第1章 ・少女の夢、そして目覚め
霧のかかった森の中、王国の民たちは大往生を遂げた最長老を囲んだ。国民が棺に花束を奉げる中、王妃は悲し気な表情を浮かべる。
「この惑星もかつての自然を取り戻し、やっとこれからなのに。ヒトの命がこんなにも短く、はかないなんて。」
王は王妃に問いかける。
「彼はヒトとして生を全うしたんだ。ヒトはいずれ死ぬ運命にある。それが大自然の道理だ。それでも、君は分からないのか。」
王の問いに、王妃は答える。
「私は元からヒトではないもの…」
「そうか、残念だ。しかし、君の考えはあながち間違ってはいない。何故なら我らには、守り続けるべき惑星があるからだ。」
「ええ…私たちが開拓した新たな惑星・クロノ―ティカが。」
暗闇の中である少女がふっと目を覚まし、呟いた。
「これ、私の…記憶じゃない…誰の?」
暗い、暗い。何も見えない闇の中をゴゥンゴゥンと下っていく。
サーボの作動音がウィーン、ウィーンと箱の中でこだまする。
箱が明るみへと抜けた時、黒ずんだ箱の中にうっすらと少女の頭が浮かび上がる。
少女は問う。「これは終わり、それとも始まり?」
しばらくすると、謎の答えが返ってくる。
「それはお前に任せるとしよう。」
しばらくするとリフトが止まり、下の大きな何かにガチャリとつながった。
「これ、始まり?なら次、何がある?」
言葉としての返答は返ってこなかった。その代わりに、少女は自らの体内に何かが流れる感覚を感じた。
少しずつ闇がかき消されていく…誰かいる。自分の目線よりも高い身長の女性だ。
闇が完全に消えた時と同時にドアが開いた。ボディスーツを着た長身の女性は、少女の問いに答えた。
「次に何が?私たちと出会うことになる。」
女性は少女をポッドから出し、彼女をやさしく抱きしめた。
「お前は7番目の存在、ノルト・セプト…」
まるで母親のように振る舞う女性の腕の中で、少女は右目で女性の顔を見ながら、左目で自身の右腕に装着されたナンバーコードを確認した。
「コード07…わたし、7番目?」
「そう、そして私のコードは01。ファーストカインド、ノルト・アン。皆からは、隊長と呼ばれている。」
隊長はゆっくりとセプトを席に座らせ、少女の両肩に透明なホースを繋いだ。ホースには透き通った赤色の液体が流れ、セプトの身体を満たしていく。
「何がなんだか分からないかもしれないが、よく聞いてほしい。私たちはこの星の開拓者・ヒトを護る為に造られた、ヒト成らざるもの。なにがあろうと、最期まで主人に尽くす兵の器だ。」
セプトは隊長の言葉を疑問に思った。確かに彼女の左腕は自分の物と同じく、作り物だ。しかし彼女の右腕、そして胸からは暖かいヒトの脈、命の鼓動を感じられたのである。
「ウソ...あなた、ヒトの脈、感じられた…」
隊長は右手の人差し指をそっとセプトの唇に当てた。
「私とて、もうヒトではない。お前と同じ立場のモノだ。」
セプトはこっくりと、まだ慣れない首を動す。研究室の照明の周りをハエがただひたすら飛び回る。セプトはハエを凝視し、自らの眼球をぐりんぐりんと回す。
「ほう、そろそろ神経が体に行き届いているのではないか?このパチンコ玉、すぐに掴めると思うが」。
隊長はセプトを目がけて、ピンとパチンコ玉を人差し指ではじいた。するとあろうことか。パチンコ玉はすっぽりとセプト右手の人差し指と中指の間に挟まってしまった。
「なるほど、大した反射神経だ。ならば、今度はこうだ。」
今度は5つのパチンコ玉が、空中で氷柱のような形に変わり、セプトの胸を貫かんとした。その時である。セプトは左手の手の平から熱波を発し、飛んでくる球を焼き切った。
赤く発光した手の平の前の床には液状化したパチンコ玉だったものが垂れていた。
隊長がふふっと微笑む。
「抜き打ちの結果はまずまずといったところか。では今から陛下の元へ案内する、ついてこい。」
隊長はセプトの両肩のホースを外したあと、彼女の左腕を掴み、部屋を後にした。
暖かな繭から放たれたのがまるで嘘だったかのように、薄暗い廊下が続く。まるで蛹から孵ったばかりの虫が重い土を掻き分け、大地に向かって進んでいるかのようだ。
天井の小さな穴からサラサラとが砂が落ちてくる。セプトは前進しながら、数か所空いている壁の穴から落ちてくる砂を見ていた。
壁側に視線を移すと、長方形のプレートが張られていることに気づいた。
プレートには、以下のように書かれていた。
人類軍ハウンド級宇宙巡洋母艦
「―ROSEBUD―」
艦長‐ ケイン・シュバイツ(名前の上にに取り消し線が引かれている)
クロノーティカ王16世
プレートを見つめるセプトに寄り添うように、隊長はセプトに説明した。
「我々人類軍はこの惑星に常駐している大型無機質歩行物体・テクロポッドから身を隠す為にこの砂底基地を築き上げた。どうやら宇宙船の残骸を改装したものらしい。」
歩行物体、砂底基地、宇宙船。次々と聞きなれない単語が飛び出す。
「起きたばかりのお前には少し難しい話だな。簡潔に言えば、我らの主人であるヒトはこの惑星の外から来た存在で、我らは主人たちのために戦場での汚れ仕事を行うために造られた者だ。」
「汚れ仕事…テクロポッド?」
「テクロポッドは我ら人類軍の敵だ。我らノルトの力で抹殺しなければならない。」
隊長の言葉を聞いたとたん、セプトの脳裏に電撃が走ったような感覚が襲う。脳裏からヒトの声が聞こえてきた。
「…なんで殺しちゃうの?仲よく暮らせるはずなのに。」
「戦え」
「戦わない?ならば、処分されるだけよ。」
「戦え」
「人と交わったお前なぞ同族ではないわ!」
「戦え」
「俺がそばに居てやる。」
「だから戦え。」
セプトは地面にバタンと膝をついてしまった。電流が身体から漏れ出す。
「おいセプト、大丈夫か?まだ電流が身体になじんでいないのか。」
心配した隊長はセプトを担いでいくことにした。
歩き始めて約10分のところでやっと目の前に光が漂う扉が現れた。
「そろそろ王の間に辿り着く。もう一人で立てるか?」
セプトはこくりと頷く。
「よかった。これからお会いになるのは我らが従うべきヒトの中で最も偉いヒトだ。真摯に接するように。」
隊長は扉の前でセプトを肩から降ろした。
「また陛下に頭を下げにきたか、マトン(操り人形)さんよ。」
門番の一人は無礼な態度で隊長に突っかかってきた。
「よせ、ユセフ。彼女たちは兵士に寄り添い、導く者たちだ。そのような冷やかしはやめろと言っておるだろう。」
「…今日は陛下に7番目のノルトが目覚めたことを伝えに来たのだ。開けてくれ」
王の間の中には、王が玉座の上に鎮座していた。
「こんな中途半端な日時に報告とは、一体どういうつもりかね、アン・C・ドル中尉。」
「申し訳ありません。今回はノルト計画の鍵と成り得る使者をお迎えに上がりました。」
隊長はそっとセプトの左肩の後ろに手を当てた。
王はセプトの異様な外見をほくそ笑んだ。
「そのブリキのおもちゃに人形の頭を付けたような出来損ないがか?」
「出来損ないではありません、彼女は7番目のノルト、ノルト・セプトです。」
「デク人形が、また増えたというのか。どこまで金をドブに捨てたら気が済むんだ。」
新しい命に対し、侮辱的な態度を示す傲慢な王に対し、隊長は只々冷静に振る舞うしかなかった。
「ノルト計画は私が指揮を執っております。他の部隊のご迷惑にならぬよう…」
「黙れ、とっとと去ね!」
隊長はセプトを連れて、王の間を出た。
「…お披露目はオペレーター室で代わりに行うとしよう。」
隊長は腰のトランシーバーを取り出した。
「こちらアン、今から新しいノルトと共にオペレーター室へ向かう。戦況は?」
トランシーバーから男性オペレーターの声が聞こえる。「芳しくないです。」
「そうか。なら直ちに向かう。」
隊長はトランシーバをしまい、セプトに目を向けた。
「セプト、機動翼を展開しろ。」
またもや出てくる聞きなれない単語に、セプトは戸惑いを見せた。
「キドウ…ヨク?」
自分の身体にはそんな機能があるのか、とほんの少し驚いたセプトは、再びこくりと頷いた。
「や…ってみる。」
「やってみるのではない。やれ。」
「やります…」
隊長は後ろからセプトと自分の腹と肩周りにベルトを繋げ、がっしりとセプトの腹回りを掴んだ。セプトの後肩に隊長の胸が当たる。母親に抱きしめられたような感覚がセプトに走る。
「機動翼、展開。」
セプトの胸元にある翼の模様が光り、体内からアナウンスが流れた。
「オペレーター室の門まで約215メートル。出力20%。セーフティブレーキは約145メートルに到達した時に作動...進路、オールクリア。ショックアブゾーブON。射出まで、3、2、1、0。」
ヴォンと音を立てて、セプトは射出した。目まぐるしい速さが10秒続いたあと、あっという間に王室の外からオペレーター室の扉の前に辿り着いた。
よろよろした隊長がゆっくりとベルトを外した。
「実験は成功だ。ご協力、感謝する。」
「…はい。」
セプトは淡々と返事を返した。
「…こういう時は相手に対して、ありがとうございますと返事するのだ。覚えておくといい。」
「あ、あ、あ…ありがとう…ございます。」
感謝の言葉に詰まったセプトは今まで感じてこなかった恥ずかしさ、そして隊長の暖かさを感じた。
「よろしい。入るぞ。」
オペレーター室のドアを開けた時、セプトが最初に目にした光景は暖かな人のふれあいではなく、戦場であった。
「くっ、新手のお出ましか!ガガッ、こちらルート3。合流願う!」
反対側のスピーカーから別の兵士の声が流れる。
「ざけるな!手が余らんのが分からんのか!!」
隣のスクリーンから別の部隊の通信が入る。
「こちらルート6、新種のテクロポッドと交戦中だ。無駄な弾は撃つな。脚の付け根を狙え!」
あごひげを蓄えたバズーカ兵が出しゃばる。
「形が変わろが何だろが、んなもんバズーカでブッ飛ばしたる!」
「やめろ、バラン伍長!冷静に撃てと言っておるのだ!聞け!」
仲間の注意をかき消すようにバラン伍長がトリガーを引いてしまう。次の瞬間、ドムッとバズーカが火を噴き、煙をまき散らした。
「こんにゃろ、てめぇもこれでオダブツだ!」
バズーカの煙が徐々に晴れてゆく。そこには脚が折れ、コアにくぼんだ跡が残ったテクロポッドが残っていた。
「きしょう、バズーカ砲の弾でも壊れないったぁどんなべケモンだ!…でも脚がねぇなら動けんな。ふふ。」
バラン伍長は岩陰に移ろうとする。しかし、足が動かない。
「な、何だこれは?足元にツタみたいなものがからまってやがる!」
兵士達の足元に次々とツタがからまる。
「土の中からボコボコでてきやがる!まるでマグマだ、大自然でさえ我ら人類に歯向かうというのか!」
「あのバケモンが、こいつらを出してるんだ、早くナイフをよこせ!」
「もう歯が立たんです、ルート4、こちらと合流して俺らを助けてください!」
その時、倒したはずのテクロポッドのコアがぴきぴきと音を立てながら光線を放出した。
兵士の恐怖の嘆きも届かず、部隊達は轟音響くまばゆい光へと消え去った。
光線が去った後、戦場に残ったのは兵士の焼け焦げたブーツとあたり一面に散った消し炭のみだった。
「…これが現実、これが戦場。」
正気を失って泣き叫んだ、荒れ狂う水のような兵士たちは、じわじわと精気を吸い取る地面から動けぬまま、光線に蒸発されていった。
惨劇を目のあたりにしたセプトの瞳孔は、恐怖を隠せなかった。
その一方、隊長は見慣れた顔ぶりでセプトに目を向けた。
「セプト、お前の新しい相棒を紹介する。」
隊長は目の前の端末を人差し指で操り、隊員のプロフィールを開いた。
「彼の名はエスト。お前の所有者、いや。主人と言ったところだ。」
セプトは戸惑う。
「なぜ、知らないヒト…と組むの?」
「ともに戦えば、いずれ慣れる。ノルト達はみな、適任した兵士の相棒として就くのだ。悪い話ではあるまい。」
オペレーターの一人が隊長へと振り向く。
「しかしドル中尉、そのノルトはまだパートナーとの意思共有が出来ていません。戦場に繰り出すには早すぎるのではないでしょうか?」
隊長は頷く。
「もちろんだ、まだ前線には出せない。だからこそ仮想戦場訓練で慣れさせる。」
オペレーター室の上の階からダンッと何かが着地した音が響く。
「こちらツヴァイ、只今ルート2から帰還した。」
スクリーンには、人とはかけ離れた容姿の者が映し出された。
セプトは見慣れない存在に興味を示し、隊長に尋ねた。「…ヒト?」
「彼は私の親しい部下である2番目のノルト、ツヴァイ。鳥をベースにあらゆる動物の遺伝子を融合した者だ。」
セプトは隊長に連れられ、エレベーターの中に入った。
エレベーターのドアが開き、ツヴァイが入り込んできた。
「毎度かたじけない。」
隊長はエレベーターのボタンを押したあとに、ツヴァイを見つめた。「ツヴァイ。私のことはいいが、お前の脚を触っている子供に気が付かないか?」
「子供?」ツヴァイはゆっくりと見下げた。見慣れぬ少女が彼の脚のイボをくりくりと触っている。
「…主、もしや7番目のノルトか?」
セプトはこくりと頷く。
「紹介が遅れてすまぬ。我はツヴァイ。アン殿に次ぐ、2番目のノルトなり。今後ともよろしくお頼み申す。」
「…」
「セプト。こういう時はよろしくお願いしますと言うのだ。」
「…よろしく、お願いします。」
隊長は、セプトの精神と常識を把握する能力が不安定であることを感じた。
エレベーターは再びオペレーター室に到着し、一同は外に出た。
「ツヴァイ。セプトを新しい部屋に連れて行ってくれ。私は仕事に戻る。」
「承りまする。」
「一旦お別れだ、セプト。」隊長はそっとセプトの頭を撫でた。
オペレーター室のドアが閉まる。ツヴァイはセプトを見つめた。
「主を新しい部屋に連れていくなり。ついてきたもう。」
セプトはツヴァイに連れられ、再び暗い廊下を歩く。
廊下の突き当りで誰かが歩く音が響く。
そして右側から緑色の髪をした褐色肌の少女が現れた。
「鳥さん、偵察ご苦労様…誰、その娘?」
「ん、シャミシート殿か。彼女はセプト。ノルト作戦の新たなる賜物にてそうろう。」
シャミシートはセプトに鋭い目つきを向けた。
「あんたが…」
シャミシートは唐突にセプトに歩み寄り、彼女の肩を掴んだ。
「7番目…あんたはあの子の代わりにはならないわ。」
「…代わり?」
セプトに対し、シャミシートは歯ぎしりをした。
感情をセプトにぶつける態度をあらわにするシャミシートに対し、ツヴァイは「よさぬか、シャミシート。」となだめる。
「はい、鳥さん。分かりました…」
シャミシートは若干感情を引きずりながらそっぽを向き、反対側の廊下へ歩き出した。
「気にするでない。あと少しなり。」
そして廊下を歩き続けて約3分、目の前に黄色い光の筋を放つ扉にたどり着く。
「そなたの部屋だ、今日はしっかり休むなり。」
セプトはゆっくりと薄桃色の唇を震わせながら、「あ、ありがとう…ございます。」とツヴァイを感謝の言葉をかけた。
「なに、当たり前のことの事をしたまで。」
ツヴァイはセプトの頭を撫でたあと、暗い廊下のほうへ戻っていった。
少女はベッドの上で眠りについた。生まれた箱の中と違う。初めて感じる感触だ…視界が、ぼやけていく。
二人の人影が惑星の大空を舞う。二人とも20代の男女のように見える。
「あなた。あの時の約束、覚えているのでしょう?」
男は誤魔化そうとする「何のことだ?わざわざこんな空までついていくことでもなかろう。」
「世界は私たちの手で復興した。そしてあなたは50年も前に約束をした。キスでも何でもしようって。」
「キス?そんな人のやる事、我ら星の王のやるべき事ではないはずだ…」
女性はムッとした表情で男性に近づき、彼の両肩を掴みながら強引にキスをした。「はいお終い。これでいい。」
男性はゲホゲホと咳を出した。「お前、何故人の真似事ばかりする?」
「私は人と共に生きたい。そのためには人の生き方を深く知って、人の世界で生きないといけない。それだけ。」
「私には、解らん…」
けたたましいチャイムが鳴り響く。
半分寝ぼけたセプトは聞きなれない雑音の元を人差し指で止める。
「また…夢。」
セプトは己の重い機械の体をゆっくりと動かし、ベッドを後にした。
部屋の外を出ると、小さなライターのような浮遊物体がセプトのもとへ近づいてきた。
「極地戦闘型人工生命体7号、ノルト・セプトですね。あなたをお迎えに上がりました。仮想訓練場へご案内します。」
セプトは、こくりと頷いた。
「今日からあなたのようなノルトのサポートを担当することになった超小型対話端末、マイシアの2号機・フェイです。以後よろしく。」
「お願い...します。」
セプトはフェイに導かれて仮想訓練場へたどり着いた。そこにはツヴァイが待機していた。
ツヴァイはセプトがたどり着いたことに気づき、挨拶をしてきた。
「おおセプト、昨日はよく眠れたなりか?」
「おはよう…ございます。昨日、眠れた…」
「それはよかった。どうやら主にも奇妙な物体が送呈されたのだな。鉄の塊なりか?」
「鉄の塊ではないです。マイシアです。」
「これは失礼した。実は我も変わったものをもっておる。」
ツヴァイは翼の根本からキラキラとしたものを取り出し、上の電灯から光が反射するように掲げた。
「小鳥型の硝子体なり。なかなか綺麗なモノにてそうろう。」
セプトは初めて聞く「綺麗」という言葉、硝子体、そしてその輝きに興味を抱く。
「これ…きれい。」
「さよう、実に綺麗なり。」
ツヴァイの後ろにあるポッドからゼリー状の人型の生命体がにじみよってきた。
「先輩、何を掲げてるんですか?…うっ、眩しい。」
「トレジェ、主の訓練が終わったなりか。」
「はい。無事終わりました…その娘さんは誰ですか?」
「新しく迎え入れた7番目のノルト、セプトなり。」
セプトはトレジェの左腕を確認した。透き通った体の中に、「03」の番号が埋め込まれていた。
「あなたが新しい娘さんですか、先輩から色々聞いています。唐突な質問ですが、あなたは友達として男が好きですか、それとも女が好きですか。」
「...なに?」セプトは戸惑う。
「それでは、当ててみます。」するとトレジェはねばねばした手をセプトの額にかざし、彼女の脳波を感じ取った。そして「Ph6・レイニー。」とつぶやいた。
するとトレジェは自らから水素イオンを少し放出し、自らを細身の男性的な女性へと姿へ変えた。
「なるほど、キミは隊長のような芯の強い女性・母にも父にもなりえる人が好きなんだな。理解した。ご協力、感謝する。」
「…はい。」
納得したトレジェは「Ph7・ニュートラル。」と呟き、元の姿に戻った。
「僕はテトラ君の様子を伺いに行きます。それでは、訓練頑張ってください。」
トレジェは穏やかな表情を見せながら仮想訓練所を後にした。
フェイはピピピと音を出した。「セプト、仮想訓練の時間です。あなたの目の前にあるポッドに入って、訓練を始めてください。」
「そろそろ我らの時間なり。初めての訓練はとにかく話を聞いて、落ち着いて行動するべし。」
「…話聞く。落ち着く、行動。これ、覚える。」
「さよう、その意気なり。」
ツヴァイは2番目のポッド、セプトは3番目のポッドへと入っていった。
ポッドの内部は角ばった外見とは裏腹に、真っ白な円柱状の空間になっていた。
「セプト、仮想訓練をはじめます。」
「はい…始める。」
セプトが空間の真ん中に立った時、彼女の目の周りに複数のスクリーンが現れた。上の画面にアン隊長の映像が流れる。
「ノルト部隊専用仮想訓練場へようこそ。ツヴァイ、そしてセプト。諸君らにはポッドによる仮想訓練を行ってもらう。
今回がセプトの初めての訓練であることを考慮して、簡単なモノから始める。」
「戦闘の基本は迅速な判断、正確な行動、そして何事にも動揺しない心だ。第1訓練は簡単な的当てから始める。これから3分間、諸君らの周りに人型の的が出現する。
赤い人型は敵、白い人型は味方。3分間でどれだけ赤い人型だけを正確に仕留めれるかをはからせてもらう。では、始めろ。」
セプトの目の前に赤い人型が左右に動き回り、白い人型と時々重なり合う。セプトは5秒間、体を一切動かさずにただひたすら周りの空間にある赤い人型の動きのパターンを把握した。
セプトは胸に埋め込まれた球体型のコアに両手をかざした。するとそこからまばゆいエネルギーが手のひらに集まっていく。
「エネルギー、充填。10、20、30…」
突発的な行動を見かねたフェィが止めに入ろうとする。
「やめなさいセプト、そんな無茶な攻撃では味方にも当たってしまう!」
「40、50、60…」
しかし隊長は推進停止信号を出し、フェイを止める。
「…70、80…」
「マイシア2号機、訓練の邪魔をするな。データ取りに専念しろ。」
空気を鷲づかみにするかのようにこぶしを握り、ゆっくりと前と後ろに突き出した。
「…90、100。8WAYパルムレーザー…発射。」
セプトはエネルギーを貯めた手のひらを一気に握りしめた。指の間からエネルギーが放出し、瞬く間に赤色の人型が砕け散っていった。
人型の装置がゆっくりと止まる。セプトは無表情なまま、ほっと息をつかせた。
隊長が再び正面のスクリーンに映った。
「初めてにしては上出来だな。だが後ろ側の詰めが甘いぞ、セプト。3つの白い人型の右肩にかすってしまってる。」
「本当に、かすってる…分かりました、修正します。」
「よろしい。」
右側のスクリーンがツヴァイの回線に繋がった。
「よくやり申した。その調子で日々精進すれば、上達するなり。」
「ありがとう…ございます」
セプトは再び隊長に目を向けた。
「それでは次の訓練まで5分の休憩を入れる。5分後、またこのポッドに戻れ。それでは、休憩。」
セプトとフェイ、そしてツヴァイは落ち着いた顔つきでポッドを出た。
「5分、何に…使う?」
フェイが話しかけてきた。
「それは訓練への心の準備のほかありません。」
セプトはフェイの意見に疑問を覚える。
「心?わたし、心ない…生き物、違う。」
「物理的な心ではないです。新しいことを自分のために学ぶ姿勢です」
「わたし、のため?」
後ろからツヴァイがそっと寄り添う。
「そう。自分のために学び、そして生きる道を作るなり。」
セプトはツヴァイに振り向き、彼に相談した。
「ツヴァイ。心の準備…どうやる?」
ツヴァイは左の翼を口ばしの根本に添え、考えた。
「心の準備とは…すなわち恐怖や不安を断ち切り、どのように正しい行動を取るべきかをよく考えた末に導き出すものなり。」
セプトは自身が覚えるように、ぎこちない言葉で復唱しようとする。
「恐怖、不安、断ち切る…正しい行動、導き出す。」
ツヴァイが縦に頷く。
「さよう。主がこの世に来れたのは、他ならぬ生への恐怖と不安を断ち切れたからだろう。それを忘れないことなり。」
「…わたし。始まりに進んだ。これから、生きる、頑張る。」セプトは両手をぐっと握りしめた。
フェィがスリープ状態から解除し、アラームを鳴らした。
「もう、時間。」
「そのようだ。気を引き締めて、お互い頑張るなり。」
「はい、頑張り…ます。」
ツヴァイとセプトは再びポッドの中へと入っていった。
ポッドではアン隊長がスクリーン越しで待機していた。セプトはポッドの中心へ移動する。
「…それでは第2訓練を始める。各自、戦闘の準備を。」
アン隊長が指を鳴らすと、周りが戦場に変わり、目の前に大型のテクロポッドと3人の兵士が配置された。
「10分以内に兵士3人を救い出し、指定された位置へ避難させろ。そして安全を確認したうえで大型を倒せ。」
ツヴァイがつぶやく。「アン殿。どういうことなりか?これはセプトにはまだ早いのでは…」
「作戦開始。」ツヴァイが言い終える前に隊長は消えてしまった。
セプトの約200メートル先に大型のテクロポッドがそびえたち、3人の兵士がその脅威にさらされてる。
「隊長は時々何を考えておるか、解らぬ…セプト、ともに行くぞ!」
「はい…!」
ツヴァイは両足でセプトの両肩についているヒンジを掴み、ビュンと空を飛んだ。
セプトは慣れない空中飛行に戸惑いながら、自分の重い脚を徐々に胸の下まで上げ、体育座りのような姿勢になり、太股の下を両手で固定した。
「セプト、主はとにかく兵士を誘導してくれ、我がアイツのおとりになるなり。」
「…分かった。」
テクロの元へ刻々と隊員と近づくツヴァイとセプト。
「…あと少し……今だ!」
ツヴァイはセプトから足を放し、テクロの元へと飛んで行った。
空中から落下するセプト。彼女は気を引き締め、兵士のいる方へ軌道を修正していく。すると彼女は、兵士の一人の顔に気が付いた。
「あの人…エ…スト?」
セプトは思い出した。隊長が以前引っ張り出してきた、将来自分と組むこととなったノルト隊候補生の一人、エストの事を。
「エスト…エスト!」
エストと思わしき兵士が顔をあげ、空から降ってくるセプトを確認した。
兵士の内の2人がセプトに気づき、戸惑う一方、エストは鼻をつまむようにさする仕草をし、落ち着いた表情でセプトを見つめた。
「ここは危険です。あなた達を安全地帯へ連れてきます。」
セプトは以前の陰のある口調が嘘であるかのようにしっかりとしゃべっていた。しかしその丁寧な口調は、彼女のぎごちない口の動きと合っていない、機械的に組まれた文章を無理やり読まされたような感じであった。
セプトは体勢を垂直に戻し、足から熱波を噴出し、ゆっくりと地面に着地した。
セプトは瞬時に兵士3人の安否状態を確認した。
「兵士3名の内2名に極度の恐怖心及び緊張による血圧の上昇を確認。直ちに安全地帯へと避難させます。」
セプトは地面に両手をつけた。
「出力15パーセント、角度30度…射出。」手から熱波を地面に送り込んだ。
すると兵士たちのいる地面から暖かな風が吹きだし、兵士3名は2メートル先にある安全地帯へ運ばれた。
兵士たちは安全地帯へ到着し、しゃぼん玉の膜のようなバリアに包まれた。
セプトは少し振り返り、エストたち兵士の無事を確認した。
エストはさり気なくセプトに親指を立て、かすかに微笑んだ。セプトは見よう見まねで微笑み返した。
「訓練開始から7分経過…兵士の避難を確認。これから敵の排除に向かいます…」
セプトの目の先には大型のテクロとそれを迎え撃つツヴァイが見えた。
急所を探せずに苦戦しているようだ、と感じた彼女はすぐさま起動翼を展開した。
「ツヴァイ…待って。今、行く。」そしてセプトはテクロポッドの方へ向かっていった。
セプトが目標へたどり着くと、そこには所々に岩の外装にひびが割れてもなお動き続ける大型テクロポッドと苦戦しているツヴァイの姿があった。
「はっ!」ツヴァイは空を舞い、テクロポッドに急降下タックルを食らわせた。外装のひび割れからプラズマのようなものがうごめく。
ぼろぼろと崩れた岩肌にコアが浮かび上がった。
「セプト、よくぞ間にあった!外装は我がはがした。あとはお前の力で仕留めるなり!」
セプトは右手をかざし、つぶやいた。
「残り時間60秒。コアに…合わせる。」
セプトの腕にエネルギーがチャージされる。
「発射まで、あと10秒…9、8、7、6…」
突然テクロポッドが足を根っこのように伸ばしてきた。
「セプト、避けよ!」
セプトは直ぐに右方向へ飛び、受け身を取った。
「エネルギー再充填…5、4、3、2、1、発射。」
セプトの右手からエネルギー弾が放たれ、テクロポッドのコアが砕け散った。
「目標排除完了。」
周りが再び白い空間へと戻っていき、正面のスクリーンに隊長が再び現れた。
「第2訓練終了…セプト、ツヴァイ、二人ともよくやった。だがセプト、お前はまだ体を活かしきれていないようだ。エネルギーの充填及び起動翼の起動が遅すぎる。体のチューニングと更なる訓練が必要だ。」
「はい…弱点、克服する。」セプトはぎこちない口調に戻っていた。
「次回の訓練に備えて早く部屋に戻り、長時間の休憩を取ってほしい。我らノルトは人以上にエネルギーの消耗が激しいからな。それでは解散。」
セプトはフェイと共にポッドを退出し、彼女の寝室へと戻っていった。
「あらセプト、どうしたんですか。そんなもじもじとして。あなたらしくないですね。」
セプトは右手を鼻と口の上にかぶせ、恥じらいながら告白した。「今日、大切なヒト…出会った。うれしかった。」
「おめでとうございます。長く続くことを願っております。」
「あ、ありがとう。」
気が付けば時刻はもうおやすみの時間になっていた。セプトの部屋の照明が暗くなっていった。
「…おやすみなさい。」
長かった訓練の初日がようやく終わった。
ということで始まりました、「ノルト・セプト」。
荒廃した世界の中で人に造られし者たちが謎の無機質歩行物体・テクロポッドに立ち向かうSF戦記モノ、実は第2弾でございます。
「第2弾って、じゃあ第1弾が何なんだよ!」って突っ込まれそうなんで説明します。自分、高2か高3の時に土曜の補習授業校で週の宿題で半ページ分の作文を書かないといけなかったんで、思い切ってSF要素もある学園ミリタリー戦記モノ(まぁぶっちゃけ厨二なんですがね)を書こうと思いついて、全12、13話くらいの連続短編を作りました。荒廃した未来の日本である高校が別の強豪校に乗っ取られて、それでそのリーダーが主人公の孤児院時代の友人って設定でした。