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 それからも、リゼットは変わらずに図書室に通っていた。

 相変わらずいつもの場所にはエクトルの姿があって、傍には護衛騎士がいる。

 最近はアーチボルドだけではなく、別の騎士が護衛しているときもある。

 あの日、アーチボルドの迎えが遅れてしまったときにエクトルの具合が悪くなってしまったので、護衛の人数を増やしたのかもしれない。

 ちらりとエクトルの方に視線を走らせると、今日は顔色がよさそうだ。それに安心して、今日は本を借りてすぐに図書室を出る。

(今日の夕飯は、何にしようかな?)

 それほどいろんな料理は作れないが、最近は失敗することが少なくなった。そろそろお菓子作りにも挑戦してみたいと思っている。

 リゼットは、借りたばかりの本にちらりと視線を走らせた。

 これも、お菓子作りの教本だった。

 甘いものは父が亡くなってから一度も食べていないが、最近は昔のことをよく思い出すせいか、何となく作ってみたくなったのだ。

 けれど本に掲載されている通りに作ろうとしたら、かなり材料費が掛かる。

(今度、町の人たちに良いレシピがないか聞いてみよう……)

 そう思いながら歩いていくと、学園寮の前に誰かが立っていることに気が付いた。

(あ……)

 遠目にもわかる黒髪は、以前エクトルを迎えに来ていたアーチボルドだ。最近は別の騎士がエクトルに付き添っていたが、見間違いではないだろう。

 リゼットは、思わず足を止めてしまった。

 王太子の護衛騎士が、学園寮の前に立っている。

 周囲にいた寮生たちも彼を気にしているようで、こっそりと彼に視線を送っていた。

(どうして彼が、こんな場所に?)

 不思議に思いながらも、自分には縁のないことだろうと、軽く会釈をして通り過ぎようとした。

 けれどアーチボルドはリゼットを見つけると、ほっとしたように顔を綻ばせる。

「オフレ公爵家の、リゼット嬢ですね?」

「え?」

 名前を告げた覚えはないが、きっと調べたのだろう。

 王族に勤める近衛騎士なのだから、それくらい簡単なのかもしれない。

(でも、どうして私に?)

 不思議に思いながらも、こくりと頷く。

「はい、そうです」

「実はゼフィール王太子殿下が、この間のことで聞きたいことがあると仰せです。王城まで来ていただけますか?」

 アーチボルドの言葉に、リゼットはすぐに頷いた。

「承知いたしました。すぐに伺います」

 王太子に呼ばれて、拒絶することなどできない。

 制服のままで良いというので、寮に荷物だけ置き、そのまま彼に連れられて王城に向かう。

 馬車に乗るのは久しぶりで、王城には一度、レオンスとの婚約が結ばれた際に、父と一緒に行ったきりだ。

(懐かしい。意外と覚えているものね)

 父と歩いた記憶が蘇り、少しだけ切なくなる。

 王城に到着してもリゼットは質問ひとつせず、先に歩くアーチボルドに素直に付き従っていた。

 どうして王太子が自分を呼び出したのかわからないが、ここでアーチボルドに質問を重ねても、彼は話さない。

 困らせるだけだ。

 どのみち、王太子に会えばわかることである。

 案内されたのは客間のような部屋で、そこで待っていたのは、呼び出した王太子のゼフィールと、彼の護衛をしていた別の近衛騎士のふたりだけだ。

(ゼフィール王太子殿下……)

 こうして対面するのは初めてだ。

 長年第二王子のレオンスと婚約者だったが、ゼフィールと言葉を交わしたことは一度もなかった。

 レオンスの異母兄であるゼフィールは、リゼットよりもひとつ年上のレオンスよりも、さらに四つほど年上だ。

 レオンスと同じ金色の髪に緑色の瞳だが、華やかな容貌の弟とは違い、落ち着いた威厳のある雰囲気を纏っている。

 引き締まった体躯は、隣に控える騎士にも劣らないだろう。

 顔立ちは弟と同じく整っているが、普通の令嬢ならば見惚れるよりも先に気圧されてしまうに違いない。

「仰々しい挨拶は必要ない。ただ、礼を言いたかっただけだ」

 部屋に案内されたリゼットが挨拶を述べる前に、ゼフィールはそう言ってリゼットに着席を促した。

 静かに目を伏せて、リゼットは言われた通りに動いた。噂に聞いていたように、ゼフィールは合理主義らしい。

「君は、レオンスの婚約者だな?」

「……はい」

 問われた言葉に、静かに頷く。

 まだ婚約は解消されていないので、そう答えるしかない。

「弟から聞いていた話とは、随分違うように見える」

 ゼフィールは、レオンスがリゼットについてどう話していたのか口にしなかった。

 だがそれが、リゼットを貶める言葉だったことは想像できる。

 それくらいレオンスは、リゼットを嫌っている。

 聞いたらリゼットが傷つくだろう言葉を、あえて聞かせないところに、弟との器の差を感じた。

 やはり彼は、いずれ王となる人間なのだろう。

「まあ、いい。君とは初対面だ。弟の話よりも、自分の目で見たものを信じることにする。エクトルを助けてくれたようだな。今日はその礼を言いたいと思って、呼び出した」

「とんでもございません。意識のない方に、無断で触れてしまったのですから、咎められても仕方がないと思っております」

 そう言うと、ゼフィールの雰囲気が和らいだ。

「悪意のない者を、咎めたりはしないさ」

 優しくそう言われて、驚いて顔を上げそうになる。

 ゼフィールはレオンスとは違うと感じていたが、ここまで違うとは思わなかった。

「弟の婚約者ならば、いずれ私の義妹だ。リゼットと呼んでもかまわないだろうか」

「は、はい。光栄です」

 慌ててそう答えながらも、彼の義妹になる未来がリゼットにあるとは思えなかった。

 だが、ゼフィールの考えは違うようだ。

 たとえ身内の前で不満を口にしていたとしても、婚約者を大切にしなければならないことはわかっているはずだと思っている。まさか弟が王命である婚約を解消したいと願っているなんて、考えもしないのだろう。

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