09 予想通りと予想外
レイナがゲストルームに向かうと、兄キースとその婚約者のマリアンが佇んでいた。
「おはようございます。マリアン様、お兄様」
レイナが声をかけると、マリアンはレイナに飛びつきそうな勢いで近寄った。
「レイナ、大丈夫なの?」
何について聞かれているのか分からなかったが、レイナは元気いっぱいだったので「大丈夫です」と笑顔で答えた。マリアンは今にも泣きそうな顔をしている。
「キースから聞いたわ。卒業パーティーの場で殿下に婚約破棄されたって。しかも、そのあと魔王に求婚されたんですって!?」
「はい、そうです」
マリアンがフラッと身体を傾け倒れそうになったので、キースは慌ててマリアンを支えた。
「無茶苦茶だわ……」
マリアンの呟きにキースもうなずく。
「昨日あれからココ様と連絡を取ったんだ。一度、魔王に会わせてほしいと頼んだら、魔王が今日来ることになった」
レイナは驚いた。
「魔王様が、今日、我が家にいらっしゃるのですか?」
キースは「急なことだが、こういうことは早く手をうったほうが良い」と深刻な顔をしている。レイナは満面の笑みを浮かべた。
「では、魔王様を歓迎するために準備をしなくてはいけませんね!」
レイナの言葉にキースが驚いている。
「レイナ?」
「お兄様、魔王様は私の雇用主になるのかもしれないお方ですよ!? 気に入ってもらえるようにしないと!」
マリアンはキースの腕の中で、「まさかあのアルベルト殿下が、私の可愛いすぎる義妹に婚約破棄を突きつけるなんて……目が腐ってるんじゃないの? 許せないわ。求婚してきた魔王は、見る目はあるけど、簡単にはレイナは渡さないわよ」とブツブツ言っている。
「キース、私たちで魔王がレイナに相応しい男か見極めるわよ!」
燃えるマリアンに、キースは「ああ、もちろんだよ」と熱く返した。
お昼ごろになり、ようやく魔王がヴァエティ家を訪れた。レイナは、『玄関ホールで魔王を迎え撃つ』と意気込むキースとマリアンをなだめて、二人はゲストルームで待っていてほしいとお願いした。
(たぶんだけど、魔王様、ものすごく緊張しているわよね?)
レイナの予想通り、ヴァエティ家に現れた魔王は顔が真っ青だった。
魔王は小さな声で「お父さん、レイナさんを僕にください! ……いや、これはまだ早いよね。えっと、レイナさんとお付き合いさせていただいています……職業は、魔王をしていまして……」と、レイナの家族への挨拶を必死に練習していた。
レイナの予想外だったことは、魔王が人の姿をして、この国の男性の正装をしていたことだ。鮮やかな緑の髪や、赤い瞳はそのままだが、頭に生えている角や肌のウロコやトカゲのしっぽは見当たらない。
「魔王様、そのお姿は?」
「レイナさんのご家族を怖がらせてはいけないと思い、魔法で人に変身したんですがダメでしたか!?」
魔王は、「さっそくやってしまった!?」と頭を抱えた。
「大丈夫ですわ。でも、人の姿に変身しなくても、だれも魔王様を怖がらなかったと思いますよ」
なぜなら、四大公爵家の血筋は、神獣をその身に宿すと姿が変わる。兄キースは顔だけオオカミになるし、他の公爵家では完全に獣の姿になってしまう者もいる。
だからなのか、四大公爵家の人間は、魔族を怖がっていない。外見もあまり重視しない人が多いことを魔王に説明した。
魔王は「そうなんですね」と言いながら、自身の口を手で押さえた。
「うっ、緊張しすぎて吐きそう……」
レイナは魔王に優しく微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。魔王様には私がついていますから」
「レイナさん……」
うっとりする魔王を見つめながら、レイナは内心で『ここは魔王様に、私のサポート力をアピールするチャンスだわ』とはりきっていた。
「魔王様、今から会うのは、私の父ではなく兄です」
「そうなんですね」
「兄の隣にいる女性は、兄の婚約者マリアン様です」
「なるほど」
レイナはゲストルームへと案内する道すがら、魔王に状況説明をした。
「兄とマリアン様は、魔王様がどのような方かご興味があります」
「う、緊張する……」
ゲストルームの扉の前で、レイナは震える魔王の手をそっと握った。緊張のためか魔王の手はとても冷たい。
「大丈夫ですわ。魔王様は、とても素敵なお方です」
それまで青ざめていた魔王の顔が、とたんに赤くなった。手の震えも止まっている。
魔王は大きく深呼吸をするとゲストルームの扉に手をかけた。




