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 けれどマリーゼは、わざとリゼットの傍に馬車を停車させたらしい。

 従者の手を借りて馬車から降り、手が触れるほどの距離にリゼットがいることを確かめると、まるでリゼットに突き飛ばされたかのように、その場に転がった。

「きゃあっ」

「マリーゼお嬢様!」

 高く上がる悲鳴に、驚いた様子で駆け付ける従者の声。この従者はマリーゼのお気に入りで、いつもリゼットに冷ややかな視線を向けていた。

 きっとふたりは、予め打ち合わせていたのだろう。

 周囲の視線も、当然こちらに集まる。

「え……」

 突然のことに、リゼットは立ち尽くした。

 きっと他の生徒からは馬車が死角になって、何が起こったのかわからなかったに違いない。

 ただ、マリーゼが突き飛ばされたかのように転がって、その視線の先にリゼットがいただけである。

 リゼットは疎んじられていて、マリーゼは愛されている。

 それだけで、充分だった。

「……お姉さま?」

 弱々しく震える声は、いつもの演技だとわかっているリゼットにも、悲痛に満ちているように聞こえた。

「どうして?」

 青い瞳に、涙が溜まっていく。

 しかしこの哀れな様子も、白い頬を伝っていく涙も、すべて演技なのだ。

 周囲から向けられる悪意の視線よりも、自分を貶めるためにここまでするマリーゼが恐ろしくて、リゼットは逃げることもできずに立ち尽くしていた。

「マリーゼ!」

 凍り付いたような空間を破ったのは、地面に倒れたままのマリーゼに駆け寄るレオンスの声だった。

「大丈夫か?」

「レオンスさま……」

 マリーゼはレオンスの姿を見ると、助けを求めるように手を伸ばした。けれどリゼットの視線に怯えたように、すぐにその手を下してしまう。

 構わずにマリーゼを抱き起こしたレオンスは、怒りに満ちた視線をリゼットに向ける。

「何のつもりだ? 異母妹(いもうと)を虐げるのが、そんなに楽しいのか?」

「……っ」

 憎しみをはっきりとぶつけられて、リゼットは息を呑んだ。

 今までのレオンスは、誰かを特別扱いすることはなかった。

 婚約者のリゼットでさえ、押し付けられたものだと渋々受け入れていたのだろう。

 けれど今は、マリーゼのために本気で怒っている。

 リゼットから離れた一年ほどの間で、レオンスにとってマリーゼは、それほどまでに特別な存在になっていたのだ。

 レオンスとマリーゼには、正妻の子ではないという共通点がある。

 もちろんゼフィールは、異母弟(おとうと)を虐げるような人ではない。

 けれど優秀な兄と比べられ続けたレオンスは、生まれにも少し負い目を持っていたのだろう。

 それが、マリーゼへの同情に拍車をかけたのは間違いない。

「……私は」

 何か言わなければと思ったリゼットだったが、結局何も言えずに俯いた。

 きっとレオンスはマリーゼのことばかり信じ、リゼットの言うことなど信じてくれないに違いない。

 だがその様子が、さらにレオンスの怒りを買ったらしい。

「謝罪もしないとは。自分で謝れないのなら……」

「きゃっ」

 乱暴に突き飛ばされ、思わず悲鳴を上げる。

 レオンスは、倒れた衝撃ですぐに立ち上がれずにいたリゼットの頭を、無理やり地面に押し付けた。

「マリーゼに謝罪しろ」

「……っ」

 乾いた土がリゼットの頬を汚す。

 掴まれた髪が痛かった。

 まさかレオンスが、ここまでするとは思わなかった。

 あまりにも乱暴な扱いに涙が滲む。

 昔は少し我儘だが、こんなに横暴な人ではなかったはずだ。

 この状況を仕組んだマリーゼさえも、驚いて目を見開いたままだ。

 興味本位で様子を伺っていた周囲の人たちも、レオンスの激しさに驚き、そっと視線を逸らす。ここで下手に目立って、怒りがこちらに向くかもしれないと恐れているのだろう。

「学園内で暴力行為とは……」

 張り詰めた空気の中。

 呆れたような声が学園内から聞こえてきて、周囲の視線がそちらに集まる。

 レオンスの手が緩んだので、リゼットも声の主を見上げた。

(あ……)

 陽光に煌めく銀色の光が見えた。

 ゆっくりと歩み寄ったエクトルは、マリーゼと、地面に転がるリゼットを順番に見た。

 そして最後に、まだリゼットの頭を掴んだままのレオンスを見て、端正な顔立ちに嫌悪の色を滲ませた。

 だがそんな表情でさえ、見惚れるほど整っていた。

 いつも薄暗い図書室で見ても整っていた顔立ちは、明るい光の下で見ると、言葉を失うほどだった。

 あのレオンスでさえ、彼の前では霞んでしまうだろう。

 彼にもそれがわかったらしく、忌々しそうに、目の前まで歩いてきたエクトルを睨もうとした。

「この国での女性の扱いは、これが普通なのか?」

 けれど、その冷徹な声と視線に気圧されたかのように、後退した。それによってようやく解放されたリゼットは、痛む身体をゆっくりと起こした。

 エクトルはレオンスのように、声を荒げたわけではない。

 それでも、その言葉から滲み出る静かな怒りに、レオンスは完全に吞まれている。

 思えば第二王子であるレオンスに、これほどはっきりと敵意を示した者は今まで誰もいなかったのだろう。

 国王陛下はレオンスに甘く、ゼフィールはそうするほどレオンスには関心がなさそうだ。

 レオンスは今まで、自分に逆らえない者にばかり囲まれてきたのかもしれない、とリゼットは考える。


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