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03 奥手な魔王

 上空に映し出された魔王の声は国中に響いた。


『太古に交わした盟約を果たすべき時がきた。約束通り、獣を宿せる十六歳の娘を一人、今すぐ我に寄越すのだ。さもなければーー』


 マーガレットは、ガタガタと震えながら「獣を宿せる娘って……もしかして、四大公爵の娘を一人、生贄に寄越せってこと?」と聞いてくる。


「そう、みたいね」


 魔王はゆっくりとカウントダウンを始めた。


「私、行かなくちゃ!」


 レイナが立ち上がると、マーガレットは必死に止めた。


「ダメよ! 行かないで! 殺されてしまうわ!」


「私がいかないと、この国が滅んでしまうかもしれない。大丈夫よ。なんとか時間稼ぎをして生き延びるから!」


 マーガレットを振り払いレイナは空に向かって叫んだ。


「魔王様! 私は四大公爵の娘の一人、レイナです! どうか私をお連れください!」


 空に浮かぶ映像がピタリと止まった。


『……え? 本当に?』


「本当です! 私ではダメですか?」


 レイナが不安になって尋ねると『あ、いや……』と曖昧な返事が返ってくる。


「この身を貴方様に捧げます! だから、どうかこの地を灰にするのはおやめください」


『いや、そこまでする気はないけど。あ、ちょっと一回、こっちに来てお話しましょうか』


 魔王がパチンと指を鳴らすとレイナは見知らぬ場所にいた。目の前には、先ほど空に映っていた魔王の姿があった。


「初めまして。僕が今の魔王です」


 そう丁寧に挨拶して真っ赤な瞳をにっこりと微笑ませた。魔王の頬にはところどころウロコがあり、頭には闘牛のような角が生えている。長い髪は見たこともないくらい鮮やかな緑色だ。そして、見たことのない異国の服をまとっている。


「わ、私は四大公爵の娘の一人、レイナと申します」


 レイナが淑女らしくお辞儀をすると、魔王はまた微笑んだ。


「まさか本当に来てくれるなんて。予想外過ぎて驚きました」


「それは、どういうことですか?」


 魔王の優しい雰囲気につられて、つい質問してしまったが魔王は怒る様子もない。


「四百年前くらいですかね? 貴女の国が戦争で負けて滅びそうになっていたところを、その時の魔王が魔獣と契約できるように手を貸したのです」


「魔獣?」


「はい、そちらでは神獣と呼ばれているそうですが」


「ということは、ココ様は、魔獣?」


 そう呟くと、光につつまれたココが現れた。そして、魔王に向かって深く頭を下げた。


 ――我が主。どうですか? レイナと契約を交わしましたか?


 魔王は「ちょ、やめてください! まだレイナさんに、その話はしていませんからっ!」と顔を赤くしている。


 ――レイナ。我が主のように、様々な種族の血が混じっていると、恐ろしく強くなる代わりに魔族間で子がなせなくなるのだ。だから、人から伴侶を選ぶ。


「だから、ちょ、待って、やめて!?」


 一人で騒いでいる魔王の頭を、ココは太い前足でぎゅっと押さえつけた。魔王は床に顔面から突っ伏している。


 ――我が主は奥手すぎる。人の命は儚いもの。早く契約しなければ、レイナも一瞬で老いてしまいますぞ。われがレイナを遠くから貴方様に見せた時、確実に惚れたでしょう?


 魔王はココの肉球と床に挟まれ、ジタバタと動いている。


 ―― それなのに、『レイナにも気持ちがある』とか『魔王の妻など誰も喜ばない』とか何とか言って、結局、考え過ぎて迷走したあげく『古代の盟約が~』とか言い出す始末。


 肉球の下で魔王がバンバンと床を叩いている。ココが前足をあげると顔を上げた魔王が「盟約は本当ですから!」と叫んだ。


「魔獣を貸す代わりに、魔王が求めれば美しい娘を差し出すという盟約を、その時代の王と結んだのです! レイナさん、本当です!」


 勢いに押されてレイナが「あ、はい」と頷くと魔王はホッと胸を撫で下ろした。


「あの、魔王様?」


「は、はい!」


 魔王はビシッと背筋を伸ばした。


「今のお話を聞く限り、魔王様は私を妻に迎えたいということですか?」


 魔王の首から頭まで真っ赤に染まっていく。


「でも、先ほどは『四大公爵の十六歳の娘』なら誰でも良いと言っていましたよね?」


 レイナの疑問にはココが答えてくれた。


 ――今、四大公爵の娘で十六歳なのは、レイナだけだ。まったく我が主は回りくどい。


 ココの隣で魔王が両手で自身の顔を覆っていた。


(魔王の伴侶に選ばれるのは『美しい娘』と言っていたわ。私はまた外見だけで選ばれてしまうの?)


 レイナの心は重く深く沈んでいく。


 そんなレイナを、指の隙間から見た魔王が弱々しい声を出した。


「嫌……ですよね。僕なんて、人とはほど遠い姿ですし、魔王、ですし……」


 両手を下に下げた魔王は、赤い顔のまま、まっすぐにレイナを見つめた。


「でも、僕はレイナさんの、身分や外見を問わず、誰にでも優しく礼儀正しいところに惹かれました。そして、優しいだけではなく、貴女の毅然とした態度、貴族として責務を果たそうとする姿がとても美しいと思ったんです」


 魔王は目を閉じて右手を差し出した。


「ダメもとですが、よければ僕と結婚を前提にお付き合いしてください!」


「はい」


 レイナは自分でも驚くくらい迷わずその手を取った。手を取られた魔王が「ええええええ!?」と叫んでいる。


「ちょ、え? どうして?」


「家族以外で、私の内面をこんなにも褒めてくださったのは貴方様が初めてです」


 魔王の真っ赤な瞳をレイナは覗き込んだ。


「どうか、魔王様のことを私に教えてください。私は、貴方様にとても興味があります」


「あ、あわあわ」


動揺と共に、魔王にトカゲのような尻尾が生えてきた。魔王の背後でその尻尾がベッタンベッタンと床を叩いている。


「ぼ、僕、魔王ですよ? 人じゃないんですよ? 本当に良いんですかっ!?」


「はい、ちょうど、いろいろあって、男性も女性も信じられず、人間不信になっていたところですから」


 レイナはにっこりと微笑んだ。

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