトルにも差し出してみる。

 毎回食べてくれるわけではなかったが、それでも気が向いたときは食べてくれるようになった。

 あれ以来、リゼットは教室で授業を受けていない。

 エクトルがゼフィールに、授業を受けなくても良いように話をしてくれたらしく、試験さえきちんと受けて合格すれば問題ないと、教師が試験の日程を詳しく教えてくれたのだ。

 リゼットだけが特別というわけでもなく、両親が早く亡くなってしまい、爵位を継いだ者や、事情があって通えない者は、試験を受けるときだけ学園に来ているようだ。

 さらに教師は、学園を卒業しなければ、貴族社会では成人として認められないこと。わからないことがあったらいつでも聞きに来てもよいことを伝えてくれた。

 これほど親切にしてもらえるのは、ゼフィールが学園側に何か言ってくれたからかもしれない。

(今度は、これを作ってみようかな?)

 寮の自分の部屋に戻り、お菓子作りの本を読んでいたリゼットは、クッキー以外のものも作ってみようと思い立つ。

 でもクッキーのように型がなくても焼けるものではなかったので、次の休みの日に町まで行って、色々と探してみることにした。

 誰もリゼットには興味はないかもしれないが、長い髪を三つ編みにして、印象を変えてみる。

(屋敷にいる人たちだって、メイドとして働いている私に気付かないから、きっと大丈夫ね)

 問題ないだろうと、気軽に町に出た。

 最初は買い物に行くのも怖かったのに、長期休暇の間に働いてからは、すっかり馴染みの町となった。


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