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それだけではなく、異母兄を強く意識しているレオンスとは違って、彼の方はほとんど異母弟には興味がないように見える。
「エクトルはユーア帝国から静養のために、この国に滞在している」
そんなことを考えていたリゼットに、ゼフィールは彼の事情を語り始めた。
弟の婚約者ならば、少しばかり内情を話してもかまわないと思ったのかもしれない。
リゼットも、静養と聞いて納得した。
たしかに北に位置するユーア帝国よりも、この国は温暖で過ごしやすいだろう。
「学園に留学しているわけではないが、あの図書室が気に入って通っているようだ。だが、最近あまり体調が良くなさそうで、心配していた」
そう言ったゼフィールは、ユーア帝国からの客を気に掛けているというよりは、親しい友を案じているように見えた。
自分の護衛騎士に送迎させていることといい、相当親しい間柄なのだと察せられる。
「本来なら常に護衛騎士を傍に置きたいところだが、エクトルは人嫌いでね。護衛騎士が傍にいると、気が休まらないようで、今のところは送迎だけだ。だが最近はあまり体調が良くないようで、少し困っている。リゼットは毎日、図書室に行くと言っていたな」
そう問われて、戸惑いながらも即座に返答した。
「はい。放課後は、ほとんど図書室にいました」
図書室の隣には、本を読んだり研究をしたりしていた人たちが休憩できる部屋があった。
飲食も可能のようで、司書が毎日お湯を沸かして、お茶も淹れられるようにしてくれていた。図書室から直接行けるようになっていて、扉などで仕切られてはいないが、それなりに広くて快適な場所だ。
エクトルを助けたあの日から、リゼットが図書室に入っても、以前のように険しい顔をすることはなくなっていた。
だから昼休みはそこで持参した昼食を食べ、残り時間も図書室で本を読んで過ごしていた。
休憩室も図書館と同じくほとんど人がいないので、ゆったりと過ごせる貴重な時間だった。
「最近は、昼休みもそこで過ごしています」
「そうか。ならばあの日のように、ときどきエクトルの様子を見てくれないだろうか?」
突然そう言われて驚いたが、リゼットはその驚きを表に出さないように、何とか抑え込んだ。
今、目の前にいるのは、王太子殿下だ。
その言葉を聞き返すなど、けっして許されない。そして、王太子からの依頼を断ることもできないだろう。
それにリゼットも、エクトルの様子は気になっていた。
ゼフィールから依頼されなくとも、今日の体調はどうだろうと、様子を伺っていたくらいだ。
日射しの強い日などはカーテンを閉めたり、空気の入れ替えをしたり、護衛騎士が気付かないことを積極的に行っている。
エクトルもそれに気が付いている様子だったが、何も言わなかった。
拒絶されていないのであれば、これからも続けようと思っていたのだ。
「承知いたしました」
だからリゼットは即答した。
王太子からの命があるのならば、むしろ堂々と彼を見守ることができる。
リゼットの返答にゼフィールは満足そうに頷くと、その背後に立っていた黒髪の騎士に命じる。
「話は以上だ。アーチボルド、リゼットを寮まで送り届けてくれ」
「畏まりました」
アーチボルドは主の命令を受け、リゼットを寮の入り口まで送り届けてくれた。
「急なことで驚かれたかと思います」
馬車を降りて、送り届けてくれた礼を告げたリゼットに、アーチボルドはそう言って気遣ってくれた。
「私も殿下の命で、学園の図書室にはよく足を運びます。何かございましたら、何でもお申し付けください」
「はい、ありがとうございました」
丁寧に接してくれる彼に、リゼットも礼を返した。
寮の部屋に戻った途端、緊張が解けて、リゼットはその場に座り込んだ。
「……はぁ」
こんなことになるなんて思わなかった。
(まさか王太子殿下と、お会いするなんて)
噂通り、とても厳しい方に思えた。
けれどエクトルのことを心配したり、リゼットを義妹になる予定だと言ってくれたり、身内にはとても優しい人のようだ。
その期待に応えるためにも、自分にできることを精一杯やろうと思う。
(昼休みの時間の過ごし方だけは、変えなくてはならないわね)
一緒に休み時間を過ごす友人のいないリゼットは、せめて昼食に楽しみを見出そうと、町の知り合いから教わった料理や、本を見て作ってみた料理を持ってきて、ゆっくりと昼食を楽しんでいた。
けれどエクトルはいつも、昼食を食べていない。
彼の様子を見守るには、早々に昼食を終えて図書室に戻った方がいいだろう。
今までの楽しみは夕食に取っておくことにして、昼食には簡単に食べられるものを用意することにしよう。
夕食の用意をしながら、そう考える。
ゼフィールに命じられたこととはいえ、いつもと変わらない生活のはずだ。
けれど今まで人との関わりが皆無だったリゼットは、誰かの役に立てるということに、自分で思っていた以上に喜びを感じていたらしい。
いつも通りに。
そう思っているにも関わらず、遅くまで料理を続けていて、夜更かしをしてしまった。
そのせいで起きるのが少し遅くなってしまい、慌てて身支度を整えて学園に向かう。
学園は、寮のすぐ近くにある。
朝の門前は混み合っていて、王都内から通う生徒も多いため、たくさんの馬車も止まっている。
いつもはもう少し早く出るので、屋敷から通っている生徒たちと遭遇することはなかった。
でも今日は起きるのが遅くなってしまったこともあって、時間が同じになってしまったらしい。
その中でもひと際豪華な馬車が、他の馬車を押しのけるようにして前に進み、学園の入り口近くに止まる。
ちょうど学園に入ろうとしたリゼットの、すぐ隣だった。
何気なく視線を向けたリゼットは、それがオフレ公爵家のものだと気が付いて、慌てて視線を逸らした。
マリーゼに会いたくはなかった。
会えば、必ずリゼットに悪意を向けてくる。
関わらないのが一番だ。




