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【書籍化】冷遇され、メイドとして働く公爵令嬢ですが、帝国の皇太子殿下に見初められました!  作者: 櫻井みこと


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「食事は、きちんとしてください。そうしないと、薬も効きません。……私の父が、そうでしたから」

 父とエクトルの病気が同じものとは限らないが、あまりにも症状がよく似ていて、そう言わずにいられなかった。

 そう言うと、エクトルは気まずそうに視線を逸らした。

 見守っている方も、諦めないことが肝心なのだろう。それにエクトルが本当にリゼットを邪魔に思うなら、ゼフィールを通して遠さげるはずだ。

 傍にいられるうちは、エクトルの回復を諦めずに彼のために尽くそうと思う。

 診断書をもらってゼフィールの元に戻り、アーチボルドがそれを彼に渡した。ゼフィールはそれを確認すると、頷いた。

「リゼット、あらためて異母弟ルビ おとうとの暴挙を謝罪する。父がどう判断するかわからないが、謹慎くらいには持ち込むつもりだ。また何かあったら、必ず私に伝えてほしい」

「はい。色々とありがとうございました」

 そこでエクトルとは別れ、アーチボルドに学園寮まで送ってもらう。

 自分の部屋まで辿り着くと、急に力が抜けた。

(今日はとても長い一日だった……)

 制服を着替えると、急に疲れを感じてしまい、そのままベッドに横たわる。

 昨日からたくさんのことがあって、さすがに限界だった。

 そのまま眠りに落ちてしまい、目が覚めたときにはもう真夜中になっていた。

 帰ってすぐに寝てしまったから、お腹が空いている。でも、さすがにこんな時間に食事をするわけにはいかない。

(そうだ。簡単なお菓子でも作ってみようかな?)

 借りたままだった本を広げて、レシピを確認する。

 クッキーなら、ここにある材料で作れそうだ。夜中にこっそりとクッキーを作る貴族令嬢など、リゼットだけだろう。そう思うと、くすりと笑ってしまう。

 好きなことを、自由にすることができる。

 これだけは、他の貴族令嬢たちにはない、リゼットだけの特権だ。

 最初は不安だった料理も、今ではすっかり趣味となってしまった。

「ええと、クッキーくらいなら、ここにある小さなオーブンでも焼けそうね」

 さすがに真夜中に共同キッチンを使うことはできない。

 それに初めて作るお菓子で、しかもこんな時間に急に思い立って作るものだから、成功するとは限らない。

 でも、こうして無心に料理を作る時間が、とても好きだった。

「うん、何とかなりそう」

 でも、クッキーが焼き上がる頃にはすっかり朝になっていた。

 初心者なのだから素直に丸い形で作ればよかったのに、本に書かれていた動物の形や花の形が可愛くて、それを作りたくて頑張ってしまった。

 でも焼き上がったのは、変な形に歪んだクッキー。

 作ったリゼット本人でも、何の形なのかわからないくらいだ。

(これは、たしかうさぎ。これは……花、だったかしら)

 それでも食べるのは自分だから、これでいい。

 もう朝になってしまったので、朝食には昨日のパンとスープを食べて、学園に行かなくてはならない。

 時間が遅くなってしまえば、またマリーゼと遭遇してしまう可能性もある。

 リゼットは急いで身支度を整え、徹夜で作ったクッキーは昼食の楽しみにしようと、急いで学園に向かうことにした。

 いつもよりも早めに出てきたので、まだ馬車は一台も来ていなかった。今のうちに学園に入り、授業が始まるまで図書室にいることにする。

 最近は、私物も休憩室に置いている。

 教室に置くと、いつの間にかなくなっていることが多いからだ。

 探して見つかればいいが、なくなったままだとまた買わなくてはならず、食費を削ることになってしまう。

(お金は貴重だからね)

 去年は夏休みと冬休みに、町の知り合いに頼んで働かせてもらった。

 かなり節約してきたのでまだお金の心配はいらなかったが、今さら屋敷に帰る気にもなれず、どうせなら有意義に過ごそうと思ったのだ。

 皿洗いや調理補助などの裏方の仕事だったが、今年もまた働かせてもらえるだろうか。

 そんなことを考えながら、時間まで本を読んでいようと、休憩室から図書室に戻ったリゼットは、しばらく本に没頭していた。

「えっ? もうこんな時間!」

 そろそろ授業が始まるかもしれないと思い、授業に使う道具だけを持って、慌てて図書室を出る。

 図書室は学園の一番奥にあり、教室に行くには中庭を通らなくてはならない。

 中庭に入ろうとしたリゼットは、そこに思ってもみなかった姿を見つけて、足を止めた。

(マリーゼ?)

 異母妹ルビ いもうとが、こんなところで何をしているのか。

 咄嗟に隠れてその視線を辿ったリゼットは、別の護衛騎士に付き添われて歩くエクトルを見つけた。

 マリーゼの視線はエクトルに向けられていて、彼女が何をしようとしているのか、リゼットは考えを巡らせる。

(もしかして……)

 マリーゼの狙いは、彼なのだろうか。

 昨日、エクトルはマリーゼとレオンスから、リゼットを庇ってくれた。

 リゼットのものはすべて奪ってやると言っていた、憎しみのこもった声を思い出す。

 レオンスのように、今度はエクトルを奪ってやろうと思っているのかもしれない。

 マリーゼはこちらを見て、笑った。

 ここにリゼットが隠れているとわかっているのだろう。

 周囲の人たちも、足を止めて興味深そうにマリーゼを見つめている。

 リゼットがレオンスに派手に振られたときは、彼女たちは嬉しそうに、興奮した様子でその顛末をいつまでも語っていた。

 また今日も、同じような見世物が見られると期待しているのだろうか。

 けれど、エクトルはレオンスとは違う。

 しかも、少し離れているのでひとりでいるように見えるが、その後ろには護衛騎士がいる。

 何度か見たことのある顔で、エクトルに付き添う護衛騎士の中では、一番真面目な人だ。彼がいるのなら、マリーゼはエクトルに近寄ることもできないに違いない。

 そう思っていても、やはり心配で、リゼットはその場から立ち去ることができずにいた。

「あ、あの……」

 そんなリゼットの目の前で、マリーゼはエクトルに声を掛ける。

 だがエクトルは立ち止まることもなく、そのまま通り過ぎていく。

「え?」

 まさか、一瞥もされないとは思わなかったのだろう。

 マリーゼは呆然とした様子で立ち尽くし、しばらくして我に返ったように、必死にその後ろ姿を追った。

「待ってください!」

 マリーゼは手を伸ばしたが、その手がエクトルに触れることはなかった。

 彼の護衛騎士が素早く間に入り、エクトルを庇ったのだ。

 マリーゼには一切触れず、ただその行動だけを阻止した動きは、さすがに王太子の護衛騎士だけあって、見事なものだった。

 マリーゼは驚いたように目を見開き、怯えたように身を震わせる。

 咄嗟にあれだけの演技ができるのだから、マリーゼもなかなか見事なものだ。

 エクトルは振り向くことさえせず、護衛騎士もマリーゼに対して一言も言わずに、そのまま立ち去ろうとする。

「マリーゼ?」

 そんなとき、立ち尽くすマリーゼに駆け寄ったのは、レオンスだった。

 異母妹と申し合わせていたのか、それとも本当に偶然だったのかわからない。

「どうした? 何があった?」

「私……。怖くて」

 マリーゼは怯えた顔のまま、レオンスに控えめに寄り添った。

「おい、待て。マリーゼに何をした」

 レオンスが怒鳴ると、ようやくエクトルが足を止めた。振り返り、レオンスとマリーゼを見ると、不快そうに顔を背ける。

「対応は任せる」

「承知しました」

 エクトルは護衛騎士にそう命じると、そのまま立ち去ってしまった。


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