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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編 68 剣の道を往く

作者: スモークされたサーモン


 玉には真面目なのも書きます。反動でしょうか。


 あ、いや、毎回真面目に書いてます。うん。真面目にね。




 人を斬る。


 そのために剣術はある。


 自分に剣を教えた祖父の口癖だった。


 祖父は剣術を自分に叩き込んだ。同時期に教えを受けた者は全員が腕や指を失った。


 祖父は一族歴代の中でも特に優れた剣士だったらしい。


 その扱きは苛烈。


 木刀で骨折なんて当たり前。何人かは組み合い最中に打ち所が悪くて死んだ。


 剣術とはそういうもの。


 祖父は鬼だった。剣の鬼である。


 教えから逃げた者は容赦なく斬り捨てた。男も女も関係なく。


 ひとたび剣を持てば死ぬまで剣士である。


 逃げることは死ぬことである。臆す事は死ぬべき事である。


 そう言いながら死体の山を築いた祖父は何を斬っていたのだろう。


 家族すら斬り捨てて祖父は何をしたかったのだろう。

 

 人を殺すことになんの躊躇いも無かった祖父は毒を盛られて死んだ。呆気ない死に様だった。悲しんだものはいない。喜んだものもいない。


 祖父の遺した剣術は邪剣として封印される事になった。これがあったから多くの者が死んだ。そんな理屈で。


 たとえ祖父が死んでも怖かったのだろう。祖父も、祖父が振るっていた剣も。その全てが。


 祖父に殺された者達の命はこうして『無駄死に』となった。


 礎になることもなく。ただ狂人によって殺されたという意味しか彼等には残されなかった。


 祖父を殺したのは片腕を斬り落とされた弟子の一人だった。弟子は一族の為にも祖父を殺すべきだと思い、毒を盛った。


 自分のしたことは正しい行いだと弟子は言った。師を殺さなければみんな殺されていたと。


 祖父はこうして殺された。


 祖父は何を思って死んでいったのだろう。弟子に毒を盛られて何を感じたのだろう。


 祖父の家は燃やされた。


 その存在すら消し去るように。


 その痕跡すら消し去るように。


 一族の歴史からも祖父は消されようとしていた。


 私は家が燃やされる前に祖父の家に忍び込み遺品を回収した。祖父は確かに鬼である。それは事実だろう。


 祖父の手に掛かり多くの者が命を落とした。


 それも事実。


 だが剣士とはそういうもの。


 剣は玩具ではない。


 人を斬る為の武器である。


 それを手にすると決めたのなら人であることは捨てねばならない。


 人のまま人を殺せる。そんな都合の良いことは決してない。


 剣を手にした時から人は鬼に堕ちる。


 祖父の最初の教えはそれだった。


 人のままでありたくば剣の道を志すな。


 それを理解して門下の者は剣を持った。剣を握った時点で、まともな死に方など望むべきも無かったのだ。


 自分は無理矢理祖父に剣を持たされたからいつも文句を言ってやったが。


 こんなの振りたくないと。


 祖父は笑いながら言っていた。


 一族の業は一代では到底消せん。お前も背負うのだ。それが私の孫として産まれたお前の辿る道となる。


 祖父は笑いながら泣いてるようにも見えた。


 祖父は確かに鬼であった。自分は五体無事で済んでいたが、それは死ぬほど鍛練した結果に過ぎない。少しでも油断や慢心があれば容赦なく首を落とされていただろう。祖父はそういう人だった。


 祖父は確かに鬼である。しかしその剣に嘘は無かった。


 鬼の剣に邪気は無かったのだ。あるのはただひたすらに真っ直ぐな信念のみ。


 人を斬る鬼であれ。


 鬼であるのならば人を越えよ。


 祖父の剣はそういう剣だった。


 私は祖父を憎めなかった。いや、ものすごく厄介なじじいとは常々思っていたが。


 自分と祖父は言葉を交わすことも少なく、剣を通して互いをぶつける事しかしてこなかった。


 まさか毒殺されるとは夢にも思っていなかったし、そんな簡単に死ぬとも思えなかった。祖父は鬼であったのだから。


 祖父は何も語らずに死んでしまった。だからこそ知りたいと思った。


 何故祖父は鬼になってしまったのか。それを聞く前に祖父は死んでしまった。


 だから焼かれる前に祖父の縁を求めた。


 焼かれる直前の祖父の家から回収できたのは『日記』であった。


 そんなものを付けていたとは知らなかった。それもそのはず。最後の日付は祖父がまだ二十歳の頃だ。


 死んだ祖父には悪いとは思うが中を見させてもらった。毒程度で死ぬじじいが悪い。


 日記の最初はじじいがまだ子供の頃。小学生になるかそこらの時だった。子供なのに角張った字が祖父の性格を物語る。


 祖父には兄妹が沢山いた。その当時の賑やかな暮らしの様子が克明に書かれていた。祖父は特に妹を大切にしていたようだ。とても可愛いくて聡明な妹であると褒めちぎっている。こんな素晴らしい妹は世界でもこの子だけだろうと。一頁を丸っと称賛だけで埋めているのには驚いた。


 どれだけバカ兄なのか。


 自分の知る祖父からは想像できない『常人』振りである。あの祖父も普通の子供だったのだ。かなり妹愛に溺れている感じはしたが。


 日記を読み進めると不思議な記述が幾つも出てきた。祖父が子供の頃、うちの流派には分家と本家が存在していたという。


 祖父は分家筋。その筆頭家に生まれた。つまり自分もその係累となる。しかし自分は祖父からそんな話を聞いたことがなかった。他の長老格にも聞いたことがない。


 日記に書かれている『本家』というのは……恐らく分家が仕えた主君筋ということらしい。日記でもかなりぼかして書いてある。


 余程ダメな本家であったようだ。子供の日記なのに、かなり言葉を選んで書かれている。


 そこに透けて見えるのは没落。本家は完全に没落し、分家によって養われていた。分家は剣士として仕えていたのだろう。


 分家は剣士として多方面に活躍することで金を得ていた。それは今も変わらない。傭兵業がうちの家業だ。だから違和感はない。


 だが今のうちに『本家』は存在しない。あえて言うなら祖父が本家であり本筋となるのだろう。


 疑問に思いつつ日記を読み進めた。


 祖父は幼い頃から剣の才能に溢れていたらしい。齢十にして大人にも劣らぬと書かれていた。多少の誇張はあるだろう。同年代で最強。それくらいに感じていた。


 小さい頃の祖父は鬼ではなかった。才覚溢れる少年。そういう印象を受けた。


 だが日記を読み進めるに従い不穏な気配が日記の端々に現れ始めた。


 本家の暴走。


 分家とのパワーバランスが完全に逆転した本家。プライドだけは高くて分家と本家で度々揉め事に発展していたようだ。


 かつての栄華が忘れられずに贅沢三昧をしたい本家。


 そんな本家に愛想を尽かしている分家。


 二つの家は対立することになったのだ。そして最悪の終わりは唐突に訪れた。


 日記には祖父が鬼となるに当然の凄惨な出来事が書かれていた。


 角張った字は震えていた。紙面の所々にふやけた跡もある。泣きながら書いたのだろう。血の滲んだ所もある。


 祖父が可愛いがっていた妹。世界で一番愛していると豪語する愛する妹。それのみならず分家の幼子達が全て殺され死体は切り刻まれ門扉の前に打ち捨てられた。


 下手人は分家の者だった。本家の者と結託して子供達を殺し尽くしたのだ。


 何故結託したのかは書かれていない。本家に金があるようには思えないので多分他の何かで雇ったのだろう。


 祖父は強かった。子供にしては強かった。だが相手は分家の中でも腕利きの剣士だった。祖父は凶行を止めようと挑み掛かるも返り討ちにあい下手人を取り逃がしてしまった。


 あとに残されたのは守れなかった子供達と愛する妹の変わり果てた姿。


 子守りとして子供達に慕われていた祖父の目の前で凶行は行われた。


 祖父の無念は如何ほどだったのだろう。


 この日を最後に日記は一旦途絶える。


 恨みも後悔も日記には書いてない。ただ起きたことを淡々と書いたのだろう。

 

 日記が再開されたのは祖父が二十歳になってから。


 書かれていたのは、ただ一説。


 鬼となり斬り伏せ候う。


 これで日記は完全に途絶えた。


 祖父は復讐を果たしたのだろう。十年。祖父は復讐の鬼となり下手人を探し出して斬り伏せた。


 祖父は……それでも鬼に堕ちきらなかったのだろう。


 ただ人を斬るだけの本当の鬼には。


 自分だったら……大切な人が殺されたその時に、そのまま全てを憎んで鬼と成り果てていただろう。


 祖父は剣士に対しては容赦なく剣を振るった。


 だが善良な一般人を斬った話は聞かない。善良ではない一般人は沢山斬っているが。


 傭兵家業をしているから人殺しは珍しい事ではない。だが一般人を無闇に殺めるのは傭兵に非ず。山賊野盗の行いである。


 祖父は殺人を強く戒めていた。剣は人を斬るものと教えながら。本人が殺しまくるから全く説得力を感じなかったが。


 だがそれは自分が『剣士』だったからだろう。


 祖父は……剣士という存在自体が許せなかったのかもしれない。日記には何も書かれていない。ただ起きたことが書かれているだけ。だからその後の事はまるで分からない。


 かつての『本家』は斬られたのだろう。


 それが祖父の手によるかは分からない。分家の者が総出で斬り伏せたのかもしれない。


 そして祖父は分家をも斬ったのだろう。


 今のうちは祖父の日記に書かれていたような規模ではない。昔とは比べられないくらいに随分と小さくなっていたのだから。


 祖父は鬼になった。


 それは鬼になるしかなかったからだ。


 そして鬼は鬼であることを自らの枷とした。


 人を斬る。


 その為に剣術はある。


 そして剣を持った者は鬼となる。


 祖父が本当に斬っていたのは『鬼』だった。


 かつて大切な人を殺めた鬼。


 これから人を殺めるかもしれない鬼。


 祖父が一番斬りたかったのは鬼となってしまった祖父自身でもあったのかもしれない。





 うちの流派は潰されることが決定した。一族は存続することになったが祖父の剣は無かった事にされていた。


 祖父は殺しすぎた。


 身内からも恐れられるぐらいに。


 私も一族を追い出される事になった。それは別に構わない。世界は広い。どこにだって争いの火種はある。傭兵業はどこでも大歓迎だろう。


 私は海に行きたい。


 祖父の日記に書いてあったのだ。愛する妹と一度でいいから海に沈む夕日を見てみたいと。


 祖父の日記……これを手向けるにはそこが一番だろう。


 やり残したことを終わらせて私は旅に出た。


 その旅先で不思議な噂を聞いた。


 とある傭兵一族がある夜、突如として全滅したと。


 生存者はなく全員が斬られて死んでいた。老若男女の区別なく。赤子すら一刀の元に斬り殺されていた。


 新たに就任した隻腕の当主も真っ二つにされ部屋に転がっていたという。


 犯人は不明。そして目的も不明。つい先日亡くなられた先代当主の祟りでは? そんな噂話だった。


 あのじじいが化けて出るだろうか。今ごろあの世で妹を溺愛しているような気がしておかしくなった。


 きっと周りがドン引きするくらいに祖父は妹愛を振りまいていることだろう。


 鬼は継いだ。


 祖父の業は既に私のものなのだ。

 

 あの世では兄バカな祖父でいてほしい。存分に自慢の妹を愛してほしいと思う。


 鬼を斬る。それは今や私の業なのだから。




 今回の感想。


 他の作品との差がすごいなぁ。


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