08 未来が楽しみ
兄のキースは立ち上がると、レイナの側まできて優しく頭をなでてくれた。
「レイナ、あとのことは私がするから、とにかくゆっくりと身体を休めるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
「食事も入浴もレイナの部屋でできるように指示しておくよ」
レイナは『お兄様は、甘やかしすぎじゃないかしら?』と思ったが、今日だけは甘えることにした。
食事と入浴を終えるとレイナは部屋で一人きりになった。
今日一日で、いろんなことがおこった。
10歳の頃から決められていた、アルベルト王子との婚約がなくなり、この国の王妃になるという未来がなくなった。
それだけなら、レイナは『今までの私の努力は、いったいなんだったの?』と悲しくなっていたかもしれない。しかし、一つの未来がなくなったあとに、すぐにもっと心躍る未来が開けた。
レイナが6年間、積み重ねてきたことの全てを優しい魔王のために使うとどうなるのか、今はそれが楽しみで仕方ない。
レイナは、その晩ワクワクしてなかなか眠りにつけなかった。こんなことは、小さい頃に家族みんなでお出かけする前の日以来だった。
「自分の未来にワクワクできるなんて、私の人生最高だわ」
そう呟きながら、レイナはいつの間にか眠っていた。
*
次の日の朝。レイナは起こされる前に自然と目が覚めた。身体は多少疲れているものの心が軽い。レイナは、カーテンを開けて朝日を全身に浴びた。
「最高の気分ね」
今日はとっても楽しい一日になるに違いない。しばらくすると、メイド達が自室に入ってきた。いつものように身支度を整えようとするメイド達に、レイナは微笑みかけた。
「今まで一度もしたことがない髪型とメイクにしてほしいの」
学園に入学してからのレイナは、元婚約者アルベルト王子の希望で髪を結わなかった。
(殿下は、私のプラチナブロンドの髪が光を浴びて輝くさまを見るのが好きだって言っていたわね)
一度だけレイナが髪を結ってアルベルトに会ったときは、アルベルトは悲しそうな顔をして『こっちのほうが君に似合うよ』と言いながら、レイナの結った髪を優しくほどいてしまった。
あのときのレイナは、大人しく言われた通りにしたが、今になって思えば髪型くらい好きにさせてと言いたい。
アルベルトは『メイクなんてしなくていい。君の白い肌はそのままで十分美しいよ』とも言っていたが、レイナだって年ごろの女の子だからメイクぐらい楽しみたかった。
(殿下がくださったドレスも私の好みを一切考えず自分の趣味を毎回押し付けてくるし、『君には純白が似合う』とか言って、白色とか薄い色のドレスばっかりだったのよね。考えれば考えるほど、アルベルト殿下はないわ……。どうして今まで気がつかなかったのかしら?)
アルベルト王子に婚約破棄されるその瞬間まで、レイナはアルベルトに気に入られて愛されることが自分の幸せだと思い込んでいた。
(昨日までの私は、例えアルベルト殿下に愛されなくても、家のために結婚しないといけないと思っていたから、愛されている自分は愛されないよりは良い人生だと思っていたのよね)
冷静に考えれば、四大公爵のヴァエティ家はとても裕福なため娘を差し出してまで王室と密になる必要はない。本当にレイナが嫌がったら、いくらでも断る手段があったに違いない。
(子どもの頃からの婚約は、まるで洗脳ね)
気がついてしまったからには、そんな日々はもう終わりだ。
メイド達は、急にレイナに『今まで一度もしたことがない髪型とメイクにしてほしいの』と、お願いされて驚いたものの、すぐに笑みを浮かべて身支度に取りかかってくれた。
数分後には姿見の前で、長い髪を綺麗に結い上げて、大人っぽいメイクをしたレイナがいた。髪型とメイクを変えただけで別人にみえる。
「素敵だわ。ありがとう」
メイド達は「お似合いです」と褒めてくれた。別人になっても、ワンピースはいつも通りで清楚な作りの白なのが残念だ。
メイド達は「明日はどんな髪型にしましょうか?」とか「新しいお洋服を買わないといけませんね」と一緒に楽しんでくれている。
そんなとき、レイナの部屋の扉がノックされた。
「失礼します。マリアン様がお越しです」
「マリアン様が?」
マリアンはレイナの兄の婚約者だ。