表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】冷遇され、メイドとして働く公爵令嬢ですが、帝国の皇太子殿下に見初められました!  作者: 櫻井みこと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/44

14

 そんなリゼットも、エクトルから目を離せずにいた。

 いつも気怠そうな様子をしていたからわからなかったが、彼の雰囲気はこの国の王太子であるゼフィールと似ている。

 存在するだけで周囲を威圧していた。

 ひとつだけ違うとしたら、ゼフィールが動とするならば、エクトルは静の雰囲気を持っている。

 普段が物静かな分、その怒りはゼフィールよりも恐ろしいかもしれない。

 エクトルは思わず後退したレオンスを一瞥すると、地面に倒れたままのリゼットに手を差し伸べた。

「立てるか?」

「……は、はい」

 思わずその手を取ってしまったが、袖口から覗く手首は細く、やはり父を彷彿させる。リゼットは、なるべく彼に負担を掛けないように自力で立ち上がる。

 そんなリゼットにエクトルは僅かに苦笑しながらも、その手を離さなかった。

「ありがとうございました。あの、どうしてこちらに?」

 彼が図書室以外の場所にいることが珍しくて、リゼットは状況も忘れて思わずそう問いかける。

「資料室を探していた。もし知っていたら案内してくれないか?」

「はい、もちろんです」

 ちらりとレオンスを見ると、彼はリゼットではなく、エクトルを見つめている。

 マリーゼも同じだ。

 邪魔をされたことに怒りを覚えているというよりも、この状況を理解できずに困惑しているように見える。

 ならば、今のうちに立ち去った方がいいだろう。

 それに、もうすぐ授業が始まってしまうが、髪も乱れているし制服も汚れてしまった。授業にこのまま参加するのは無理だろうと、リゼットは彼の申し出に頷いた。

「こちらです」

 エクトルを案内して、この場から立ち去る。

 離れて様子を伺っていた周囲の人たちも、エクトルの容貌で、彼がユーア帝国の人間かもしれないと思ったのだろう。下手に関わったら危険だと思ったのか、レオンスの側近候補も、マリーゼの友人たちも、誰も口を出そうとしなかった。

 誰にも咎められないまま、学園の中に入る。

 そのまま資料室に案内しようとしたリゼットだったが、エクトルが険しい顔をしていることが気になって、足を止める。

「あの……。少し休まれますか?」

 そっと尋ねると、エクトルはしばらく沈黙した。

「……ああ」

 どうするか迷っていた様子だったが、やがて静かに頷いた。

 リゼットはエクトルを連れて、資料室ではなくいつもの図書室に向かった。そこから休憩室に移動する。ここならば、ゆっくりと休めるだろう。

 いつもひとりで昼食を食べている場所だが、ソファは広くて柔らかく、カーテンもきっちり閉められるようになっているので、休むには良い場所だ。それなりに広いので、ゆっくり休めるだろう。

 けれどここを、他の生徒が使っているのを見たことはなかった。

 この図書室は、教室からかなり離れている。ほとんどの生徒は、学年問わず交流できる談話室か、中庭を選ぶのだろう。

 リゼットは先に休憩室に入り、カーテンをすべて閉める。

 エクトルはそんなリゼットの行動に何か言いたそうだったが、何も言わずにソファに座った。すぐには倒れ込まなかったので、早めに休んでよかったのかもしれないと、ほっとする。

「先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」

 そんな彼に丁寧に頭を下げて、助けてもらったお礼を告げた。

 彼が通りかかってくれなかったら、どうなっていたかわからない。

 レオンスはたしかに我儘で少し横暴なところはあるが、あんなに乱暴な人だとは思わなかった。地面に押し付けられ、髪を掴まれた恐怖を思い出して、組み合わせた両手が震えた。

「これで、先日の借りは返した」

 そんなリゼットに、エクトルはぽつりとそう言う。

 彼が倒れ、その介抱したときのことを言っているのだろう。

 ただリゼットはその場に居合わせ、当たり前のことをしただけだ。目の前で具合の悪そうな人がいたら、放っておく人の方が少ないと思う。

 けれどそれを彼が「貸し」だと思っているのなら、素直に頷いた方がいい。

「はい。本当にありがとうございました」

 だから余計な言葉は口にせず、もう一度頭を下げた。

「……あれは誰だ?」

 リゼットが素直にエクトルの言葉を受け入れたからか、彼はソファに寄りかかったまま、そう問いかける。

「私の、異母妹(いもうと)です」

 ゼフィールと親しいのならば、当然レオンスのことは知っているだろう。

 だからマリーゼのことだと悟り、リゼットはそう告げた。

「異母妹か。あれは、いつもあんなことを?」

 あんなことが、どれを指す言葉なのかわからず、リゼットはしばらく沈黙した。

 リゼットの婚約者であるレオンスに、庇われていることだろうか。

 迷いに気付いたのか、エクトルはさらに言葉を重ねた。

「自分でわざと転んでおいて、泣き出したことだ。馬車に隠れて向こう側から見えなかったようだが、こちら側から見れば、あれが自演だとすぐにわかった」

 冤罪で責められているのがわかったから、エクトルは助けてくれたのだろう。

 彼と言葉を交わしたのは、倒れたときに助けた以来だが、不正や冤罪を嫌う公正な人のようだ。

 自演であんなことをしたマリーゼを、不快に思っている様子だった。

「異母妹は私を嫌っているので、あんなことをしたのだと思います」

 どこまで話したらいいのかわからず、ただマリーゼの行動の理由だけを告げた。

 よく知らない他人の家庭の事情を語られても、困るだけだ。

「そうか。だがゼフィールの弟が、あれほど乱暴だとは思わなかった。さすがにあれは見過ごせない。今日のことは、ゼフィールにも告げておく」

「……はい」

 リゼットは静かに頷いた。

 自分の境遇を知られてしまうのは恥ずかしいが、エクトルが言っていたように、マリーゼを守るためだったとしても、レオンスの行動は行き過ぎていた。

 権力を持つ立場であるだけに、このままでは配下を虐げるような人間になる可能性がある。きっとゼフィールもそう考えるだろう。

 ただ今回の主犯とも言えるマリーゼに関しては、エクトルは介入するつもりはないようだ。

 異母妹だと告げたので、家庭内で解決する問題だと思ったのだろう。

 話はここで終わりのようで、エクトルは沈黙した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ