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「きっかけは、レオンスではない。だが、その後の対応が最悪だった」

 そう言って、エクトルは朝のことから話し始めた。

 話を聞くにつれ、ゼフィールの表情は険しいものになっていく。

「それだけではない。弟はあの学園の雰囲気を、かなり悪いものに変えているようだ。くだらない中傷を呟く者が、一定数いる」

 最後のエクトルの言葉にゼフィールは視線をアーチボルドに移し、彼が頷くのを見て、深い溜息をついた。

「リゼット。レオンスがすまないことした」

 王太子からの謝罪に、リゼットは慌てる。

「いえ、きっかけは異母妹ルビ いもうとのマリーゼですから」

 ゼフィールは謝罪してくれたが、もともとは異母妹のマリーゼのせいだと、リゼットも彼に謝罪する。

「まったく、異母兄弟(ルビ きょうだいとは厄介なものだ」

 謝罪し合ったあと、ゼフィールはそう呟く。

 それは威風堂々とした王太子のものとは思えないほど疲れた声で、彼もまた異母兄弟)のことで苦労をしてきたのかもしれないと、リゼットはひそかに思う。

「あれに問題があることくらいわかっているだろうに、父は愛する女性の息子だというだけで、切り捨てることができない。しかし女性に暴力をふるうなど許されないことだ。レオンスには、私から言っておく」

 レオンスには、可愛がっている国王からの注意よりも、劣等感を抱いているゼフィールに言われた方が堪えるだろう。

 それでも、彼が反省するとは思えない。

 むしろリゼットのせいだと、逆恨みされるのではないだろうか。

「だが、これで婚約解消とはならないだろう。父は、レオンスの将来を心配している。多くの貴族の中から選び抜いたのが、オフレ公爵家だった」

「解消は、できないのでしょうか……」

 レオンスとの婚約を大切に思っていたのは、学園に入学するまでのことだ。

 さすがにあれほどの仕打ちを受けてまで、彼と婚約していたいとは思わない。

 きっと結婚してもマリーゼを愛し、叔父や屋敷の使用人たちのようにリゼットを冷遇するだろう。

 レオンスと結婚さえすれば、公爵家を取り戻せる。そんなふうに思っていた自分は、世間知らずで愚かな子どものままだった。

「何とかならないのか?」

「父が庇いきれないほどの失態がなければ、今はどうにもならないな」

 エクトルの言葉に、ゼフィールはそう答えると深い溜息をついた。

「だが、さすがに暴力行為は見逃せない。レオンスを謹慎させれば、学園内の雰囲気も少しは変わるだろう。そのためにも、診断書を作っておこう。ついでにエクトルも連れて行ってくれ。定期診断から、何度も逃げているそうだから」

 ただ突き飛ばされ、押さえつけられただけだ。

 目立つ怪我もしていないし、診察など必要ない。

 そう思ったリゼットだったが、エクトルを連れていくという使命を与えられたのであれば、話は別である。

 アーチボルドに案内され、積極的に向かうリゼットに、エクトルも仕方がないという様子で付いてきた。

 王城には、複数の医師がいた。

 個室を持っているのが、それぞれの王族の主治医であり、大部屋にいるのが、この王城で働く者や騎士たちのための医師なのだろう。

 アーチボルドが連れてきてくれた部屋の主が女性医師だったので、リゼットは驚いた。

 この国では女性が医師になることは認められていない。

(もしかして、この方もユーア帝国出身なのかしら)

 ゼフィールがエクトルの定期診断のことを口にしていたので、彼女はユーア帝国から来た、彼の主治医なのかもしれない。

 女性医師は三十代半ばほどの、凛々しい女性だった。

 アーチボルドが事情を説明してくれたので、彼女はまずリゼットの診断をしてくれた。

「自分の婚約者にそんな扱いをするなんて」

 そう言って、レオンスに対する怒りを隠そうともせず、時間をかけて丁寧に診てくれた。小さな痣も見逃さず、次々に診断書に書き加えていく。

 右足の軽い捻挫と肩の打撲。

 そして手足に痣がいくつか。

 そう書き終えた診断書に署名をすると、それをアーチボルドに手渡している。

 少し大袈裟だったような気がしたが、ゼフィールはあの診断書を使って、レオンスを謹慎させるつもりなのだろう。

「次はエクトル様ですね。定期健診だというのに、まったく来て下さらなかったので、さすがに少し困っておりました」

 女性医師はそう言ったが、エクトルがその言葉に反応することもなく、リゼットと一緒でなければ、今回も来るつもりがなかったことは明確だった。

 彼女は何か言いたげな顔をしていたが、結局何も言わずに視線をこちらに向けた。

「ごめんなさい。少し向こうで待っていてね」

「はい」

 アーチボルトとふたりで、衝立で仕切られた場所でエクトルの診断が終わるのを待つ。

「体調は如何でしょうか?」

 女性医師の静かな声が聞こえてきた。

「変わりない。いつもと同じだ」

 答えるエクトルの声は、かなり素っ気ない。

 食事はきちんとしているのか。薬はきちんと飲んでいるのか。

 女性医師はそう尋ねたが、エクトルは言葉を濁すだけだ。

 その様子が亡くなる前の父とあまりにも似ていて、切なくなる。父は病と戦うことを諦め、苦痛から逃れることばかり考えていた。

 彼もまた、父と同じようになってしまうのか。

 リゼットはいつの間にか、両手をきつく握りしめていた。

(そんなのは駄目。きっと、何かできるはず)

 それに、リゼットにとってエクトルは、父を思い出すだけではない。

 レオンスから救い、リゼットは被害者だと言ってくれた人だ。

 彼のために何かしたいと、強くそう思う。

「リゼット」

 そんなときに不意に声を掛けられて、顔を上げる。

「どうした? また父親のことを思い出したのか?」

 診察が終わって戻ってきたらしいエクトルが、思い詰めたような顔をしていたリゼットを見て、そう言った。

「はい」

 どう答えるべきか迷ったが、伝えたいことがあったので、正直に頷いた。


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